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竜将軍大会第五回戦(準決勝):最強厨クルシュ VS 百鶫長ナフィ

・休暇と淡い恋心

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 私の賞金は即日徴収され、全額がティシュ商会の運転資金に回された。
 あの日ティティスが私に賭けた金額は、ドン引きの金87と銀2と銅7。

 これに約13倍のオッズがかかり、ざっくりとした計算で金1130の払い戻しが返ってきたそうだ。
 私の雑な日本円換算にして、2260万円もの収益となる。

 私が稼いだ賞金の金320が霞むほどの圧倒的な収益だった。
 私はヤツカハギ帝国の民の底知れぬ経済力と、バクチ狂い上等な国民性に震え上がった。

 いくら年に一度のお祭りとはいえ、どいつもこいつもバカみたいに金を賭け過ぎだ……。

「どしたのー、クルシュー? まだ身体痛い……?」

 昨日の準々決勝から一日が経ち、夕方となった。
 私はイーラジュ邸の居間を借りて、ティティスからの定期報告を受けていた。

「いや……もう、痛みは引いてきているのだが……。ふぅ……」
「次も勝ってもらわなきゃ困るんだからっ、早く治してがんばってよねっ!」

「商会の金をバクチにつぎ込むの、もう止めないか……?」
「え、なんで?」

「なんでもクソもあるかっ!! バクチはビジネスじゃねーって何度言やわかんだよっ?!」

 ともかく私たちティシュ商会は、この3000万円近い資本を用いて大増刷に入った。
 しかしそれでもなお、ティシュ商会に届いた発注全てに対応するにはやや資金不足といったところだった。

 原因は銀3もかかる絵巻の印刷コストにあるが、私にも原因があるらしい。
 なんと地方や国外で、ククルクルスのクルシュの名が評判になっているそうだ。

 なんでも叶えてくれる聖帝への願いの権利を、愛読書の推薦に使った変わり者の選手がいると。

「まーそれ、あたしとお父様が広めたのもあるんだけどねー」
「な、何ぃっ?!」

「クルシュって今、キョウで一番の有名人なんだよ! 一躍時の人、ってやつ?」
「いくらなんでもそりゃは大げさだろ……」

「は、何言ってんの? クルシュは今大会のベスト4だよ? 優勝候補だよ? 毎回魅せてくれるちょ~面白い選手、ってみんなに言われてんだよ?」
「ベスト4か……。あと二回勝てば、優勝だな」

 私は竜将大会のことを勘違いしていた。
 ただ武を競い、最強の座を得るための大会だと思っていた。

 しかしこうしてキョウの都に腰を落ち着けて辺りを見回してみれば、竜将大会の選手というのは都の花形だった。

「クルシュのおかげでお父様の商会も評判いいんだー♪ あたしがクルシュと並んで闘技場に入場するだけで、うちの商会が儲かるんだなぁーっ!」
「え、なんでだ……?」

「結構、顔が知れてるからね、あたし」
「……お前自体が商会の広告塔になってる、ってことか?」

「そ。あたしこれでも社交界ではモテるんだよー? プロポーズされたことも両手の指で数え切れないんだからっ」
「ああ、顔と外っつらは完璧だからな、お前」

「そこはさーっ、『世界一かわいいよ、ティティスちゃん!』 って正直に言ったらー?」
「アホか、死んでも言わねー」

 そういったわけで、私たちのビジネスは順調だった。
 あと4日待てば今月4週目の土曜日となり、納入した絵巻の代金が黄の延べ棒の山となって商会の金庫に入る予定だった。

 そしてその翌日が安息日。
 その安息日に竜将大会準決勝が執り行われる。

 対するはあの黒騎士ナフィ。
 先日突き付けられた挑戦状に応えるためにも、私は己をより鍛え上げなければならない。

「次の試合、楽しみだなぁ……! 次は遠回りしてさー、都中の人たち引き連れて入場しようよっ!」
「お前、女にしておくには惜しい度胸してんぜ……」

「そうかなー? カロン先生は、『もうあんなの懲り懲りだべさぁ……!』って言ってたけど」
「そりゃそうだ……」

 私は今日中にロシュ戦で痛めた体を癒し、明日から稽古漬けの生活に戻る。
 さっきまで構ってくれていたココロさんが夕飯の準備に入ってしまったので、こうしてティティスが暇つぶしの相手になってくれて助かった。

「あ、ココロ! 待ってたよ!」
「あ、はい……。でも、あの、なんだか……お二人、近く、ないですか?」

「え、何が?」

 距離感の話だろう。
 ティティスはちゃぶ台の向かいではなく、私のすぐ隣に座している。
 加えてさっきから身を乗り出すように、私の横顔に自分の顔を寄せて大騒ぎしていた。

「お嬢様なのに自覚がないから困る……。ココロさん、よろしければ少し休んでいかれませんか?」
「いえ、火を使っていますので、今はそういうわけには、いかないのですが……」

 その時、ココロさんはよくわからない顔をした。
 急に機嫌が悪くなったかのように私のことを睨んだかと思えば、すぐに暗い顔になってしまった。

「ティティスちゃんの方が、明るくて、かわいいですものね……」
「……はい?」

「厨房にも聞こえていました……。ティティスはかわいいって、クルシュさんが言っているのが……」
「……俺、そんなこと言ったか?」

 幻聴でも聞こえたのかと、同意を求めてティティスに私は振り返る。
 するとティティスもなぜか不機嫌になっていた。

「言ったよっ!!」
「そ、そうだったか……?」

「はぁぁ……萎えた! ココロ、たまには料理教えてよ! こんなやつほっといてさー!」
「……そうですね」

 な、何っ?!
 突然なんだこの流れはっ!?

「こんな人、ほっておきます。行きましょう、ティティスちゃん」
「バイバーイ、朴念仁くん!」
「……え?」

 私が何をしたというのだ……?
 なぜココロさんまで不機嫌になるのだ?

 私はただ、ティティスの顔と外面は完璧と、皮肉を言いつつ評価しただけなのに。
 私は外廊下に出て、そこで夕空を見上げながら、わからぬ女心に首を傾げた。

 生前の私は生涯独身だった。
 生い立ちから晩年まで、冴えない男であった。
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