上 下
82 / 82
【二部】侯爵令嬢は今日もあざやかに断罪する

【番外編】辺境伯家は今日も…

しおりを挟む
「いぃぃやぁぁぁぁああぁぁっ!!」

ターラッセンの辺境。
ダスティール辺境伯家では、最近ある事がある。
最近領主であるラクトが、王命により迎えた妻の悲鳴で、朝が始まるのである。

「おやおや。今朝もお元気そうなことで♪」

「ホントになぁ…。若様も綺麗で嫁さん貰えて良かったもんだ」

ここ数日で、すっかり聞き慣れてしまった領民達である。
最早、時報として、使用人からは便利に思われている。

「…お。今日はグンダーが行ったんだな。おはよう、殿。今日も元気な目覚めだな♪」

「何をどうしたら、そんな発言になりますの!?目覚めと同時に死ぬかと思いましたわよ!!」

叫ぶユリアナの心臓は、バクバクと未だに静まることがない。
ハアハアという息遣いがすぐ側で聞こえ、目を開けると目の前にが涎を垂らしながらいたのである。
「ひっ!」と叫びを飲み込めば、ベロンと顔を舐められたので、叫んでしまったのだ。

「毎朝、毎朝…。なんで狼やらと、動物に起こされなくてはなりませんのっ!?」

身から出た錆とはいえ、隣国でのやらかしから即座に婚姻届を書かされ、肩に担がれて、体一つで嫁ぐ羽目になったユリアナは、辺境伯家に着いてからというもの、事ある毎に悲鳴をあげていた。

庭を歩けばそこかしこに虫がいる。
寝室には何故か毎朝、動物達が自分を起こしに来る。
何とかして欲しいと言えば、夫であるラクトと寝室を同じくするしかないと言われ、現在である。

犬、猫、兎まではそんなに悲鳴をあげることは無かった。
驚いただけですんだからだ。
だが、その後に、馬は来るわ、昨日なんか魚を持って来てたし、今朝なんか狼である。
驚きを通り超えて、恐怖で悲鳴が出た。
どう考えても朝ごはんにユリアナを食べに来てるとしか思えない。

「うぅ…。どうしてこんな目に…」

ポツリと思わず口にする。

「どうしてって、お前がバカな真似をリーゼンブルクでやらかしたからだろうが…。俺は別に構わないぞ。今から西の修道院に行くか?」

「い、行きませんわっ!!」

ブンブンと首を勢いよく振るユリアナは、寝間着姿をラクトに見られるのも気にならなくなっていた。

だって、それどころではないのだ。

何故か窓やドアに鍵をかけても、朝には必ず何かが、何故か自分の寝室にいる。
人では無い物が毎朝いるのだ。ラクト相手だろうと、言葉が通じる存在がいるだけでも気分は違う。

一応、妻として扱ってくれる気はあるらしいし、初夜もユリアナがその気になるまでは構わないと言ってくれた。

正直、ちょっと拍子抜けしたほどである。

「まあいい。早く支度しろ。今日は領民が集まってくるから、お前の紹介をする」

部屋を出ていくラクトに、当然と言わんばかりに狼も着いていく。
全部、ラクトが小さな頃に拾ってきたのを

「……辺境伯が使だなんて噂、聞いたことないですわよ……」

文句を言いながら、ベッドから出て、クローゼットから服を取り出す。
王都にいた頃は、コルセットで身体を締め付け、ドレスを着て着飾ることが当たり前だと思っていた。

なのに、辺境では動きやすい格好でなければ、とんでもない目に遭うのだ。

装身具が輝けば、鴉に集られて奪われてしまった。
綺麗なドレスは犬や狼に飛びつかれて、泥まみれになるわ、爪が引っかかって破れるわで、早々にユリアナは着飾ることを諦めた。

