上 下
31 / 702
3

(自称)ヒロインは実験中

しおりを挟む
 視界が全くないせいで、一体何が起きているのか皆目見当が付かない。

 まずは、黒田くんが立ち上がったみたいだった。

「先生すんません、俺目が悪くて前の席じゃないと……」
「あ? そうなのか。前の席は埋まってるな、誰か、そうだなオオタ、代わってやれ」
「えー」

 しぶしぶ、という感じで椅子を引く音がする。
 足音が少しして、それから2人が椅子に座る音がした。

 そして、惨劇はこの一言で始まる。

 黒田くんによる、開幕の宣言だ。
 
「あ、(以下伏せ字四文字)」

(あああああ始まってしまったぁっ)

「えっ嘘っヤダっ!」

 ルナの、声がした。ガタガタと何かにぶつかる音。

「うわわわわわ俺も苦手無理無理」
「先生、どうにかしてよっ」
「しょ、職員室にスプレーがっ」
「その間に逃げたらどうするのっ、殺してっ、どっかやってっ」

 ひどく甲高く、早口のルナの声。
 それから、またガタガタという音。

「む、無理だよ!」

 さっきまで威勢の良かった男子の、怯えきった声。
 阿鼻叫喚である。

(昨今の若者は貧弱だのう……)

 自分を棚に上げてひとりごちる。

 その内に、また、黒田くんの声がした。

「あ、これ、オモチャっすね」

(お、オモチャ!?)

 あの、よく雑貨屋にビンに大量に詰められて1匹何十円で売ってる、あのゴム製の虫型玩具?
 いやなんていう名称かは、良く知らないのだけど。

「もういいぞ」

 黒田くんの声に、ぱちりと目を開ける。

(うわぁ、ていうか、あれっ)

 見ると、それぞれにアレから逃げようとした状態で止まっていた。

(これが目的だったのね)

 私はルナをじっと見つめる。
 片足を捻挫して、まともに歩けないはずのルナが、教室の隅で1人で立っているのを。

(一目散に逃げ出したんだわ)

 多分、黒田くんはルナの机のすぐ下に、例の虫型玩具を投げ込んだか何かしたんだと思う。

(足元にアレ居たら、逃げるわ)

 そりゃ逃げるわ。

(でも、痛かったら。逃げられないはずだけどね?)

「タチの悪いイタズラっすかねぇ」

 あくまでとぼける、黒田くん。

 まず態勢を立て直したのは、久保だった。

「お、お前だろう。やっぱり、大友と組んで、松影に嫌がらせを」
「ちーがいますって」

 黒田くんは片頬だけで笑った。

「仮に俺だとしても、遭ってもない被害に遭ったってウソ付いて、クソみたいな噂流すようなやつより、随分マシだと思いませんか? ……なぁ、お姫様よ」

 黒田くんは視線を呆然としているルナに向けた。

「その足の怪我、支えられなきゃ歩けねぇような捻挫で、よくもまぁ1人でそこまで逃げられたもんだな?」

 皆、ハッとしてルナを見つめた。

「……必死だったから」

 ルナはその両目に涙をいっぱいに溜めて、そう呟いた。

「痛かったけど、頑張って逃げたんだよ? なのに、なのに、ひどいよ」
「そうかよ、痛がってる様子には見えなかったけどな」
「お前、ケガしてるルナちゃんに何してくれたんだ」
「悪化したらどうすんだよ」

 威勢良く、噛みつき出す取り巻きたち。
 しかし、中には目をキョロキョロとさせ、周りの様子を伺うようにしている人も、何人かいる。

(ハッキリ見ちゃったんだろうなー、走って逃げるルナちゃん)

 さすがにそれを見て、今までのように100パーセントの信頼でルナを見ることはできない、と言ったところだろうと思う。

 その様子を見て、満足そうに黒田くんは言った。

「オイお姫様、家臣が裏切り始めてんぞ」
「な、う、裏切ってなんか」

 びくり、と肩を震わせる何人かの生徒。

「心配すんなよ。他のやつもアレ見りゃお前らと同じ考えになると思うぜ、思考回路がマトモならよ……、秋月、ちゃんと撮れてんだろうな?」
「バッチリ」

 秋月くんがにこにこと笑いながら、スマホを振る。

「バックアップも転送済み。今見る?」
「見てえヤツいるか?」

 ぐるり、と教室を見回す黒田くん。

 視線を逸らす、取り巻きたち。
 証拠がある、と分かって急に不安になってきたのだろう。
 その様子をチラリと見たルナは、ふっと表情を消した。そして不思議そうに言う。

「ねえ黒田くん、あなたがアタシの邪魔をするのは、分かるのよ? 大友ひよりのイトコで、なにより、大友ひよりに"負い目"がある、アナタならね」
「負い目だぁ? そんなもんねぇぞ」

 黒田くんは不機嫌そうに聞き返す。

(……? なんで黒田くんの名前を?)

 黒田くんはスルーしているようだが、ルナはなぜ黒田くんの名前を知っているのだ……?

