上 下
56 / 154
閑話 8

エベリウム伯爵は沈黙する

しおりを挟む
聖王国グランラディアには、王族を筆頭に五大侯爵家が連なり、国の中枢を回している。
だが、ここにエベリウム伯爵家も加わっているのは、一部の貴族のみ本当の意味で理解している。
【王家の影】と呼ばれる諜報機関を代々担っている。それがエベリウム伯爵家。
それは一般的な見解である。
情報収集だけでなく、情報操作。そして、時には影としての護衛、暗殺などと、多岐に渡る役目を持つのが本来の姿である。
現在のエベリウム伯爵家当主はアベル・クラン・エベリウム。
穏やかな性格の彼は、愛娘の誘拐で暴走した家族の後始末に頭を抱えていた。

「……はは。マリアの経済制裁の一声で、これだけの打撃与えてるの、恐怖でしかないんだけど……」

「そっすねぇ…。さらに、若様方も加わったから、エスタルディアからの正式な謝罪が発表されるまでは、解除されないでしょうしねぇ…」

愛娘を誘拐したのがエスタルディアの人間と分かるや否や、マリアステラは実家のエイデル商会に連絡した。
『エイデルの幸運の女神』の誘拐は、紹介で働く者達にとっても許せる事態ではなかった。
特に率先して動いたのは各国に『護衛メイド』として派遣されていた女達である。
可愛い妹分として、皆から愛されていたアリスティリアである。
派遣先の主達に、それぞれがアリスティリアの捜索に行かせて欲しいと相談したのだ。
これに慌てたのは、雇用主達だ。
自分達の『護衛メイド』に対して、エスタルディアへの抗議を約束し、使える伝手を全て使っての情報を集めだした。

これに乗っかったのは、エベリウム兄弟である。
【王家の影】を使い、情報を各国に素早く拡散、何が起こったのか包み隠さず広めたのである。

これにより、エイデル商会とグランラディア側の怒りが伝わり、エスタルディアから他国の人間は速やかに帰国。
外交も貿易も一切が行われなくなったのは、アリスティリアが拐われた翌日の昼だった。
他国に出向いていたエスタルディアの国民まで、エスタルディアに強制送還されたのだ。

その後、カフィルとエヴァンにより、アリスティリアが保護されても、状況が変わることはなく、エスタルディア側からエベリウム伯爵家に密使が送られてきたのである。

『どうか奥方とご子息達のお怒りを鎮めていただきたい!』

見事な土下座をしながら、自国が現在どれだけの打撃を受けているかと、書類まで運んできた密使は本気で泣いていた。

「何処ぞの大バカ野郎のせいで、国が滅びかけるって……。お気の毒っすねぇ…」

クロードは密使に同情すれど、それだけである。
彼とてアリスティリアを可愛がっていた一人なのだ。

「そもそも皆勘違いしてるよね。私にあの三人を止められるわけないのに……。止めれるのアリスだけだよ?頼む相手間違えてるよねぇ……」

そう言いながらも、アベルは色々と書類を作成していく。

「いや、旦那様。止める気ないですよね?旦那様もお怒りだって、自分分かってますからね!」

「当たり前じゃないか。可愛い大事な一人娘を無理矢理拐ったんだよ?それも初めてじゃないんだから、国挙げて本気で反省してもらわなきゃだよ。陛下もそう言ってたしね♪」

結局、エベリウム伯爵は沈黙を答えとした。


その後、王太子妃レティーシアが、母国からの手紙に渋々ながらアリスティリアに取り次ぐ羽目になったのであったーーーー。




しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...