三日もすれば、裕福な商家の娘が着るような服でも気にならなくなった。
寧ろ、動きやすいし、汚れるのも気にならない。

使用人の手を借りなくても、楽に自分で着れるのも良かった。

白のレース襟の付いた生成りのワンピースに着替え、食堂に向かう。
辺境伯家では、使用人も主人も広い食堂に並べられたテーブルでそれぞれが食事を摂る。

初日に文句を言えば、部屋には運ぶが給仕はつけないし、食べ終わった食器はワゴンに乗せて持ってくるようにと言われ、渋々こちらで食べるようになった。

「お。おはようございます、若奥様!」

「おはようございます、若奥様。今日も災難でしたね」

「………おはようございます」

にこやかに声をかけてくるのは、辺境伯家に雇われている傭兵達である。
彼らのおかげで、この土地は獣害や他国の侵略に対応出来ているのだ。
ユリアナは挨拶を返しながらも、災難だと言うなら何とかして欲しいと言いたかった。

最初は傭兵なんかと口も聞きたくないと、無視をしていたところ、

「…侯爵家では挨拶も出来ない娘を育ててたのか?」

と、ラクトに言われ、

「失礼ですわね!挨拶くらいできましてよ!!」

そんなやり取りから挨拶するようになった。
いいように転がされていて、とても悔しいユリアナである。

食事を終えると、しばらく食休みをした後、ラクトに呼ばれて館を出ていった。

移動に馬車を使わないことに不満があるが、口にしたら肩にのだから、我慢して歩くしかない。

「……」

そうやって背中を追いながら、ふと気づく。
前を歩くラクトが、自分の速さに合わせてくれていることに。

粗野に思える男だが、こうやって見えないところでさりげなく当然のように気遣いの出来る男なのだ。
それがまた悔しい。

そろそろ限界を迎えそうだと思っていた頃に、目的地に到着した。

「…よく頑張ったな」

そう言って、ポンポンと頭を軽く叩かれて、ユリアナは真っ赤になった。

完全に子供扱いである。

なのに、嬉しいなんて思っている自分もいて、ユリアナは混乱していた。

中央広場のステージの上に、ラクトと共に立たされたユリアナは、一斉に向けられる視線に怯えた。
貴族の向ける視線とは違う、彼女にとっては慣れない視線である。

「この度、俺の妻になったユリアナだ!少し王都の感覚が残ってるが、そこはまあ気にせずやってくれ!」

肩に手を乗せられたかと思った瞬間、ユリアナはラクトに引き寄せられた。

「っ!?」

チュッ。と軽く音を立てて、ラクトの唇が頬から離れていく。

「………な、な、な、何を…」

首まで真っ赤になって、涙目でプルプルと震え出したユリアナに、ラクトは不思議そうに首を傾げた。

「何だ?頬だと不満だったか?」

「そ、そんな問題ではありませんわーーーっ!!」

恥ずかしさでポカポカと逞しいラクトの胸を叩き始めたユリアナ。

そんな二人の姿を見ながら、
「可愛い奥様貰って、領主様嬉しそうだなぁ」
と、領民達は微笑ましく見守るのだったーーーー。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(30件)

きんた
2022.09.29 きんた

わーい!
辺境伯編きたー!

ミアキス
2022.09.29 ミアキス

多少と事では動じない領民揃いですw

解除
きんた
2022.09.21 きんた
ネタバレ含む
ミアキス
2022.09.21 ミアキス

ちなみに使用したお茶の名前は【ゼンフリ茶】です。
【センブリ茶】ではありませんw

解除
きんた
2022.09.20 きんた
ネタバレ含む
ミアキス
2022.09.20 ミアキス

最後までお読み頂きありがとうございます。
一応、本編番外編がまだ一本残ってるのと、少し続編の番外編も書いて終わりにする予定ではあります、一応w

解除

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

令嬢に転生してよかった!〜婚約者を取られても強く生きます。〜

三月べに
ファンタジー
 令嬢に転生してよかった〜!!!  素朴な令嬢に婚約者である王子を取られたショックで学園を飛び出したが、前世の記憶を思い出す。  少女漫画や小説大好き人間だった前世。  転生先は、魔法溢れるファンタジーな世界だった。リディーは十分すぎるほど愛されて育ったことに喜ぶも、婚約破棄の事実を知った家族の反応と、貴族内の自分の立場の危うさを恐れる。  そして家出を決意。そのまま旅をしながら、冒険者になるリディーだったのだが? 【連載再開しました! 二章 冒険編。】

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! 更新予定:毎日二回(12:00、18:00) ※本作品は他サイトでも連載中です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。