(そういえば、さっきもエントランスで黒田くんと秋月くんを見ていた)

 何かある、のかもしれない。
 私は注意深く2人の会話に耳を傾ける。

 ルナは、黒田くんの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、静かに続ける。

「でも、不思議なのは秋月くん。なんでアナタが大友ひよりの味方をしているの?」
「え?」

 やはり、秋月くんの名前も知られていた。

 秋月くんは急に自分に振られた話にキョトンとしたあと「だ、大事な友達だからだよっ」と、やや顔を赤くして言った。

「ん、ふうん、友達。友達、ね」

 ルナはくるりと首を回す。

「んー、まー、そこそこ上手くいったし、いっか。実験」
「実験だあ?」

 黒田くんが聞き返す。

「そ。まぁ話聞いても"モブ"の黒田くんには関係ない話だから、分かんないと思うわよ」
「モブでもなんでもいいけどな、そろそろ撤回してもらえねぇかな、俺のイトコに対して流した、クソくだんねぇ嘘の噂話をよ」
「嫌よ」

 ルナは薄く笑った。

「たしかに、そのスマホにはアタシがケガをしていないかのように動く姿が映っているかもしれないわ。でもね、それはアタシが怪我をしてない証拠でも、アタシが大友ひよりに階段から突き落とされてない、という証拠でもないわ。そうでしょ?」
「御託は以上か? テメーがピンピンしてる以上、怪我もしてねぇし、階段から突き落とされてもねぇだろうがよ」
「ああもう、だから筋肉バカとは話したくないのよ、だからね、」

 ルナが少し語調を荒げた時だった。
 教室の扉がガラリと開き、聞き慣れた声がこう、告げた。

「証拠ならあるぞ、松影ルナ」

 堂々と胸を張り、スーツの大人、男女数人を従え立っているのは。

 私は思わず立ち上がる。

「……樹くん?」

 我が許婚殿、であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

転生令嬢は覆面ズをゆく

唄宮 和泉
ファンタジー
女子高生である九条皐月は、トラックにはねられて意識を失っい、気づけば伯爵令嬢に転成していた。なんだかんだとその世界でフェーリエとして生きていく覚悟を決めた皐月。十六歳になったある日、冒険者デビューを果たしたフェーリエは謎の剣士ユースに出会う。ひょんな事からその剣士とパーティーを組むことになり、周りに決められたパーティー名は『覆面ズ』。やや名前に不満はあるものの、フェーリエはユースとともに冒険を開始した。 世界が見たいフェーリエと、目的があって冒険者をするユース。そんな覆面ズの話。 ※不定期更新 書けたらその都度投稿します

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの
BL
日乃本帝国。日本によく似たこの国には爵位制度があり、同性婚が認められている。 ある日、片田舎の男爵華族・柊(ひいらぎ)家は、一通の手紙が原因で揉めに揉めていた。 それは、間もなく成人を迎える第二皇子・日乃本 義(ひのもと ただし)の、婚約者選定に係る招待状だった。 参加資格は十五歳から十九歳までの健康な子女、一名。 日乃本家で最も才貌両全と名高い第二皇子からのプラチナチケットを前に、十七歳の長女・木綿子(ゆうこ)は哀しみに暮れていた。木綿子には、幼い頃から恋い慕う、平民の想い人が居た。 「子女の『子』は、息子って意味だろ。ならば、俺が行っても問題ないよな?」 常識的に考えて、木綿子に宛てられたその招待状を片手に声を挙げたのは、彼女の心情を慮った十九歳の次男・柾彦(まさひこ)だった。 現代日本風ローファンタジーです。 ※9/17 少し改題&完結致しました。 当初の予定通り3万字程度で終われました。 ※ 小説初心者です。設定ふわふわですが、細かい事は気にせずお読み頂けるとうれしいです。 ※続きの構想はありますが、漫画の読み切りみたいな感じで短めに終わる予定です。 ※ハート、お気に入り登録ありがとうございます。誤字脱字、感想等ございましたらぜひコメント頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

鑑定の結果、適職の欄に「魔王」がありましたが興味ないので美味しい料理を出す宿屋のオヤジを目指します

厘/りん
ファンタジー
 王都から離れた辺境の村で生まれ育った、マオ。15歳になった子供達は適正職業の鑑定をすることが義務付けられている。 村の教会で鑑定をしたら、料理人•宿屋の主人•魔王とあった。…魔王!?  しかも前世を思い出したら、異世界転生していた。 転生1回目は失敗したので、次はのんびり平凡に暮らし、お金を貯めて美味しい料理を出す宿屋のオヤジになると決意した、マオのちょっとおかしな物語。 ※世界は滅ぼしません ☆第17回ファンタジー小説大賞 参加中 ☆2024/9/16  HOT男性向け 1位 ファンタジー 2位  ありがとう御座います。        

婚約破棄がお望みならどうぞ。

和泉 凪紗
恋愛
 公爵令嬢のエステラは産まれた時から王太子の婚約者。貴族令嬢の義務として婚約と結婚を受け入れてはいるが、婚約者に対して特別な想いはない。  エステラの婚約者であるレオンには最近お気に入りの女生徒がいるらしい。エステラは結婚するまではご自由に、と思い放置していた。そんなある日、レオンは婚約破棄と学園の追放をエステラに命じる。  婚約破棄がお望みならどうぞ。わたくしは大歓迎です。

処理中です...