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安井の場合1
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「今日は履歴書と職務経歴書はご持参頂いていますか?」
桜井はいつものように面談を始めようとした。しかし目の前の求職者は、これまでの求職者たちと違い、一向に書類を出そうとしない。その様子を見て桜井は続けた。
「安井様、、、あの、書類をお持ち頂くようご案内させて頂いたと思うんですが、、、」
「、、、はい。」
安井と呼ばれた男性は、意を決したように書類をカバンから出した。
「お預かり致します。」
そう言って書類を受け取った桜井は、すぐに「やってしまった!!」と大きく後悔をした。求人サイト上で安井に声をかけた時は、業務経験の欄に1社分の職歴しか記載がなかったのだが、目の前にある書類には4社分の職歴が書いてあった。29歳で営業職で4社経験、しかも直近の会社はまだ入社1ヶ月しか経っていなかった。更に良く見ると、有名大学に進学はしていたが、4年生の時に中退をしている。人材紹介業では「声をかけてはいけない典型パターン」の人間だった。
人材紹介業は企業が多額のコストを負担して、人材紹介会社に依頼をする。当然ながら多額のコストに見合う人財しか採用されることはない。大手企業を中心に多くの企業で、公開されない、裏の採用条件で、転職回数を制限していることがある。今回安井に案内した求人企業も、桜井は前職時代から付き合いのある大手企業で、ご多分に漏れず20代の場合、転職回数は1回まで、という制限を持って依頼を受けていた。いわゆる職歴に「キズ」がある人材を嫌う傾向があるからだ。
求人サイト上は職歴美人でも、実際に合うとそうでもない、ということはあり得ることだが、前の会社ではそのような人財を呼び込んでしまうとかなりの叱責を受け、評価を下げる要因にもなる事案だった。このような場合は色々な理由をつけて面談を早期に終わらせるよう上司からは指導されていた。その経験が染みついていたせいで、桜井はついついネガティブな感情が顔に出てしまっていた。
「、、、あの、安井様、こちらご職歴の欄はお間違いないでしょうか、、、?」
その残念な表情と雰囲気を敏感に感じ取って、安井は「ここも一緒か」と小さくつぶやき、諦めて帰ることにした。無言で荷物をまとめる安井をみて桜井は事情を察して慌てて言葉をつづけた。
「や、安井様!良ければお話を伺わせてください!!どうすればお役に立てるか、考えさせてください!」
「いえ、僕みたいな人間はご迷惑ですよね、、、今日はすみませんでした。」
「滅相もないです!お話を聞かせてください!!」
桜井の熱心な表情は、先ほど垣間見えたネガティブな表情を覆すほどの熱量があり、その圧力に安井は、荷物を置きなおし、少しだけ話をしてみることにした。
安井の話はこうだった。
安井はこれまでの転職ではエージェントを使ったことがないこともあり、最初はサイト上ですべての職務経歴を掲載していた。だがなかなかスカウトのメールが届くことはなかった。数少ないながらも届いたスカウトメールもいざこちらが返信をしてみると、急に案件がなくなった、担当が異動になったなどの理由で面談をしてもらえる機会は全くなかった。
不審に想いネットで調べてみると、自分のような大学中退で転職歴が多い文系人間は転職エージェントからは見放されることがあると言う。実際にサイト上の職務経歴を一番長く働いた1社に絞り、大学も卒業をした体裁にして掲載することで、驚くほど多くのスカウトメールが届き、次々とエージェントの担当者と面談をしてもらえることとなった。
結果的に誰もが名前を知っているような大きなエージェントを中心に4社ほど面談を予約し、大きなエージェントから順番に話を聞いてもらうことにした。最初の面談では初めてのことで、緊張と期待に胸を躍らせながら臨んだが、期待は驚くほど簡単に裏切られることとなった。
履歴書と職務経歴書を提出するまで面談担当者はとても明るい雰囲気で接してくれて、時間も30分~60分くらいお時間を頂くことになる、と言っていたにも関わらず、ものの5分ほどで面談は終わってしまった。
2社目、3社目も同じような形だったが、4社目に至っては担当者が怒ってしまい、「経歴詐欺」のようなことまで言われて、すぐに退席をさせられてしまった。悲しい気持ちで溢れかえったが、最後にもう1社だけ試そうと思って、それまではあまり見てこなかった小さい規模のエージェントを見ることにした。その中でも親身になってくれそうな紹介文句が書いてあったのがGEARだったので、飛び込んでみることにしたのだった。
安井はこれまでの経緯を桜井に話してみた。これでダメならもうエージェントを使うのは辞めよう、そう決意しての行動だった。正直、当初は自分よりも若そうな桜井の反応にがっかりしたのだが、こちらが話せば話すほどしっかりと傾聴をしてくれる桜井に対して、徐々に信頼をおくようになっていった。
