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安井の場合10
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「えー、では具体的な応募書類の作り方のお話にしましょうか。」
何事もなかったかのように石原は話し出したが、まだ完全には場の空気は変わっていなかった。
「よろしくお願いいたします。」
安井も急に丁寧な言葉遣いで答えた。
「まず、履歴書、職務経歴書、という言葉の先入観から捨ててみてください。もっと言ってしまうと、今回は履歴書や職務経歴書は作らなくて良いです。」
「えっ、いらないんですか?」
「ええ、今回はいらなくなると思います。」
「今回は、、、ですか?」
「はい、順を追って説明しますね。まずは応募書類を作る前に大事なことがあります。」
「求人企業のニーズ、ですよね。」
安井は聞かれるよりも前に答えた。その様子を見て石原は満足そうに続けた。
「ええ、求人企業のニーズです。そしてそのニーズを正確に検討するためにまず必要なことは、安井様がどの企業にアプローチされたいかを決めて頂くことです。」
「それって、希望を言っていいんですか?」
「もちろんです!このプロセスで大切なのは、ご応募先企業への熱量なので、ぜひ希望をおっしゃってください。」
「じゃ、レオパーズが良いです。小さいころから地元の球団でずっと応援していたんです。」
レオパーズとは在阪のプロ野球チームだ。
「では、レオパーズをターゲットに考えてみましょう。」
「はい!」
安井は今日一番の元気な返事をしていた。その様子に石原は手応えを感じながら、次のステップを説明することにした。
「ではレオパーズという球団にはどのようなニーズがあると思いますか?」
「そうですね、人気はあるものの成績はなかなか出ていないですね。なので優勝したい、日本一になりたい、というニーズがあると思います。」
「なるほど、ちなみにですが、そう思っているのは誰だと思いますか?」
「えっ、だれ、ですか、、、それは球団運営に関わるみんな、だと思いますが、、、」
「少し意地悪な質問でしたね、だれが一番そう思っていると思いますか、というのが正確な質問でしたね。」
「誰が一番、ですか。それは一番偉い人。球団社長、ですかね。」
「そうですね、まぁあくまで想定のお話で恐縮ですが、その可能性が高いですね。では、人を採用するかどうかは誰が決めるんでしょうか?」
「えっと、それはレオパーズの場合、オーナー企業の阪和電鉄です。確か監督人事とかもオーナー企業側が握っていて功労者のOBスター選手の首を切った、ってニュースで話題になっていたので。」
「そうですね、私も同じニュースを見ました。では採用側のニーズの当事者は誰でしょう?
現場監督でしょうか?球団社長でしょうか?オーナー企業でしょうか?」
「そっか、オーナー企業です。だからオーナー企業のニーズを理解しないといけないんですね!」
「その通りです。」
「でもオーナー企業も優勝したい、っていうニーズであってるんじゃないでしょうか?」
「そうですね。ある種正解で、ある種不正解、と言ったところかな、と僕は考えています。」
安井は腑に落ちない表情をしながら聞き返してきた。
「どういうことですか?」
「では逆に質問です。オーナー企業はなぜ野球の球団を持っているんでしょうか?」
「それは、、、企業のPR活動の一環、ですかね、、、」
安井は自信なさげに答えた。
「そうですね、ではなぜPRが必要なんでしょう?電鉄会社はPRしなくても地域住民ならだれでも知っていますよね?」
「、、、確かに。じゃなんのために、、、」
安井は、阪和電鉄がレオパーヅを保有していることは生まれる前からの当たり前のことで、その理由なんて考えたことがなかった。逡巡している様子を見ながら、石原は安井の思考がまとまるのを待った。
「売上のため、ですか?」
「おっしゃる通り、大命題としては売上を上げるため、と理解しておいてください。PR活動というのも間違いではないですが、売上アップという大きな目的のための手段の一つ、というのは適切です。」
安井はファン心理が強すぎて大切なものが見えていなかったことに気づいた。
「確かに、ビジネス、ですもんね。」
「そうですね。ただ誤解をして頂きたくないのは、球団経営というのはすごく特殊なビジネスモデルで、赤字でも簡単に手放されることはありません。それはそこにビジネスを超えた夢や希望もあるからです。」
「そうですね、だから根強いファンがいる、ってことですよね。」
「はい、なので正確には夢や希望というココロの部分と、利益というモノの部分がある、物心両面が大切、ということですね。そして球団運営に関わる方々は皆さん物心両面を持っていらっしゃると思いますが、それぞれの役割において、心の部分をより重視されていたり、より物の部分を重視されていたりする、ということですね。」
「なるほど、なのでオーナー企業側は心も大切に思いながらも、それ以上にお金を大切にしている可能性がある、ってことですね。」
「ええ、あくまで想定の域を出ないですが、そう遠くない想定かと思います。ですので、ニーズの想定としては、優勝や日本一になることが最優先ではなく、利益を拡大することが最優先で、その手段として優勝や日本一があり、またファンサービスや地域活動などもある、ようするにより多くのお客さんが電車を使って移動してくれる、チケットを買ってくれる、グッズを買ってくれることを目指している、とご理解頂いた方がベターかと思います。」
