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第4章 王立魔法学校一年目

221 無知の代償③

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ジャスパーはケルベロスとレベッカ達の攻防を息をひそめて見つめていた。
彼は逃げだしたわけではなかった。

話はケルベロスが遠吠えした時に遡る。

魔法陣の結界がケルベロスによって容易く壊されたあの時、ジャスパーの肥大化した虚栄心はものの見事に砕け散った。
逃げることもせず、呆然とケルベロスを見上げるだけのジャスパーをレベッカは背にかばい、必死で打開策を探る。
彼女の力ではケルベロスに敵わないことはわかっていた。
しかしジャスパーのため、学校にいる全ての生徒のため、ここで心折れるわけにはいかなかった。

「試練とはどのようなものなのかしら?他の者が変わることはできない?」
『我らは召喚魔法で呼び出されたのであろう?他者が介入しては意味がないであろうが。なに、試練は実に簡単だ。その者が我らに傷一つでもつけることができれば、我らを召喚する資格があったと認めてやろう』
「そんなっ!」

学校に入学して間もない者が、ケルベロスに傷をつけれるはずなどない。
実質的には死刑宣告に等しい内容を受け入れられるはずがなかった。
レベッカがモニカとレーガンに視線を送ると、彼らも同じ意見のようで顔をこわばらせていた。
特にレーガンに至っては、ジャスパーの愚行を許可した張本人と言うこともあってか顔色が蒼白に近い。
戦うしかないのだと、三人で意志を固める。
せめて、ジャスパーをケルベロスの手の届かない場所に逃がしたい。
しかし、ケルベロスがそんなことを許すわけがない。

『さあ、そいつを我らに寄越すのだ』
「お断りですわっ!フレイム!」

ジャスパーを逃がす時間はないと悟ったレベッカはケルベロスに向かって魔法を浴びせる。
爆音と火柱でケルベロスの視覚と聴覚を奪うと、ジャスパーに姿隠しの魔法と結界をかける。

「絶対に声をあげないで」

レベッカはジャスパーに一言そう声をかけると、ケルベロスに向きなおる。
すでにケルベロスの手によって火柱は消えていた。
先程まで確かにいた場所にジャスパーの姿がなかったことで、ケルベロスは視線をあちらこちらにさ迷わせる。
レベッカ達はそれを見て、ほっと安堵のため息を漏らす。
その間も攻撃の手を緩めることはなかった。

「ファイアーストーム!」
「ロックレイン!」

レベッカとレーガンがケルベロスに向かって同時に魔法で攻撃する。

『ふんっ!中級魔法のみで我らに勝とうとは片腹痛いわっ!』

ケルベロスはそんな彼らの攻撃を全て一撃で退ける。
ケルベロスの意識が彼ら二人に向いたところで、気配を消してケルベロスの背後に移動していたモニカが、魔力をこめた剣で後ろから切りつける。

カギィィィィーーンッ

「ちっ!」

しかしケルベロスの体は固く、傷一つつけることは叶わなかった。
そのままケルベロスに吹っ飛ばされる。

「モニカ教諭!」

レベッカはモニカの元に行くと、すぐに怪我を治す。

「感謝する。…やはり、上級魔法でないと無理か」
「けれど、上級魔法の発動には時間がかかりますわ。その間にの所在が見つかってしまったら…」

戦いを仕掛ける前から、三人の力ではケルベロスを討伐することは叶わないだろうことはわかっていた。
しかし、生徒達が逃げる時間を作るため、彼らは無謀だと言える戦いに身を投じていた。
それに、彼らにも勝機が無いわけではなかった。
なぜだかわからないが、ケルベロスは自分から進んで攻撃してくることはなかった。
どうやら、こちらを殺す気はないようだ。
ならば救援が来るまでなんとか持ちこたえることができれば、こちらにも勝機があるはず!
しかし、そううまくいくはずもなく…
ケルベロスの左の首が鼻をひくつかせるとニヤリと笑った。

『臭う、臭うぞ。小わっぱの臭いがぷんぷんするわ』

ケルベロスの言葉に、ジャスパーはとっさに口元に手をやることで悲鳴を押し殺す。
彼の頭の中は「こんなはずじゃなかった」と言う思いでいっぱいだ。
見つからないように、ことさら体を小さく縮こまらせる。
先程までの自信満々な姿は見る影もなかった。
ジャスパーの居所を完全に把握した後のケルベロスの行動は早かった。

「逃げてーっ!きゃあっ!」
「待てっ!くっ!」
「ぐぁっ!」

ケルベロスはレベッカ達を次々と倒していくと、迷いのない足取りでジャスパーに近づいていく。
ジャスパーを助けてくれる者はもう誰もいない。
なにか暖かいものが足元をぬらすのを感じながら、ジャスパーは意識を失った。
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