上 下
102 / 702
7

悪役令嬢はお茶を飲む

しおりを挟む
「寒っ」

 私は車から降りて開口一番にそう叫んだ。敦子さんも億劫そうな口調で「箱根は冷えるわね、相変わらず」と呟く。
 敦子さんは朝からこんな感じだ。とにかく親戚に会いたくなくて仕方ないらしい。できれば私にも、樹くんとの婚約の顔合わせくらいまでは会わせたくなかったみたいだけど、そういう訳にもいかなかったみたい。

(親戚づきあいってめんどくさいよね)

「華、腹立つこともあるでしょうけど、あんなヤツら怒ってやる価値もないわ。無視よ、無視」

 ぷんすか、と同じことを何度も繰り返す敦子さん。
 私は「もう、わかりましたよ」と返事をしながら周りを見渡した。
 純和風の老舗旅館の駐車場、そこには国内外問わず黒塗りの高級車(運転手付き)がずらりと。その中で、敦子さんの赤いスポーツカーは異彩を放っていた。

「運転もしない癖に車買うんじゃないわよ、ねぇ!」

 とにかく全てが腹立つらしく、鼻息荒く旅館の入り口へ向かう敦子さんに続く。

「敦子様、華様、ようこそいらっしゃいました」
「来たくなかったわ」
「そうおっしゃらず」

 駐車場を駆けてきて、苦笑するスーツ姿の男の人は、きっと旅館の人。私と敦子さんから荷物を受け取った。

「もう皆様お揃いです」
「お揃わなくていいのに」

 変な日本語で抵抗を示し、いかにも嫌々な態度で旅館に入る敦子さん、とおセレブ旅館をキョロキョロ眺める私。
 敦子さん曰く「地獄の新年会」の始まりである。大晦日と元旦をここ、箱根は強羅で過ごすのだ。
 大晦日は親戚だけの食事会があり、新年には朝からお客さんがたくさん来て、の新年会らしい。

(きれー)

 年季の入った、黒く艶のある木の梁。ロビーの奥は一面大きな窓で、箱根の雪景色が一望できる。

「誰かに会っちゃう前に部屋に避難しましょ」

 敦子さんがそう言ったその時、背後から声がした。

「あら敦子様、お早いお着きね」

 敦子さんの表情が一瞬固まって、振り返りながら笑顔になった。
 振り返った先にいるのは、40歳くらいの、訪問着姿の女性。きっちり髪を結い上げて、垂れ目で優しそうなのに、その表情は酷く冷たい印象を与えるものだった。

「あーらアカネさん、もういらしてたの」
「やだわ敦子様ったら、おほほほほ」
「ほほほほほほ」

(タヌキだ! タヌキとキツネの会話だ!)

 大人の会話をみながら私はアカネさんを見る。
 びくびくしながらそれを見ていると、アカネさんは私に気づいて、酷く嫌な目をして笑った。

「これが噂の華さんね」
「……はじめまして」

 ぺこりと頭を下げる。敦子さんは私とアカネさんの間に入り「さ、部屋へ行きましょ」と言った。

「そう言わないでくださいませ敦子様、綺麗なじゃないですか。頭も良さそう」
「……なにが言いたいの?」
「いえ、二十歳を幾ばくか過ぎたら、政治家のご令室おくさまでも十分勤まったのではないのかしらって」
「アカネさん!」

 敦子さんは大声でそれを遮った。

「この子は鹿王院樹さんと婚約しているんです」
「ご披露もだ。なんとでもなりますわ」
「……行きましょう、華」
「? あ、はい」

 頷いて、後に続く。担当の仲居さんが澄まし顔でカードキー片手に先導する。

(すごいな仲居さん、あれ見て顔色ひとつ変えず……ってか、政治家って)

 ものすごく嫌な予感がする。

(もしかして千晶ちゃんのお兄さん!?)

 あの人の許婚にされちゃう可能性もあったってこと!?

(ややややヤダ!)

 私はぷるぷると首を振った。

(あんな人の許婚なんて、おもちゃにされる未来しか見えない!)

