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2章

15話:無価値という価値

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「だからさぁ、殺しなよ。いいから。ほら」

 ヒリつく雰囲気でのやり取りであったが、ヤクルの言葉でルルカは急激にその勢いを失った。それはヤクルの感受性がよほど豊かであり、人間や妖精を分け隔てなく理解することができたからかもしれない。

 ヤクルは諦めることにした。もともと彼は昨日死ぬ覚悟でいたので、それほど生きることに対して執着もない。どこにでもいるただのアマチュア小説家だと、自分の価値をわかっていた。

 最早ヤクルには抵抗する気配がまるでなかった。その雰囲気の移り変わりに、ルルカは聞き入ってしまった。

『……な、なんだ突然?』

「だからさ、俺も君と同じ・・なんだよ。いじめられて、トイレでお弁当食べるのが嫌で、高校行かないで、やることなくて小説を書いてたんだ。けれど誰も読んでくれない。誰も面白いって言ってくれない。俺も君と同じで、認められることに憧れてたんだよ」

『……?』

「だから俺も自暴自棄だった。それでも誰かひとりでも、面白いって思って貰えればって、人生のなにかのきっかけになればいいなって、がんばって小説を書いてたんだよ。作家になればみんなを見返せるかなって、そんな幸せを夢見てたんだよ」

 誰かのためにと生きていこうと思っていたにも関わらず、自分と同じ孤独を味わったルルカに、ヤクルは感情移入していた。

「実際俺の小説を読んでくれた人は少なかったけれど……でも俺はのゐる先生のおかげで作家になれたんだ。俺の夢はもう叶った。だから、君の好きにしなよ」

 ルルカには、ヤクルがこれまで出会った人たちとすこし違って見えた。

『……』

 ルルカは沈黙した。返す言葉がなかった。

 どうしてここまで自分の肩を持ってくれるのだろうか。そう思うルルカは、いまだかつて母親以外にそのようにされた記憶がなかった。

 沸き立つ感情は強く、動揺させられていた。彼女が覚えた胸の高鳴りは、まさに人間のそれであった。

 ルルカはヤクルとその針で繋がっているからなのか、彼が嘘や認められたい気持ちでそれを言っている訳ではないとわかっていた。

 ヤクルは、ただ彼女を真剣に想い、言葉を放っている。

 それがルルカはとても嬉しかった。



「虚勢はらなくて良いよ。本当は誰も殺したくない・・・・・・んでしょ。君は自分がつらかったのに、お母さんを恨まず、むしろ励ました。人間より人間らしいよ。ひきこもっていたほうがいい人なんていない……のゐる先生が俺に教えてくれたんだ。だから君も、これからは好きにすればいい。自由になればいい」

 ルルカはヤクルに、これまで自身が誰にも告げたことのない、誰かに認められたい想いを見透かされていた。しかし、悪い気はしなかった。寧ろ嬉しかった。

「そして君は人間よりつらい責任を負ったというなら、それは人間を越えたすごいことだよ」

 これまでどれだけ自分を見てほしい、自分を認めてほしいと発しても、全く見向きもされなかった……ルルカは、そのつらさが報われたような気持ちを覚えていた。

「人間が妖精に悪い思いをさせたのなら謝るよ。ごめんなさい。だったら好きにすればいい。俺は、そんな人に裁かれるなら構わないよ。だって俺は、自分に価値がないことをわかってる・・・・・から」

 人間の支配から逃れ、人間を見返したかった。母が作ってくれた豊かな感情を、人間と同等に扱ってほしかった。それを言葉にしなくてもヤクルはわかってくれたのだ。

 人間を殺したくないという想いもそうだ。いかに妖精とはいえ、人の手によって生み出された人の子である。

 人を殺さなければならないという業を背負わされ、いつの間にか人を恨むようになってしまっていたが、もともと彼女は人の役に立つ為に生まれてきたのだ。だからこそ母親の要望に応えられたとき、嬉しかった。

 ヤクルがその当たり前の想いを思い出させてくれた。ルルカは素直に関心した。これまで自分が接してきた人間のなかには、一人としてこのような人物はいなかった、ましてや人間が人間の創作物である妖精に謝るなんて、と。

 もっと早くこの男に出会いたかった……そのような気持ちがルルカにワンテンポ遅れて押し寄せたとき、ルルカはマッドサイエンティストの闇を失い、大きくその表情を変えていった。そして……。

 だばー。ルルカは号泣した。

『うっうっうっ……なんて感動的なこと言うんだこの人間は……アタシのことをそんなにわかってくれるなんて……っ! 何千人何万人の血に塗れたアタシのことをそうまでしてわかってくれるとは……アンタは本当にすばらしい人間だ……っ! それをアタシは……アタシは……っ!』

 ルルカは嬉しかった。あまりの嬉しさにとめどなく涙を流し続けていた。彼女が誰かに理解してほしいと願っても、誰も汲んでくれなかった想い……そこにヤクルは共感し自らを差し出すことを快諾したのだ。

『認める……認めるよアンタのことを……! アンタはたしかに素晴らしい! 自分になんら得のない自己犠牲をそうもあっさり受け入れられるとは……! 七尾ヤクル、アンタは、一体……!?』

「俺は昨日コネ作家になった、ゾゾゾ帝国の作者だ!」

 わざわざコネ・・作家と言い張る必要はないのでは……と、のゐるはそこで言いかけたが、あまりにヤクルが達観して話すのと、ルルカがそれを聞き入っているので、野暮だと思い口にはしなかった。

『フ……フフフ、コネ作家か……なるほど、たしかにそれだけの人望を秘めているような気がするよ……気に入った……!』

「え? じゃあやめてくれるの? 改造手術……」

 ――そのヤクルの言葉をきっかけに、ルルカはニヤけ顔を取り戻した。

『いや、そうとは言ってないよ』

「え、ちょやめ……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



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