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月の妖精 (1)
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アンジーが怒りにまかせて言いたいことをぶちまけている間に、次々と食事が運ばれてきた。
いったんは食事に集中するも、その後もアンジーの話は途切れ途切れに続き、食事が終わる頃にやっと落ち着いた。シモンはすべて聞き終わると、ゆっくりうなずいてから質問した。
「じゃあ、今はもう婚約は解消されているんですね?」
「確認はしてませんが、そのはずです。いきさつは置き手紙に書いて来ましたし、さすがにあそこまでこけにされて、父や兄が黙ってるとは思えませんから」
「それはよかった」
シモンは椅子の上で居住まいを正すと小さく咳払いし、真剣な表情でじっとアンジーの顔を見つめてからこう告げた。
「アンジェリカ嬢、私と結婚を考えてくださいませんか」
「いいですよ」
「え、いいの?」
「うん。シモンさんなら、いいですよ」
次の瞬間、食堂内にどっと歓声がわき、そこかしこで指笛を鳴らす音がした。
「おめでとう!」
「いや、めでたい」
驚いた二人が辺りを見回すと、いつの間にか食堂内の視線がすべて集まっていた。どうやらシモンの求婚の言葉が聞こえた瞬間に、食堂内にいた人々の注目を引いてしまったようだ。
動転したシモンが言葉を失ったのと裏腹に、アンジーは満面の笑顔を周りに向けて手を振った。
「ありがとう!」
その明るい笑顔に、改めて周囲から歓声と拍手が送られた。
その中で、ユリスがミリーに声をかけた。
「ミリーさん」
「何でしょう」
「ついでに俺たちも結婚しませんか」
「え、お断りします」
隣でも求婚が始まったのを聞いて振り向いたアンジーは、ミリーの即答に思わず吹き出した。しかしユリスはまったくめげる様子がない。少しも表情を変えることなく、言葉を続けた。
「まあ、そう言わずに。耳寄りな情報があるんですよ」
「何ですか、そのうさんくさい押し売りみたいなセリフ」
ミリーは露骨に眉根を寄せて、迷惑そうな顔をしている。
シモンが「いや実際、悪質な押し売りそのものだろこれ」とつぶやいたのを聞いて、アンジーはたまらずお腹をかかえて笑い転げた。だがユリスはまったく気にしない。
「俺はシモンさまの専属従者です」
「知ってます」
「アンジェリカ嬢はそのシモンさまからの求婚を今受け入れましたから、いずれ結婚するでしょう」
「そうですね」
「俺と結婚すれば、結婚後もアンジェリカ嬢と一緒に暮らせます。どうですか」
「お受けしましょう」
急に真顔になっておもむろにうなずいたミリーに、シモンは驚きを隠せない。つい「え、本当にいいの?」と尋ねてしまったが、ミリーは事もなげにうなずいた。
「言われてみれば確かに悪くないお話かなと思いまして。初めてお会いした頃は、このかたと一緒になっても文化的な生活が送れるようにはとても思えませんでしたが、今ならまあ、文明人らしく暮らせそうに見えますし。何より結婚後も天使と一緒に暮らせるというのは、大きいですよね」
なかなかな言われようだが、ユリスは意に介することなく得意顔で満足そうにうなずいた。
周囲からは笑い声とともに再び歓声と拍手が送られる。シモンが宿の主人に、食堂にいる客全員にシモンのおごりで麦酒を振る舞うよう頼むと、歓声はさらに大きくなった。
いったんは食事に集中するも、その後もアンジーの話は途切れ途切れに続き、食事が終わる頃にやっと落ち着いた。シモンはすべて聞き終わると、ゆっくりうなずいてから質問した。
「じゃあ、今はもう婚約は解消されているんですね?」
「確認はしてませんが、そのはずです。いきさつは置き手紙に書いて来ましたし、さすがにあそこまでこけにされて、父や兄が黙ってるとは思えませんから」
「それはよかった」
シモンは椅子の上で居住まいを正すと小さく咳払いし、真剣な表情でじっとアンジーの顔を見つめてからこう告げた。
「アンジェリカ嬢、私と結婚を考えてくださいませんか」
「いいですよ」
「え、いいの?」
「うん。シモンさんなら、いいですよ」
次の瞬間、食堂内にどっと歓声がわき、そこかしこで指笛を鳴らす音がした。
「おめでとう!」
「いや、めでたい」
驚いた二人が辺りを見回すと、いつの間にか食堂内の視線がすべて集まっていた。どうやらシモンの求婚の言葉が聞こえた瞬間に、食堂内にいた人々の注目を引いてしまったようだ。
動転したシモンが言葉を失ったのと裏腹に、アンジーは満面の笑顔を周りに向けて手を振った。
「ありがとう!」
その明るい笑顔に、改めて周囲から歓声と拍手が送られた。
その中で、ユリスがミリーに声をかけた。
「ミリーさん」
「何でしょう」
「ついでに俺たちも結婚しませんか」
「え、お断りします」
隣でも求婚が始まったのを聞いて振り向いたアンジーは、ミリーの即答に思わず吹き出した。しかしユリスはまったくめげる様子がない。少しも表情を変えることなく、言葉を続けた。
「まあ、そう言わずに。耳寄りな情報があるんですよ」
「何ですか、そのうさんくさい押し売りみたいなセリフ」
ミリーは露骨に眉根を寄せて、迷惑そうな顔をしている。
シモンが「いや実際、悪質な押し売りそのものだろこれ」とつぶやいたのを聞いて、アンジーはたまらずお腹をかかえて笑い転げた。だがユリスはまったく気にしない。
「俺はシモンさまの専属従者です」
「知ってます」
「アンジェリカ嬢はそのシモンさまからの求婚を今受け入れましたから、いずれ結婚するでしょう」
「そうですね」
「俺と結婚すれば、結婚後もアンジェリカ嬢と一緒に暮らせます。どうですか」
「お受けしましょう」
急に真顔になっておもむろにうなずいたミリーに、シモンは驚きを隠せない。つい「え、本当にいいの?」と尋ねてしまったが、ミリーは事もなげにうなずいた。
「言われてみれば確かに悪くないお話かなと思いまして。初めてお会いした頃は、このかたと一緒になっても文化的な生活が送れるようにはとても思えませんでしたが、今ならまあ、文明人らしく暮らせそうに見えますし。何より結婚後も天使と一緒に暮らせるというのは、大きいですよね」
なかなかな言われようだが、ユリスは意に介することなく得意顔で満足そうにうなずいた。
周囲からは笑い声とともに再び歓声と拍手が送られる。シモンが宿の主人に、食堂にいる客全員にシモンのおごりで麦酒を振る舞うよう頼むと、歓声はさらに大きくなった。
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