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本編
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魔王を倒した勇者ライナスは、私の幼馴染みだ。
共に将来を誓い合った仲でもある。
確かにそのはずだった、のだけれど────。
二年近くに及ぶ魔王討伐から凱旋してきたライナスは、私の知っている彼とはまったくの別人になってしまっていた。
実を言うと彼はこれまでに二回、まるで別人のように人が変わったことがある。
けれども三回目の今度こそは、ついに本当に別人になってしまったのだった。
彼が変わってしまったらしいことは、実際に会う前に新聞記事から知っていた。
魔王討伐に聖女として参加していらした王女さまと婚約の話が進められている、という記事だ。
とはいえ新聞記事などというものは、言ってみれば他人からの伝聞にすぎない。だから実際に本人の口からはっきりしたことを聞くまでは、何とも言えない、と思っていた。
けれども最終的に、本人の口から直接聞いちゃったわけだ。
「フィミア、ごめん。旅の間に姫に命を救われて、それで……」
なるほど、なるほど。
手紙のひとつでもくれれば十分だったのに、やつはわざわざ私の家までやってきた。きちんとけじめを付けようとするその姿勢は評価しよう。けど、何もやんごとなきお姫さまとそのお供までをぞろぞろ引き連れて来なくてもよくないか。
まあでも、穏便に別れたことの証人がたくさんいると思っておけばいいか。
「うん。こうなるような予感はしていたの。きっといろいろあったんでしょう?」
だって、やつが別人になってしまったのなら、私も別に未練はない。
笑顔で別れを受け入れたことを、ちゃんとみんな目に焼きつけて行ってほしい。
だから二人に対して私は、心からの祝福の言葉を贈った。
「別に謝ってくれなくていいから。どうぞお姫さまとお幸せに」
ただし「元気でね」とは言えなかった。心にもないことは、言えないたちなのだ。
今後やつが元気で過ごそうが、そうでなかろうが、私にはどうでもいい。
私はライナスの左手の薬指に、ちらりと視線を向けた。果たしてそこに、指輪はなかった。魔王討伐に出立する前に私が渡した、手作りの素朴なビーズ細工の指輪。以前のままのライナスならば、この指輪をしていないなんてありえない。
ああ、本当に別人になってしまったのだな、と私は虚無感に襲われた。
ライナスたちの一行が帰っていくその後ろ姿を、完全に見えなくなるまで私はじっと家の前で見送った。
別に、なごり惜しかったからじゃない。ちゃんとひとり残らず全員ここから立ち去ったことを、この目でしっかり確認したかっただけだ。ライナスは一度も振り返らなかったけど、王女さまだけが一度ちらりと振り返った。一応、お辞儀をしておいた。
愁嘆場をさらしたりせず、穏便にきれいに別れたからには、多少は時間に余裕があるだろう。
すぐに私を始末しに来たりはしないはずだ。
でも、あまりゆっくりしている暇はない。
こんなことになるのじゃないかと思って、前から少しずつ準備しておいてよかった。
急がなくちゃ。旅支度を。
共に将来を誓い合った仲でもある。
確かにそのはずだった、のだけれど────。
二年近くに及ぶ魔王討伐から凱旋してきたライナスは、私の知っている彼とはまったくの別人になってしまっていた。
実を言うと彼はこれまでに二回、まるで別人のように人が変わったことがある。
けれども三回目の今度こそは、ついに本当に別人になってしまったのだった。
彼が変わってしまったらしいことは、実際に会う前に新聞記事から知っていた。
魔王討伐に聖女として参加していらした王女さまと婚約の話が進められている、という記事だ。
とはいえ新聞記事などというものは、言ってみれば他人からの伝聞にすぎない。だから実際に本人の口からはっきりしたことを聞くまでは、何とも言えない、と思っていた。
けれども最終的に、本人の口から直接聞いちゃったわけだ。
「フィミア、ごめん。旅の間に姫に命を救われて、それで……」
なるほど、なるほど。
手紙のひとつでもくれれば十分だったのに、やつはわざわざ私の家までやってきた。きちんとけじめを付けようとするその姿勢は評価しよう。けど、何もやんごとなきお姫さまとそのお供までをぞろぞろ引き連れて来なくてもよくないか。
まあでも、穏便に別れたことの証人がたくさんいると思っておけばいいか。
「うん。こうなるような予感はしていたの。きっといろいろあったんでしょう?」
だって、やつが別人になってしまったのなら、私も別に未練はない。
笑顔で別れを受け入れたことを、ちゃんとみんな目に焼きつけて行ってほしい。
だから二人に対して私は、心からの祝福の言葉を贈った。
「別に謝ってくれなくていいから。どうぞお姫さまとお幸せに」
ただし「元気でね」とは言えなかった。心にもないことは、言えないたちなのだ。
今後やつが元気で過ごそうが、そうでなかろうが、私にはどうでもいい。
私はライナスの左手の薬指に、ちらりと視線を向けた。果たしてそこに、指輪はなかった。魔王討伐に出立する前に私が渡した、手作りの素朴なビーズ細工の指輪。以前のままのライナスならば、この指輪をしていないなんてありえない。
ああ、本当に別人になってしまったのだな、と私は虚無感に襲われた。
ライナスたちの一行が帰っていくその後ろ姿を、完全に見えなくなるまで私はじっと家の前で見送った。
別に、なごり惜しかったからじゃない。ちゃんとひとり残らず全員ここから立ち去ったことを、この目でしっかり確認したかっただけだ。ライナスは一度も振り返らなかったけど、王女さまだけが一度ちらりと振り返った。一応、お辞儀をしておいた。
愁嘆場をさらしたりせず、穏便にきれいに別れたからには、多少は時間に余裕があるだろう。
すぐに私を始末しに来たりはしないはずだ。
でも、あまりゆっくりしている暇はない。
こんなことになるのじゃないかと思って、前から少しずつ準備しておいてよかった。
急がなくちゃ。旅支度を。
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