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中川夫婦について

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子供の賑やかな声が響くデパートの屋上、小さな遊園地と呼ぶにはこじんまりとした空間に明と征司は目を輝かせてはしゃいでいた。

「子供って安上がりよね」

「それを言うなら純粋って言うのよ?可愛いじゃない」

ベンチに腰かける香奈は、慈しむように大きくなったお腹を撫でながら柔らかな眼差しで征司たち二人を見ている。

「まぁ、そうとも言うかもね」

ベンチの横にある街灯に背を預けた薙鳥はフッと息を吐く。本人は気付いていないようだが、自身も香奈と同じ目で明を見つめていた。

男性陣二人は皆の飲み物や子供用のソフトクリームを売店で購入していた。
貴匡の手には明らかに大きく巻いてあるソフトクリームが2つ。子供のようにキラキラと見つめる貴匡と売店のおばちゃんがデレデレと手を振っている様子から貴匡の天然タラシが暴発したようだ。横で全員分の飲み物が乗ったトレーとソフトクリーム2つを器用に持ってくる晃も、若干の呆れ顔をしている。

「あらあら… 貴匡さんったら」

平和そのものの光景だった。

辺りも自分達も優しい空気に包まれていた。
すぐに後ろを振り向けばドロドロとした闇が渦巻く日常とかけ離れた今に、違和感ではなく安堵を感じてしまっていることに薙鳥は自嘲を浮かべた。

「二人とも~!パパ達がソフトクリーム買ってくれたわよー」

香奈の声にパッと笑顔で振り向いた征司はこちらに向かいながら明を呼ぶ。しかし、明はゆるく動くパンダの乗り物に目が釘付けのようだ。

「アキは気になるものへの集中力がすごいな。一点集中なところは父親譲りか」

「ふふ、きっとアキちゃんは芸術肌なのね。ちーちゃんも絵画とか美術品好きだもんね?」

柏木夫妻の純粋過ぎる眼差しはむず痒いことこの上ない。

「私は高額なものに限るけどね」

薙鳥は軽口で流したが、かわし方が分からなかった晃はそそくさと明を呼びに踵を返しかけ…

「…っ!?あきらっ!!!」

持っていた飲み物を放り出して一直線に駆け出す。
何事かと目を向けた薙鳥は、こだまする悲鳴の中、明に向かって隣の工事中の区域から倒れていく鉄パイプの流れを、ただ見つめることしか出来なかった。

ガラガラガラガシャ──ン!!!………カラ、カラン 

「………ちゃん……薙鳥ちゃん!!」

肩を揺する香奈の声にはっと顔を上げる。いつの間に座り込んでいたのか、低くなった目線で前方を見ると転がる鉄パイプの山の中に見馴れたコートと、駆け寄る貴匡の後ろ姿が。

「あ………」

ガクガクと笑う膝に鞭打って立ち上がり必死に駆け寄る。

「こ、晃!明っ!!」

横たわる晃の腕からゆっくりと明と征司が顔を出す。どうやら明を助けようとした征司も庇ったようだ。二人に怪我をした様子はない。

「パ、パパ…?」

不安そうな明を一撫でして無事を確かめる。
そして、ピクリとも動かない晃をそっと抱き上げると後頭部に回した手がぬるりと滑った。
赤く染まった手を見た瞬間、世界から音と色が消えた気がした。





「ここが一線から引くきっかけだったかなぁ」

「え?ちょっと待て。それ明が3歳くらいの時…」

晃が驚く顔を少し面白く感じながら、そういえば明を身籠った時に引退する的な話をしたかも、と思い出す。その時はまだ自分がスリルと快感を他人の為に手放すなんて考えられなかった。

(私も変わっちゃったのね…。まぁ悪くはないけど)

咎めるような視線に軽く口付けると、赤くなる晃に愛しさが込み上げてくる。

「フフっ、ホント悪くない」

「いや、悪いんだからな」

お説教モードに入った晃をかわしながら、ふと我が子のことを思い浮かべる。

晃のようにガタイは良くないが、とっくに背は越されてしまった。
でも、内面の弱さは中々成長しない。晃の首にある傷痕が見える度に目を背けてしまう。
あの事故から確かに人並みの運動しか出来なくなった晃だが、生活の上では特に支障はない。なのに、引け目を感じているのか明は私にも晃にも遠慮をしている。

ただの他人なら軽く流すことも素知らぬ振りをすることも簡単なのに、家族というものは途端に難しくさせる。
難しくて、でも放っておけなくて面倒くさいのに愛しい存在。

(何か方法はないものかしら…)

停滞したものを動かす為には起爆剤が必要だ。ただ、安全でリスクの少ないものとなると限られてくる。

思案する母の顔の薙鳥を、晃はそっと後ろから包み込んだ。

「薙鳥さん。明なら大丈夫です。俺たちの子ですから」

なんの根拠もない言葉でも、晃が言うと納得してしまう。現役の頃から野生じみた勘がある彼が言うからなのかもしれない。

ふっと肩の力を抜いて身体を預けると、しっかりと支えてくれる。

「そうね。でもやれることはするわ。だって、あの子の親なんだから」

微笑み合う二人が活躍するまであと少し。


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