 ひとりで青くなっていると、気づけば宿泊する部屋の前だった。この旅館、そもそも平屋らしい。地下にプールはあるらしいけど。

「うわぁ」

 すごい部屋だった。玄関っぽいのもあるし。ドアはカードキーらしくて、ひとり一枚受け取る。

「こちら本間、それからあちらが広縁でございまして、広縁のガラスの先正面に見えますのが露天風呂でございます。右手奥に洗面室と内風呂がございまして、スチームサウナがついてございます。そちらからも、広縁からも、露天に出入りしていただけます。寝室はおふた部屋ご用意させていただいております。奥の間はあちらから」
「お風呂っ!」

 私の機嫌は急回復した。岩で出来た露天風呂!

「掛け流しでございますよ」

 仲居さんがにこにこと言ってくれて、私は小躍りするように広縁まで駆ける。

「こら華、はしたない」
「ごめんなさい、だって嬉しくて」

 こんな豪華な部屋泊まったことないんだもの!

 広縁にはリラックスチェアが2つ。

(めちゃくちゃノンビリできそう~)

 敦子さんは肩をすくめて、仲居さんはとても嬉しそうに「可愛らしいですね」と言った。

「お転婆で」

 敦子さんは苦笑いしながら言う。

「いえいえ、……お茶をお淹れ致しましょうか」
「いえ、自分で。好きなの。ありがとう」
「左様でございますか。では、何かあればお知らせください」

 仲居さんが出て行くと、敦子さんは「あーもーめんどくさーい」とリラックスチェアに座り込んだ。

「さっきの、誰ですか?」

 私も敦子さんの隣の椅子に座ってみながら聞く。

「あー、あれはね、アカネさんって言って、まぁあれよ、あたしの兄の嫁」
「……、嫁?」

(娘じゃなくて?)

「えと、敦子さんのお兄さんって」
「70過ぎた色ボケジジイよ」
「うわぁ」
「あのヒトは後妻。元々愛人だったんだけど」
「ひゃぁ」

 に、2時間ドラマみたい……。

「前の奥さんとは死別してるわ、……いきなり親戚どもに会っても訳わかんないだろうから、ざっと説明することにしましょうか」

 敦子さんは面倒臭そうに立ち上がり「お茶淹れるわね」と言った。

「私する?」
「いいわ、ちょっと、落ち着きたくて」

 敦子さんは手際よく緑茶を淹れる。

「はい」
「ありがとうございます」

(美味し)

 お茶をはふう、といただきつつ、話の続きを聞くことにした。

「あたしの兄、単なる色ボケジジイに過ぎないんだけど、一応偉いサンなのね」
「偉い人」

 ザックリした説明だ。

「そんで兄には前妻との間に息子が3人。あたしから見て甥たちね。長男が後継ぎってことで、会社いくつか経営してるわ。次男も系列会社で働いてる。三男は……実は最近、今月の始めだったかしら、に亡くなってね。15年前くらいに色ボケジジイと喧嘩して勘当されちゃって、フラっといなくなったんだけど、どうやらイギリスで画家してたみたい」

(あ)

 私は確信した。
 失踪してた三男こそ、"圭くん"のお父さんだ!

(そっか、亡くなっちゃったのか)

 そろそろかなぁ、とは思っていたのだ。出会うはずの冬、だし。

(大丈夫かな……)

 寂しいだろうな、と思う。
 千晶ちゃんからも「気にかけてあげて」とお願いされている。もう日本に来ているのだろうか?

「で、色ボケジジイにはもう1人子供がいて、それがさっきのアカネさんとの娘。確かシュリ、とか言ったかしら」
「シュリちゃん」
「気の強い子よー、あなたと同じ歳」
「来てる?」
「来てるわよ、あまり話さないほうがいいわね……長男と次男の子どもたちも何人か。で、さっき言った画家の三男ね。あの人の子どもが最近シュリの家に引き取られてるはず」
「え」

(もう来てたのか……)

「なんだかね、よく分からないんだけど。まだこちらに来て一月も経ってないのに、ぽんぽんとたらい回しにされたみたいなのよね」
「……」
「それで仕方なく兄のところにいるみたい」

 私はこくりと頷いた。

(私だって、敦子さんに引き取られてなきゃ同じだったかもしれない)

「ちょっと幾ら何でもとは思うんだけど……会ってみて考えましょうか。それから他にも有象無象のよくわかんない親戚が来てるけど、それはもう無視していいわよ、あたしも覚えてない」

 敦子さんは本当にめんどくさそうに窓の外に目をやり、「あら雪降ってきた」とぽつりと呟くのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...