ひとしきり話を聞いて桜井は意を決して話を切り出した。。
「安井さん、僕は安井さんのお役には立てません。」
桜井はいつものように面談を始めようとした。しかし目の前の求職者は、これまでの求職者たちと違い、一向に書類を出そうとしない。その様子を見て桜井は続けた。
「安井様、、、あの、書類をお持ち頂くようご案内させて頂いたと思うんですが、、、」
「、、、はい。」
安井と呼ばれた男性は、意を決したように書類をカバンから出した。
「お預かり致します。」
そう言って書類を受け取った桜井は、すぐに「やってしまった!!」と大きく後悔をした。求人サイト上で安井に声をかけた時は、業務経験の欄に1社分の職歴しか記載がなかったのだが、目の前にある書類には4社分の職歴が書いてあった。29歳で営業職で4社経験、しかも直近の会社はまだ入社1ヶ月しか経っていなかった。更に良く見ると、有名大学に進学はしていたが、4年生の時に中退をしている。人材紹介業では「声をかけてはいけない典型パターン」の人間だった。
人材紹介業は企業が多額のコストを負担して、人材紹介会社に依頼をする。当然ながら多額のコストに見合う人財しか採用されることはない。大手企業を中心に多くの企業で、公開されない、裏の採用条件で、転職回数を制限していることがある。今回安井に案内した求人企業も、桜井は前職時代から付き合いのある大手企業で、ご多分に漏れず20代の場合、転職回数は1回まで、という制限を持って依頼を受けていた。いわゆる職歴に「キズ」がある人材を嫌う傾向があるからだ。
求人サイト上は職歴美人でも、実際に合うとそうでもない、ということはあり得ることだが、前の会社ではそのような人財を呼び込んでしまうとかなりの叱責を受け、評価を下げる要因にもなる事案だった。このような場合は色々な理由をつけて面談を早期に終わらせるよう上司からは指導されていた。その経験が染みついていたせいで、桜井はついついネガティブな感情が顔に出てしまっていた。
「、、、あの、安井様、こちらご職歴の欄はお間違いないでしょうか、、、?」
その残念な表情と雰囲気を敏感に感じ取って、安井は「ここも一緒か」と小さくつぶやき、諦めて帰ることにした。無言で荷物をまとめる安井をみて桜井は事情を察して慌てて言葉をつづけた。
「や、安井様!良ければお話を伺わせてください!!どうすればお役に立てるか、考えさせてください!」
「いえ、僕みたいな人間はご迷惑ですよね、、、今日はすみませんでした。」
「滅相もないです!お話を聞かせてください!!」
桜井の熱心な表情は、先ほど垣間見えたネガティブな表情を覆すほどの熱量があり、その圧力に安井は、荷物を置きなおし、少しだけ話をしてみることにした。
安井の話はこうだった。
安井はこれまでの転職ではエージェントを使ったことがないこともあり、最初はサイト上ですべての職務経歴を掲載していた。だがなかなかスカウトのメールが届くことはなかった。数少ないながらも届いたスカウトメールもいざこちらが返信をしてみると、急に案件がなくなった、担当が異動になったなどの理由で面談をしてもらえる機会は全くなかった。
不審に想いネットで調べてみると、自分のような大学中退で転職歴が多い文系人間は転職エージェントからは見放されることがあると言う。実際にサイト上の職務経歴を一番長く働いた1社に絞り、大学も卒業をした体裁にして掲載することで、驚くほど多くのスカウトメールが届き、次々とエージェントの担当者と面談をしてもらえることとなった。
結果的に誰もが名前を知っているような大きなエージェントを中心に4社ほど面談を予約し、大きなエージェントから順番に話を聞いてもらうことにした。最初の面談では初めてのことで、緊張と期待に胸を躍らせながら臨んだが、期待は驚くほど簡単に裏切られることとなった。
履歴書と職務経歴書を提出するまで面談担当者はとても明るい雰囲気で接してくれて、時間も30分~60分くらいお時間を頂くことになる、と言っていたにも関わらず、ものの5分ほどで面談は終わってしまった。
2社目、3社目も同じような形だったが、4社目に至っては担当者が怒ってしまい、「経歴詐欺」のようなことまで言われて、すぐに退席をさせられてしまった。悲しい気持ちで溢れかえったが、最後にもう1社だけ試そうと思って、それまではあまり見てこなかった小さい規模のエージェントを見ることにした。その中でも親身になってくれそうな紹介文句が書いてあったのがGEARだったので、飛び込んでみることにしたのだった。
安井はこれまでの経緯を桜井に話してみた。これでダメならもうエージェントを使うのは辞めよう、そう決意しての行動だった。正直、当初は自分よりも若そうな桜井の反応にがっかりしたのだが、こちらが話せば話すほどしっかりと傾聴をしてくれる桜井に対して、徐々に信頼をおくようになっていった。
ひとしきり話を聞いて桜井は意を決して話を切り出した。。
「安井さん、僕は安井さんのお役には立てません。」
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