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悪役令嬢、怒られる

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 しばらく、玄関でそうしていただろうか。
 ポシェットの中でもお子さまケータイが鳴ったのに気づき、慌てて出る。敦子さんだ。

「もしもし」
『あ、華、ごめんね遅くなってます』
「ん、大丈夫」
『……声、変だけどどうしたの?』
「え、あ、寝てて」
『そう? あ、晩御飯は?』
「適当に作ります。敦子さんのは?」
『大丈夫、もう少しかかりそうなの。22時には帰るわ。一度八重子に行ってもらおうか?』
「ううん、ありがと、大丈夫です」
『じゃあ、気をつけて……、はいはい、いま行きます、ちゃんと食べるのよ、じゃあね』

 誰かに呼ばれていたらしい敦子さんは、早口で電話を切った。敦子さんがいくつか経営しているエステサロンのうち、一つが全国展開を見据え市場に上場するらしい。お陰でてんやわんやしているみたいだ。

(身体、壊さないといいけど)

 やっぱり敦子さんの分までごはん作っておこう、とキッチンへ向かった時だった。

ピンポーン、と響き渡るインターフォンの音。
 私はびくり、と身体を揺らす。

(誰、だろ)

 私は恐る恐るインターフォンのモニターを覗き込む。
 そこには少し疲れた様子の、ジャージ姿の樹くんが映っていた。

「樹くん」

 ボタンを押して、呼びかける。

『華か。すまん、土産だけと思って』
「いいんだけど……まわり、誰もいない?」
『? 運転手の佐賀が』
「佐賀さん以外には?」
『いないぞ』

 私は玄関にまわり、鍵とドアを開けた。

「? 華?」
「ほんとに誰もいない?」
「華」

 様子が変だと察したのか、後ろ手でガチャリとドアを閉める。私はすかさず鍵をかけた。

「どうした華、何があった」
「何もないんだけど、でも」

 言い淀む。

(樹くんに話すのは今日じゃない方がいい)

 明日まで考える時間が欲しかった。

「何もない様子ではないぞ」
「大丈夫」

 私は目を背け、玄関から上がった。両手に紙袋を持った樹くんもそれにつづく。

「華」

 リビングに着いた時だった。
 樹くんの声が凍ったようなものになって、私の名前を呼んだ。

「どうした」

 そして、紙袋を放り投げるように置き、私の手を少し乱暴に掴んで持ち上げた。

「この痕は」

 ひどく低い声だった。

「……輪ゴム」
「そんな様子ではない……結束バンド?」

(な、なんでわかるの)

「ほんとに何もないの」
「何もないわけがあるか!」

 びくり、として樹くんを見上げた。

(初めて怒鳴られた)

 樹くんの目は、ひどく揺らめいていた。なにか、よく分からない感情のようなもので。

「何があった、華。言え」
「……やだ」
「言えと言っている」
「やだっていってる!」
「誰にもやられた!?」
「言わない!」

 子供のように叫ぶ私を、樹くんは乱暴に抱きしめた。

「お願いだ華」

 それは、ひどく苦しそうな声で。

「……明日話す」

 ぎゅうぎゅうと、苦しいほどに抱きしめられながら、なんとかそう答えた。

「本当に?」
「うん」

 少し緩められた腕の中で、私は頷く。

「……分かった」

 樹くんはそう言って、私を離した。そして、私の手首に付いた結束バンドの痕に、そっと、触れる。

「痛かったか?」
「……うん」

 少し迷って、そう答えた。

「怖かったか」
「……うん」

 樹くんは、唇を、強く噛み締めた。

「守ってやれなくて、すまん」

 絞り出すような声だった。

「大丈夫だったよ、友達といたから」

 あえて元気な声で、笑っていう。これ以上心配かけられない。

(てか、樹くんが責任感じる必要って全くないよね)

 私は笑って「元気だから大丈夫」と告げた。

「……そうか」
「うん」
「そうか」

 そのまま樹くんは私を抱えるように、ソファに座った。ちょうど樹くんの膝の間に座っているような形だ。

「あの?」
「しばらくこうしておく」
「晩御飯作りたい」
「デリバリーを頼もう」

 樹くんはスマホを取り出して、ぽちぽちと操作した。

「和洋中ピザ、どれがいい」
「……中華」

 そう答えると、私の胃もぐうと鳴った。

「……」
「あは」

 笑ってごまかす。
 樹くんも、やっと少し、微笑んでくれた。

 デリバリーが届いても(樹くんが取りに行ってくれた)、私は樹くんの膝の間に座らされていた。

(てか、老舗ホテルの中華。あそこ出前なんかやってたっけ?)

 少し首をかしげる。

「あの、食べにくくない?」
「食べにくくない」

 即答で返された。

(食べにくいと思うけど)

 樹くんは、途中途中でスマホをいじる。

(珍しい)

 私の前でスマホをいじるのも、食事中に他のことをすることも、かなり珍しい。

(何かあるのかな?)

 疑問に思いつつも、エビチリに舌鼓を打つ。エビがぷりっぷりだ!

 あらかた食べ終わった頃に、樹くんは「そうだ」と足元にあった紙袋を取った。

「お土産だ」
「あ、干し芋っ」

 紙袋をのぞくと、干し芋以外にも色々入っていた。

「ぬいぐるみ?」
「地元のキャラクターらしい。可愛いだろう」
「うん、可愛い!」

 デフォルメされた、鹿のぬいぐるみ。

「華に似ている、と思ってな」
「……ありがと」

 なんだろ、アキラくんからもらったクマといい。私、悪役令嬢なのに、ゆるい顔してんのかな……。

「てか、もう遅くない? お家、大丈夫?」
「ああ、もう泊まる」
「え」
「1人にしておけるか」

 そう言って、樹くんは私の肩口に顔を埋めた。

「……泣いてるの?」
「華が。無事で、良かった」
「心配かけて、ごめんなさい」

 それに対して返事はなくて、ただ樹くんはぎゅうぎゅうと私を抱きしめるばかりだった。
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