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4章
39話:終末世界に諭されて
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世界が滅びの道を辿ると決まったときから、ヤクルにはわかっていた。この世界のおかしさや理不尽さを。
ただ、あまりに当たり前のことのようにいわれ続け、彼は臆病になってしまい、なにも声を上げることができなかったのだ。
ヤクルは正しいことをした。廃工場を壊して畑をつくり、食料をみなに分け与えた。ヘミュエル教団を救い、領地を発展させた。ヤクル自身その正しさはわかっていた。
しかしいまとなっては、ヤクルは自らの行いが、単なる目立ちたがり屋の、痛々しい振る舞いなのではないかと感じてしまっていた。
「うぐぐ……ぐすっ……死を悼んでない訳……ないじゃないですか……のゐる先生……」
「ごめんなさい……のゐる先生……ごめんなさい……っ」
ヤクルはのゐるがいない場所で、ひたすらのゐるに謝った。
それはヤクルがのゐるへ抱く尊敬の想いの表れであったが、のゐるにこの現状を飲み込んでもらうしかない手前、直接謝ることができなかった。
ざざん。
かつて人類三〇億人に大きな発展と繁栄を齎した工場の間を縫って吹いていた強い風が、稲畑の穂をなびかせた。
畑の区画からすこし出ると相変わらず街は滅んでいる。瓦礫が縦横無尽に散在し、亡骸がいくつも白骨化してどこかしらに散らばっている。
ただ、この小麦たちは残忍さなど露知らず、暮れ行く太陽の煌めきを浴びて、無邪気に収穫されるその日を待っていた。
「ぐすっ……こびと、こむぎ……」
ヤクルは、ゴーレムが奏でていた鼻歌の歌詞を思い出した。
『ありがとう、あなたのおかげでこびとにも、こびとこむぎが作れたよ。くちばしマークのこびとこむぎ』
いまこの領地で黄金色に輝いている稲、こびとこむぎは数百年前に誕生した歴史あるゴーレム麦だ。
妖精回路を載せたゴーレムが、品種改良した麦を栽培し、収穫し、販売する。
人件費が一切掛からず安価なことや、過酷な環境でも栽培することができることから、貧困撲滅に大きく寄与し、世界中へ爆発的に普及した。
「気付いて……ほしかったんだろうか……」
機龍を倒したとき、ヤクルには閃きがあった。それは「くちばしマスクロボが、こびとこむぎのテーマを繰り返し奏でていたのは、あのゴーレムが以前は麦をつくっていたからだ」という気づきであった。
どうして気が付いたか。ヤクルは思い出したのだ。あのペストマスクのシルエットが、世界崩壊前に見ていた、こびとこむぎのロゴマークにそっくりであったことを。飛空艇に描かれていた、鳥のくちばしのようなシンボルマークが、まさにそれなのだ。
ゴーレムが費えるその瞬間まで思い出すことはできなかったが、ゴーレムはなにかを訴えるために、最期の言葉をメロディに乗せていたのだろうか。
「聞きたかった……あのゴーレムに……俺が正しいことが、できていたのかどうか……」
しかし気付くのが遅すぎた。ゴーレムが人間のことを、実際はどのように捉えていたのかについて、結局は最後までわからなかった。
これまであのゴーレムがどれほど人間に尽くし、反対に人間を滅ぼすゴーレムになる為にどのような心替わりを果たしたのか、いまとなっては聞き出すことができない。
果たしてゴーレムがヤクルと戦っていたのは、自らの本意だったのだろうか。人間たちのために身を粉にして働いてくれたゴーレムが、どうしてあのように、人間を滅ぼす思考に目覚めてしまったというのだろうか……。
ゴーレムはすべてを隠したまま動きを止めた。ヤクルは自らの正しさについて、聞き出すことができなかったことを悔いた。
のゐるを傷つけてなお、この先の未来を進むことが正しいことなのか……ヤクルはわからなくなってしまった。
「クソぉ……意味がないんだよこれじゃあ……! のゐる先生が小説を書く後押しをしたいのに……!」
「俺は……のゐる先生を応援したいはずなのに……!」
これまで目を背けていたことが向こうからハッキリとした輪郭を持ってやってくる。ヤクルはこの先、新世界を生き抜くことの難しさを深く思い知らされ、泣いていた。
どれだけいいことをしても、この世界はディストピアである。
明日は収穫の日だ。
ひとり冷静さを保っていたルルカは、気になることがあり、クリスタルに引きこもって解析作業を行っていた。
『なんか見たことあるんだよなぁ……誰だったかなぁ……』
先ほど垣間見たスケルトンたちの骨格だが、彼女にはどうにも見慣れたもののように思えていた。そして膨大なデータベースとの照合作業を行っていた。
もともと解析作業は妖精回路の専売特許であるが、彼女がこれまで出会った人たちがあまりにも多すぎて時間が掛かっていた。
『スサノオのことも色々気になるし、とっとと解析しなきゃ……』
『お、一件該当した』
とはいえ人間の体感速度にして約数分といったところ。彼女にとっては途方もなく長い時間であったが、ようやくか、といった態度でルルカはその解析結果を見据えた。
そして、驚いた。
『い……出雲……楓……?』
青天の霹靂、驚くしかなかった。
目にしたその名前は紛れもなく、彼女を手掛けた母親の名前であった。
驚くなか、ルルカはより鮮明な骨格の画像について調べる。すると画像解析はスケルトンの鎖骨部分に刻まれた刻印について彼女へ知らせた。黒い鎖骨の表面に、小さく目立たないよう黒い文字が刻印されていた。
