上 下
25 / 154
第四章 騎士団長、ストーカーになる!

そうして二度目の恋に落ちた

しおりを挟む
その日はいつも通りに人気のない場所の警備で、騎士団副団長のエヴァンは物陰に佇んでいた。
顔の上半分を灰色の仮面で隠し、首から下は全く肌の露出しない【封印布】で作られた特別製の黒い隊服は、黒髪のエヴァンの姿を風景の中に隠してしまう。

ーー私が中にいては、周りが落ち着かないからな。外回りの警備をするのが打倒だろう…。

チラリと目を向けたホールには、今日がデビュタントの若々しい令息、令嬢の姿がチラホラ見える。

5年前の自分のデビュタントでは、自分のことが目立つと思っていたのに、エベリウム伯爵家の次男と重なり、そのせいかあまり注目されずに、すぐに退出することができたことを思い出す。

ーーそう言えば、彼の髪の色……。

エベリウム家の次男ラスティン・ベール・エベリウムの髪の色は、エヴァンの大事な少女リアと同じ髪の色だったことを思い出す。

『エヴァン。カインとラスは私の側近になる。君はラスと同い年だから、仲良くしてね』

王太子であるオーディル・ウォルト・ヘクター・ル・グランディアにエベリウム家の嫡男であるカインベル・ランス・エベリウムと共に紹介された。

『……初めまして、エヴァン殿。ラスティン・ベール・エベリウムと申します。ラスとお呼びください』

『こちらこそ、初めまして。エヴァン・マリウス・ルクセン・グランディバルカスです。私の事もエヴァンと呼んでいただきたい。あと、こんな姿で失礼する』

差し出された手を握ると、ギュッと力を込められた。

『事情は伺っております。ですが、僕と兄から貴方に言う事は一つだけです…』

首を傾げるエヴァン。ラスティンの後ろで、笑いをこらえるオーディルと、うんうんと満足気に頷くカインベルの姿が見えた。

『我が家の妹には近寄らないように願います……』

『は?』

伝えることは伝えたとばかりに立ち去ったエベリウム兄弟を茫然と見送ると、オーディルが涙を目尻に滲ませながら肩を掴んできた。

『あの二人は…、いや、エベリウム家の者は、皆令嬢のアリスを溺愛していてね。彼女の望まぬ相手には嫁がせないと公言してるんだ…。エヴァン。君のスキルで夢中にされないように釘さされたね…』

『…そんな真似しなくとも、私は……』

思い出すのは幼く愛しい少女の笑顔だった。

『あー。うん……。まあ、ね…』

オーディルは苦笑しながら、離れていった。


ーーああ。そう言えばラスの妹君も、今日がデビュタントだと言っていたな…。

ふと何気なく見た先に、見慣れた髪の色を見つけ、エヴァンは目を見開いた。

ホールの中央で踊る一組から目を離せなくなっていた。

ピンクがかった銀髪を後ろで一つにまとめ、蕩けるような笑顔でパートナーを見つめているラスティン。
その手を取り、軽やかにステップを踏んでいるのは、彼と同じピンクがかった銀髪の女性。
淡い薄紫のドレスを身に纏い、妖精のようにステップを楽しげに踏んでいく。
楽しげに嬉しげに、兄を見つめ返す女性の瞳の色は薄い水色。
無邪気に笑うその笑顔に、愛しいリアの面影があった。

ドクン。

心臓が大きく跳ねるのが分かった。

「………リア……。リア、見つけた………」

10年振りに見るリアに、エヴァンは二度目の恋に落ちたーーーー。

 
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...