桜井は毎度ながら石原の視野の広さと深さに驚くばかりだった。
何事もなかったかのように石原は話し出したが、まだ完全には場の空気は変わっていなかった。
「よろしくお願いいたします。」
安井も急に丁寧な言葉遣いで答えた。
「まず、履歴書、職務経歴書、という言葉の先入観から捨ててみてください。もっと言ってしまうと、今回は履歴書や職務経歴書は作らなくて良いです。」
「えっ、いらないんですか?」
「ええ、今回はいらなくなると思います。」
「今回は、、、ですか?」
「はい、順を追って説明しますね。まずは応募書類を作る前に大事なことがあります。」
「求人企業のニーズ、ですよね。」
安井は聞かれるよりも前に答えた。その様子を見て石原は満足そうに続けた。
「ええ、求人企業のニーズです。そしてそのニーズを正確に検討するためにまず必要なことは、安井様がどの企業にアプローチされたいかを決めて頂くことです。」
「それって、希望を言っていいんですか?」
「もちろんです!このプロセスで大切なのは、ご応募先企業への熱量なので、ぜひ希望をおっしゃってください。」
「じゃ、レオパーズが良いです。小さいころから地元の球団でずっと応援していたんです。」
レオパーズとは在阪のプロ野球チームだ。
「では、レオパーズをターゲットに考えてみましょう。」
「はい!」
安井は今日一番の元気な返事をしていた。その様子に石原は手応えを感じながら、次のステップを説明することにした。
「ではレオパーズという球団にはどのようなニーズがあると思いますか?」
「そうですね、人気はあるものの成績はなかなか出ていないですね。なので優勝したい、日本一になりたい、というニーズがあると思います。」
「なるほど、ちなみにですが、そう思っているのは誰だと思いますか?」
「えっ、だれ、ですか、、、それは球団運営に関わるみんな、だと思いますが、、、」
「少し意地悪な質問でしたね、だれが一番そう思っていると思いますか、というのが正確な質問でしたね。」
「誰が一番、ですか。それは一番偉い人。球団社長、ですかね。」
「そうですね、まぁあくまで想定のお話で恐縮ですが、その可能性が高いですね。では、人を採用するかどうかは誰が決めるんでしょうか?」
「えっと、それはレオパーズの場合、オーナー企業の阪和電鉄です。確か監督人事とかもオーナー企業側が握っていて功労者のOBスター選手の首を切った、ってニュースで話題になっていたので。」
「そうですね、私も同じニュースを見ました。では採用側のニーズの当事者は誰でしょう?
現場監督でしょうか?球団社長でしょうか?オーナー企業でしょうか?」
「そっか、オーナー企業です。だからオーナー企業のニーズを理解しないといけないんですね!」
「その通りです。」
「でもオーナー企業も優勝したい、っていうニーズであってるんじゃないでしょうか?」
「そうですね。ある種正解で、ある種不正解、と言ったところかな、と僕は考えています。」
安井は腑に落ちない表情をしながら聞き返してきた。
「どういうことですか?」
「では逆に質問です。オーナー企業はなぜ野球の球団を持っているんでしょうか?」
「それは、、、企業のPR活動の一環、ですかね、、、」
安井は自信なさげに答えた。
「そうですね、ではなぜPRが必要なんでしょう?電鉄会社はPRしなくても地域住民ならだれでも知っていますよね?」
「、、、確かに。じゃなんのために、、、」
安井は、阪和電鉄がレオパーヅを保有していることは生まれる前からの当たり前のことで、その理由なんて考えたことがなかった。逡巡している様子を見ながら、石原は安井の思考がまとまるのを待った。
「売上のため、ですか?」
「おっしゃる通り、大命題としては売上を上げるため、と理解しておいてください。PR活動というのも間違いではないですが、売上アップという大きな目的のための手段の一つ、というのは適切です。」
安井はファン心理が強すぎて大切なものが見えていなかったことに気づいた。
「確かに、ビジネス、ですもんね。」
「そうですね。ただ誤解をして頂きたくないのは、球団経営というのはすごく特殊なビジネスモデルで、赤字でも簡単に手放されることはありません。それはそこにビジネスを超えた夢や希望もあるからです。」
「そうですね、だから根強いファンがいる、ってことですよね。」
「はい、なので正確には夢や希望というココロの部分と、利益というモノの部分がある、物心両面が大切、ということですね。そして球団運営に関わる方々は皆さん物心両面を持っていらっしゃると思いますが、それぞれの役割において、心の部分をより重視されていたり、より物の部分を重視されていたりする、ということですね。」
「なるほど、なのでオーナー企業側は心も大切に思いながらも、それ以上にお金を大切にしている可能性がある、ってことですね。」
「ええ、あくまで想定の域を出ないですが、そう遠くない想定かと思います。ですので、ニーズの想定としては、優勝や日本一になることが最優先ではなく、利益を拡大することが最優先で、その手段として優勝や日本一があり、またファンサービスや地域活動などもある、ようするにより多くのお客さんが電車を使って移動してくれる、チケットを買ってくれる、グッズを買ってくれることを目指している、とご理解頂いた方がベターかと思います。」
桜井は毎度ながら石原の視野の広さと深さに驚くばかりだった。
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