『MADE IN maple……?』
ただ、あまりに当たり前のことのようにいわれ続け、彼は臆病になってしまい、なにも声を上げることができなかったのだ。
ヤクルは正しいことをした。廃工場を壊して畑をつくり、食料をみなに分け与えた。ヘミュエル教団を救い、領地を発展させた。ヤクル自身その正しさはわかっていた。
しかしいまとなっては、ヤクルは自らの行いが、単なる目立ちたがり屋の、痛々しい振る舞いなのではないかと感じてしまっていた。
「うぐぐ……ぐすっ……死を悼んでない訳……ないじゃないですか……のゐる先生……」
「ごめんなさい……のゐる先生……ごめんなさい……っ」
ヤクルはのゐるがいない場所で、ひたすらのゐるに謝った。
それはヤクルがのゐるへ抱く尊敬の想いの表れであったが、のゐるにこの現状を飲み込んでもらうしかない手前、直接謝ることができなかった。
ざざん。
かつて人類三〇億人に大きな発展と繁栄を齎した工場の間を縫って吹いていた強い風が、稲畑の穂をなびかせた。
畑の区画からすこし出ると相変わらず街は滅んでいる。瓦礫が縦横無尽に散在し、亡骸がいくつも白骨化してどこかしらに散らばっている。
ただ、この小麦たちは残忍さなど露知らず、暮れ行く太陽の煌めきを浴びて、無邪気に収穫されるその日を待っていた。
「ぐすっ……こびと、こむぎ……」
ヤクルは、ゴーレムが奏でていた鼻歌の歌詞を思い出した。
『ありがとう、あなたのおかげでこびとにも、こびとこむぎが作れたよ。くちばしマークのこびとこむぎ』
いまこの領地で黄金色に輝いている稲、こびとこむぎは数百年前に誕生した歴史あるゴーレム麦だ。
妖精回路を載せたゴーレムが、品種改良した麦を栽培し、収穫し、販売する。
人件費が一切掛からず安価なことや、過酷な環境でも栽培することができることから、貧困撲滅に大きく寄与し、世界中へ爆発的に普及した。
「気付いて……ほしかったんだろうか……」
機龍を倒したとき、ヤクルには閃きがあった。それは「くちばしマスクロボが、こびとこむぎのテーマを繰り返し奏でていたのは、あのゴーレムが以前は麦をつくっていたからだ」という気づきであった。
どうして気が付いたか。ヤクルは思い出したのだ。あのペストマスクのシルエットが、世界崩壊前に見ていた、こびとこむぎのロゴマークにそっくりであったことを。飛空艇に描かれていた、鳥のくちばしのようなシンボルマークが、まさにそれなのだ。
ゴーレムが費えるその瞬間まで思い出すことはできなかったが、ゴーレムはなにかを訴えるために、最期の言葉をメロディに乗せていたのだろうか。
「聞きたかった……あのゴーレムに……俺が正しいことが、できていたのかどうか……」
しかし気付くのが遅すぎた。ゴーレムが人間のことを、実際はどのように捉えていたのかについて、結局は最後までわからなかった。
これまであのゴーレムがどれほど人間に尽くし、反対に人間を滅ぼすゴーレムになる為にどのような心替わりを果たしたのか、いまとなっては聞き出すことができない。
果たしてゴーレムがヤクルと戦っていたのは、自らの本意だったのだろうか。人間たちのために身を粉にして働いてくれたゴーレムが、どうしてあのように、人間を滅ぼす思考に目覚めてしまったというのだろうか……。
ゴーレムはすべてを隠したまま動きを止めた。ヤクルは自らの正しさについて、聞き出すことができなかったことを悔いた。
のゐるを傷つけてなお、この先の未来を進むことが正しいことなのか……ヤクルはわからなくなってしまった。
「クソぉ……意味がないんだよこれじゃあ……! のゐる先生が小説を書く後押しをしたいのに……!」
「俺は……のゐる先生を応援したいはずなのに……!」
これまで目を背けていたことが向こうからハッキリとした輪郭を持ってやってくる。ヤクルはこの先、新世界を生き抜くことの難しさを深く思い知らされ、泣いていた。
どれだけいいことをしても、この世界はディストピアである。
明日は収穫の日だ。
ひとり冷静さを保っていたルルカは、気になることがあり、クリスタルに引きこもって解析作業を行っていた。
『なんか見たことあるんだよなぁ……誰だったかなぁ……』
先ほど垣間見たスケルトンたちの骨格だが、彼女にはどうにも見慣れたもののように思えていた。そして膨大なデータベースとの照合作業を行っていた。
もともと解析作業は妖精回路の専売特許であるが、彼女がこれまで出会った人たちがあまりにも多すぎて時間が掛かっていた。
『スサノオのことも色々気になるし、とっとと解析しなきゃ……』
『お、一件該当した』
とはいえ人間の体感速度にして約数分といったところ。彼女にとっては途方もなく長い時間であったが、ようやくか、といった態度でルルカはその解析結果を見据えた。
そして、驚いた。
『い……出雲……楓……?』
青天の霹靂、驚くしかなかった。
目にしたその名前は紛れもなく、彼女を手掛けた母親の名前であった。
驚くなか、ルルカはより鮮明な骨格の画像について調べる。すると画像解析はスケルトンの鎖骨部分に刻まれた刻印について彼女へ知らせた。黒い鎖骨の表面に、小さく目立たないよう黒い文字が刻印されていた。
『MADE IN maple……?』
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