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醸造町ヘルトニッヒ (1)

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 醸造町ヘルトニッヒには、三泊ほど逗留することにした。
 何とも幸運なことに、ちょうど春の収穫祭が始まるところだった。出店も多そうで、アンジーは大喜びだ。宿を定めた後は、さっそく情報収集を始める。

 到着した日の夕食は、宿屋でとった。
 その夕食時にアンジーは、集めた情報を旅の同行者たちに披露した。

「ここのお祭りは、明日から三日間ですって。最終日の午後は、村の中央広場で踊り比べがあるらしいよ。若い人はだいたいみんな参加するって聞いたから、シモンさんも一緒に行ってみない?」
「踊り比べに?」
「うん。もしヒルデさんがここの人なら、お祭りにも出てそうでしょ」
「なるほど。行ってみよう」
「うんうん」

 翌日の午前中、アンジーとミリーはシモンたちとは別行動をとることにした。
 シモンたちはヒンメル商会の本店を訪れ、ヒルデ嬢の情報が得られないか問い合わせる予定だ。それにアンジーたちが付き合う理由はないので、別行動で祭りを楽しむことにする。

「シモンさん、これをどうぞ」

 アンジーは小さな紙片をシモンに手渡した。いぶかしげにシモンが受け取った紙片には、簡単な手書きの地図が描かれている。

「さっき宿の娘さんに、ヒンメル商会の本店の場所を教えてもらったんです。ヒルデ嬢が見つかるといいですね」
「おお、ありがとう」

 食堂で忙しく給仕して回っている娘と視線が合うと、宿の娘は頬を染めてはにかむように微笑み、会釈した。それに対してアンジーは人なつこく笑みを浮かべ、小さく手を振って挨拶を返す。
 その様子を見て、シモンはうらやましそうに嘆息した。

「アンジーは女の子に人気があるよねえ」
「え? 別にそんなことありませんけど」

 なぜ突然そんな感想が出てきたのかわからず、アンジーはきょとんとする。

「今だってほら、娘さんが会釈してったじゃない」
「ああ。それは、さっきおしゃべりしたからですよ」

 単に顔見知りというだけなら頬を染めたりはしないものだが、アンジーにはそこがわかっていない。その全然わかってない様子にシモンは苦笑し、ミリーに向かって眉を上げてみせた。

「きみの弟さんは、罪な男に育ちそうだよ」
「この子は天使なので、心配いりません」

 ミリーは動じることなく笑顔で言い切った。それを見てシモンは笑い声を上げたが、少ししてから大人の顔を見せてアンジーに忠告した。

「そうそう。天使なアンジーは、村はずれにある宿屋つきの酒場には近づいちゃいけないよ」
「はい。でも、どうして?」
「うん、まあ、何と言うか、あまり柄のいい場所じゃなくて危ないからだよ」
「いや、危ないっていうか────うっ……!」

 歯切れ悪く説明するシモンの言葉にかぶせるように、よけいなことを言いかけたユリスは、テーブルの下でミリーからすねを蹴りつけられ、隣のシモンからは痛烈なひじ鉄を見舞われていた。シモンは疲れたような顔でユリスに「頼むからお前、ほんと黙っててくれよ」と耳打ちする。

 アンジーは気の毒そうに眉尻を下げ、ユリスには何も尋ねることなく宿の娘を呼んで、しゃっくり対策用の水を注文した。

 シモンが具体的に説明することを避けた「村はずれにある宿屋つきの酒場」とはすなわち、酌婦のいる酒場という意味である。だが、間違いなくアンジーは酌婦が何だか知らない。だからシモンは説明したくなかった。酌婦とは、その名のとおり酒場で酒をつぐサービスをする女性のことなのだが、往々にして酌をするだけでは終わらないため宿屋がついているわけだ。

 酌婦という職業名に触れずに説明されたアンジーは、聞かされた言葉から独自の解釈を導き出して納得した。

「つまり、家に帰れなくなるほど飲み過ぎる人ばかり集まる酒場ってこと? それは確かに近づきたくないなあ。教えてくれてありがとう、シモンさん」
「どういたしまして」

 シモンは大人の笑顔を浮かべて、愛想よくうなずいた。
 その日は翌日に備え、夕食もそこそに切り上げて早めに休むことになった。
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