上 下
88 / 104

出稽古 27

しおりを挟む
「先生の技は抵抗できない方向に崩される。でも颯玄の動きは何とか背中や腰で耐えられる。捻り上げられる腕の角度が違うような気がする」

 颯玄はサキのその言葉にハッとした。

「そう言えば、俺の動きはそこまで考えてやっておらず、手首を曲げるようにして肘を上に挙げるだけの動きだった。でも、先生の動きはサキの前腕が俺よりも背中側になっているし、下げる時もそのまままっすぐ地面に向かって下げている」

 心の中でつぶやいた言葉だ。そこに気付いた颯玄は再びこの点を確認するためにサキに相手役になってもらった。

 受けから捕りの箇所についてはこれまでよりも滑らかになっている。その上でそれまでうまくできなかったところを意識してゆっくり行なった。この点、知念から言われていることで、勢いを付けて行なえば武技的には未熟でも技がかかったようになることがある。だが、あえてゆっくり技の要点を意識して行なうことで、その時の自他の関係性を考慮でき、そこからコツが掴める、ということだった。

 そして行なったのは見本で見た通り、サキの前腕が最初の時よりも背中側になるようにした上でまっすぐ引き落とした。

 すると、先ほどは抵抗があり、上手く崩せなかったサキが地面に倒れた。その様子があっけなかったため、颯玄は思わずサキに聞いた。

「サキ、今はわざと倒れたのか?」

「違う。抵抗できなかった」

 2人は少しの間、無言のまま互いに見つめ合っていた。そこだけを見たら若い2人の微笑ましい光景なのだが、これは武術の稽古の場だ。ここでは互いに技の質について頭の中で整理している時間なのだ。

 そこに知念が入ってきた。

「何となくコツが理解できたようだな。サキさん、さっきのような角度で技を掛けられた時、腰から崩されような感じがしなかったかな?」

「はい、そうです。今までは腰で姿勢を支えていたのですが、今度はそれができず、颯玄の動きに逆らえず、崩されてしまいました」

 知念はサキの言葉に頷いた。そしてその上で今度は颯玄が技を掛け、サキがそれを受けるように指示した。

 攻守が入れ替わって今度は颯玄が突き、サキがそれを対応することになるが、知念が強調したのは最後の崩しのところだ。捕りの箇所などは他の技でも共通する要点があるが、この技の場合、最後の極めのところの要領が大切ということなのだろう。その上で、まず颯玄がやっていたまずい場合を再現するように言われた。

 サキの場合同様、それでは崩れない。

 そして次に行なったのが正しい身体操作によるものだ。見た目は同じようなのだが、今度は崩された。

「なるほど、そういうことか。さっき、サキが言っていたことが分かった」

 颯玄は心の中でつぶやいた。

「分かったようだな」

 知念が2人に向かって言った。颯玄とサキが頷くと、知念の顔も綻んだ。

「では、この技を身体に染み込ませるため、2人で繰り返して稽古しなさい」

 そう言うと知念は、他の道場生のところに行って指導した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄を訴える夫候補が国賊だと知っているのは私だけ~不義の妹も一緒におさらば~

岡暁舟
恋愛
「シャルロッテ、君とは婚約破棄だ!」 公爵令嬢のシャルロッテは夫候補の公爵:ゲーベンから婚約破棄を突きつけられた。その背後にはまさかの妹:エミリーもいて・・・でも大丈夫。シャルロッテは冷静だった。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...