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side樹 サッカー少年のはつこい

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「したら、はなです」

 桜が舞う中、赤い振袖の女の子がそう言った。
 その時、俺はもう恋に落ちていたんだと思う。

 その日は、祖母の先生のお祝いだとかいうお茶会だった。俺は行きたくない、と相当ゴネたのだったが、結局はついて行かされた。

 後から思うに、あれは一種の顔見せだったのだろう。祖母の年代の「お偉いさん」たちが集まる場に俺を紹介しておきたかったのだろう、と思う。

 しかしその時は「ツマラナイ」ばかりで憮然としていた。甘ったるいお菓子も好きじゃないし、苦いばかりのお茶も美味しくなかった。

 唯一、点てられたお茶を運ぶ女の子がなんだかキラキラして見えて、その子を眺めてひたすら過ごした。
 俺はその子の係の席ではなくて、それは少し残念に感じた。

 やっと会がお開きになって、やれやれこれで帰れると思った瞬間、祖母は友人とその親戚の子を紹介する、と勝手に俺を連れ出した。

 最高に不機嫌な気分でついていくと、そこにいたのはさっきの女の子だった。

(近くで見ると、キラキラが増した気がする)

 黒くてサラサラな長い髪と、切りそろえられた前髪に赤い振袖が相まって、まるで日本人形のようだった。

(肌も真っ白。ほんとに人形みたいだ)

 自己紹介をすると、彼女はややためらいがちに返してくれた。

「したら、はなです」

 華。
 華か。

(なんて、言おう)

 俺は迷った。こんなに迷ったのは初めてというくらい、迷った。

(なんと話しかければいいのだろう)

 普段から、そんなに女子と話しはしない。もちろん、話しかけられれば応えるが、それくらいだ。(そんな無愛想な俺なのに、試合となれば応援に来てくれるのだから皆親切だ)
 迷っているうちに、華の方が話しかけてくれた。

「えっと、鹿王院くんサッカーしてるの?」
「ああ」

 しまった。かなり、ぶっきらぼうに答えてしまった。その後もいくつか質問をされて、しかし上手く答えられず、ちょっと後悔しながら華を見ると、華は手に持っていた風呂敷を解いているところだった。

「ね、これでバレーしよう」

 取り出されたのは、赤い刺繍の入った、高級そうな手毬。
 そんなものでバレーなんかしていいのだろうか?
 迷ったが、すぐに頷いた。華がそういうなら良いのだろう。

 すこし離れて立つと、華がぽん、とパスを上げる。

(意外に上手だな)

 ふんわりと返すと、華はちょっと嬉しそうにボールを返してきた。
 ぽん、ぽん、としばらく続ける。
 一生懸命ボールを見る姿が可愛くて、ついつい見つめてしまっていた。

「あのねー、鹿王院くん」

 唐突に華が口を開いた。見つめていたのがバレたかと、ちょっとびくりとする。

「なんだ?」
「この手毬、敦子さんの手作りだから。落として汚したら超怒られるから、気をつけてね」
「……!!!?」

 えっ。
 あの敦子おばさんのか。
 敦子おばさんは昔から知ってるが、つかみどころが無くて、なんだか苦手意識が強い。あの人に怒られるって……!

 慌てて、ボールをきっちりとキャッチした。

「そんなもので遊ぼうとするな……!」

 ヒヤヒヤしながら言い募ると、華はお腹を抱えて笑いだした。

「あっは、はは、ごめん、嘘、嘘です。敦子さん私に割と甘々だから、そんくらいで怒らないってー。あは、鹿王院くんめっちゃ動揺してる、あはは」

 おお、良かった。冗談だったのか。
 ホッとして息をつく。それから華を見ると、キラキラが増しているような気がした。

(こんな風にも笑うのか)

 笑いすぎて、目尻に涙さえ浮かんでいる。

(可愛い)

 自分の中から湧いてくる感情に動揺して、俺は眉根を寄せた。

(なんなんだ?)

 どきどき、と心臓が高鳴る。
 その時、華の不安そうな声がした。

「えっと、あの、怒っ……た?」

 ハッとして首を振る。

「いや」

 そんな訳がない。あれくらいで、華に怒るなんてあり得ない、となぜか強く思う。

「えっと、ごめんね」

 シュン、とうなだれる華も可愛らしく、でもかわいそうで抱きしめたいような感覚に襲われる。

(いとしい、とはこういう感情なのだろうか?)

 元気を出してほしくて、適当な理由をつけてみる。

「怒っていない。単に、その……あまり目つきが良くないものでな。見ているだけで勘違いされることがよくある。怖がらせたなら、こちらこそ申し訳ない」 

 ぺこりと頭を下げると、「嫌われてなくて良かった」と華は小声で呟いて、それから微笑んでくれた。

(なんだこれは。可愛すぎるのだが大丈夫か?)

 心臓がまるで全力で走り続けたかのように高鳴る。自分のどくどくという音が聴こえて、もしかして華にも聴こえているだろうか、と不安になる。
 おそらく、ひどく不機嫌そうな顔をしている。そんなつもりは、無いのだが。

(また不安にさせたかもしれない)

 「嫌いなどしない」となんとか告げて、背を向けた。

 向かい合っていたら、全て見透かされそうで。

「え、鹿王院くんどこ行くの?」

 華の不思議そうな声。

「散歩だ」
「そうなの?」

 俺は華の手を握った。ほとんど無意識のものだった。嫌ってなどいないことを、なんとか分かって欲しかったのだ。
 特にあてもなく庭をウロウロして、時折振り返ると、華がはにかむように笑う。

(ああ、これが恋なのか)

 どうしようもなく人を好きになったのは、これが初めてのことだった。
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