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番外
勇者のまどろみ (1)
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くそっ。魔王戦で口のうまさが勝敗を分けるなんて、誰が思うか!
まさか、こんな形で勝負をつけられるとは。
────それが、王女の放った封印水晶に囚われる直前に俺が思ったことだった。
そして俺は、魔王の代わりに水晶に封印された。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
封印されている状態は、たぶん仮死状態と呼ぶのが一番近いと思う。
五感は完全に失われていたが、わずかながら意識は残っていた。水晶の中には、過去に封印された勇者たちの記憶の残滓が残されているようだった。夢うつつに、その記憶をひとつひとつ眺めていた。
勇者たちには全員ひとりも例外なく、ある共通点があった。
ひとつは、故郷に大事なひとを残してきたこと。
みんな結婚の約束をして、大事なひとを守るために討伐に立ち、そして帰れなかった。どれほど無念だったことだろう。
もうひとつの共通点は、勇者として覚醒する前は「冴えないやつ」だったこと。
チビのやせっぽちだったり、のろまと言われる者だったり、どいつもこいつもとにかく冴えない。中でもとりわけ冴えないのが、俺だったわけなんだけども。
子どもの頃は、いつでもイライラしていた。
思ったように身体が動かないからだ。腕も足も、鉄の重りが巻き付けられているんじゃないかと思うほど重くて、うまく動かなかった。
しかもそれは、頭にきたりムカついたりしたときに悪化する。
攻撃的な気持ちになると、途端に手足の重さが倍増するからたちが悪い。
だいたい走るといつだって、足の遅いことを周りにいる連中から笑われて頭にくる。カッとなるとその瞬間にガクンと足が動かなくなって、転ぶ。転ぶと、さらに笑いものになる。くやしくて頭に血が上る。くやしまぎれに拳で地面を叩きつければ、それを見てもっと笑われる。毎回、これの繰り返し。
くやしい。くやしい。くやしい。
あいつら全員、二度とそんなふうに笑えないよう叩きのめしてやりたい。
叩きのめしてやれるだけの力は、あるんだ。なのに、手足が動かない。しかも、こんなときに動かなくなるのは手足だけじゃない。口さえまともに動かず、どもってしまう。
くやしくて、腹が立って、涙があふれてくる。くやしがって泣くのも、やつらから見ると面白いらしい。ムカつく。そんなふうに、はけ口のない怒りが身体の中でとぐろを巻いて、内臓が焼き切れそうなほどイライラしていると、決まってハンカチを差し出してくれる女の子がいた。
それがひとつ年下のフィミアだ。
彼女はいつも「ほら、いつまで泣いてるの」と呆れ顔でハンカチを差し出す。
彼女の差し出すハンカチは、いつだって清潔でしわひとつなく、几帳面にたたまれていた。そのハンカチを受け取ると、身体がはじけ飛びそうなほどの怒りが不思議と少しずつ洗われていくような気がした。
まさか、こんな形で勝負をつけられるとは。
────それが、王女の放った封印水晶に囚われる直前に俺が思ったことだった。
そして俺は、魔王の代わりに水晶に封印された。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
封印されている状態は、たぶん仮死状態と呼ぶのが一番近いと思う。
五感は完全に失われていたが、わずかながら意識は残っていた。水晶の中には、過去に封印された勇者たちの記憶の残滓が残されているようだった。夢うつつに、その記憶をひとつひとつ眺めていた。
勇者たちには全員ひとりも例外なく、ある共通点があった。
ひとつは、故郷に大事なひとを残してきたこと。
みんな結婚の約束をして、大事なひとを守るために討伐に立ち、そして帰れなかった。どれほど無念だったことだろう。
もうひとつの共通点は、勇者として覚醒する前は「冴えないやつ」だったこと。
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子どもの頃は、いつでもイライラしていた。
思ったように身体が動かないからだ。腕も足も、鉄の重りが巻き付けられているんじゃないかと思うほど重くて、うまく動かなかった。
しかもそれは、頭にきたりムカついたりしたときに悪化する。
攻撃的な気持ちになると、途端に手足の重さが倍増するからたちが悪い。
だいたい走るといつだって、足の遅いことを周りにいる連中から笑われて頭にくる。カッとなるとその瞬間にガクンと足が動かなくなって、転ぶ。転ぶと、さらに笑いものになる。くやしくて頭に血が上る。くやしまぎれに拳で地面を叩きつければ、それを見てもっと笑われる。毎回、これの繰り返し。
くやしい。くやしい。くやしい。
あいつら全員、二度とそんなふうに笑えないよう叩きのめしてやりたい。
叩きのめしてやれるだけの力は、あるんだ。なのに、手足が動かない。しかも、こんなときに動かなくなるのは手足だけじゃない。口さえまともに動かず、どもってしまう。
くやしくて、腹が立って、涙があふれてくる。くやしがって泣くのも、やつらから見ると面白いらしい。ムカつく。そんなふうに、はけ口のない怒りが身体の中でとぐろを巻いて、内臓が焼き切れそうなほどイライラしていると、決まってハンカチを差し出してくれる女の子がいた。
それがひとつ年下のフィミアだ。
彼女はいつも「ほら、いつまで泣いてるの」と呆れ顔でハンカチを差し出す。
彼女の差し出すハンカチは、いつだって清潔でしわひとつなく、几帳面にたたまれていた。そのハンカチを受け取ると、身体がはじけ飛びそうなほどの怒りが不思議と少しずつ洗われていくような気がした。
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