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舌先三寸の救出作戦 (1)
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男爵とユリスのやり取りを、シモンは呆れたような顔をしながら静観していた。より呆れるべきは男爵とユリスのどちらに対してなのか判断がつかない、とでも言いたげな顔をしている。男爵たちの会話がひと段落すると、シモンは男爵に向かって落ち着いた声で話しかけた。
「ところで『丁重にもてなしたいから、副会長の娘を連れてくるように』とおっしゃったと伺いましたが、場所はこちらで合っていましたか?」
「何が言いたい?」
血管が切れそうなほど顔を赤くした男爵に剣呑な目を向けられても、シモンは少しも意に介する様子がない。
「我々をもてなしてくださるにしては、少々狭すぎやしませんか。実際、さっきからずっと立ちっぱなしですし」
「貴様らに座らせる椅子などないわ!」
「呼びつけておきながらその態度は、いかがなものかと思いますよ」
シモンはわざとらしく肩をすくめ、両手を広げてため息をついてみせた。
その様子に苛立ちをさらに刺激されたらしい男爵は、重ねて何か怒鳴ろうと口を開きかけたが、最初に玄関で対応した使用人が後ろから近づき、男爵に何か耳打ちした。
「は? デュッケル……?」
怒りにまかせて横柄な態度を貫いていた男爵の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「はい、デュッケル伯は私の父です」
「そ、それならそうと、最初に言ってくだされば……!」
「最初から家名も名乗っておりますが」
しれっとにこやかに身分を振りかざしてみせるシモンに、アンジーは感心した。なるほど、身分とはこのように使うものらしい。
「しかし、後見のかたはまだしも、そちらの少年は────」
「ああ、やっと紹介を聞いていただけそうですね。こちらは私の親友、アンジーです」
いつの間にかシモンの「親友」になっていたらしいことに、アンジーは吹き出しそうになった。が、ぐっとこらえて、よそ行きの笑顔を貼り付け、自己紹介をした。
「はじめまして、アンジー・シュニッツです。父がシュニッツ商会の商会長ですので、仕事でお世話になったことがあるかもしれません。お招きありがとうございます」
アンジーとしては副会長とリンダの二人を無事に連れて帰れればそれでよいのだが、どうやら話の流れから見てシモンは男爵から招待を受けたことにしたいらしいので、話に乗っておく。
ついでに、リンダの立場をより安全なものにすべく、ちょっとした小芝居を追加することにした。
アンジーはリンダの顔をのぞき込んで、「リンダとは先日の春祭りのときに将来を約束し合った仲です。ね、リンダ」と微笑みかける。それを受けて、リンダはアンジーの腕にぎゅっと抱きつくと、恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしながらうなずいた。打ち合わせもなしにアンジーのアドリブに即座に対応するこの彼女、なかなか機転が利く上に演技派でもある。
アンジーの言葉を聞いた副会長はギョッとしたように「えっ」という声をもらして振り返った。
リンダは父に向かって素早く首を横に振り、男爵に見えない位置で人差し指を立ててみせ、声に出さずに「しー」と口を動かす。
副会長はそれを見てほっとしたような笑みを浮かべ、うなずいた。
「ところで『丁重にもてなしたいから、副会長の娘を連れてくるように』とおっしゃったと伺いましたが、場所はこちらで合っていましたか?」
「何が言いたい?」
血管が切れそうなほど顔を赤くした男爵に剣呑な目を向けられても、シモンは少しも意に介する様子がない。
「我々をもてなしてくださるにしては、少々狭すぎやしませんか。実際、さっきからずっと立ちっぱなしですし」
「貴様らに座らせる椅子などないわ!」
「呼びつけておきながらその態度は、いかがなものかと思いますよ」
シモンはわざとらしく肩をすくめ、両手を広げてため息をついてみせた。
その様子に苛立ちをさらに刺激されたらしい男爵は、重ねて何か怒鳴ろうと口を開きかけたが、最初に玄関で対応した使用人が後ろから近づき、男爵に何か耳打ちした。
「は? デュッケル……?」
怒りにまかせて横柄な態度を貫いていた男爵の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「はい、デュッケル伯は私の父です」
「そ、それならそうと、最初に言ってくだされば……!」
「最初から家名も名乗っておりますが」
しれっとにこやかに身分を振りかざしてみせるシモンに、アンジーは感心した。なるほど、身分とはこのように使うものらしい。
「しかし、後見のかたはまだしも、そちらの少年は────」
「ああ、やっと紹介を聞いていただけそうですね。こちらは私の親友、アンジーです」
いつの間にかシモンの「親友」になっていたらしいことに、アンジーは吹き出しそうになった。が、ぐっとこらえて、よそ行きの笑顔を貼り付け、自己紹介をした。
「はじめまして、アンジー・シュニッツです。父がシュニッツ商会の商会長ですので、仕事でお世話になったことがあるかもしれません。お招きありがとうございます」
アンジーとしては副会長とリンダの二人を無事に連れて帰れればそれでよいのだが、どうやら話の流れから見てシモンは男爵から招待を受けたことにしたいらしいので、話に乗っておく。
ついでに、リンダの立場をより安全なものにすべく、ちょっとした小芝居を追加することにした。
アンジーはリンダの顔をのぞき込んで、「リンダとは先日の春祭りのときに将来を約束し合った仲です。ね、リンダ」と微笑みかける。それを受けて、リンダはアンジーの腕にぎゅっと抱きつくと、恥ずかしそうに頬を染めてもじもじしながらうなずいた。打ち合わせもなしにアンジーのアドリブに即座に対応するこの彼女、なかなか機転が利く上に演技派でもある。
アンジーの言葉を聞いた副会長はギョッとしたように「えっ」という声をもらして振り返った。
リンダは父に向かって素早く首を横に振り、男爵に見えない位置で人差し指を立ててみせ、声に出さずに「しー」と口を動かす。
副会長はそれを見てほっとしたような笑みを浮かべ、うなずいた。
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