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第30話 桜木の目の前

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 《クジャクモールモールプラザ》は2棟からなる商業施設だった。
 比較的に子供たちはA館と、B館の二手に分かれていた。
 希美と、桜木は、前者のA館での《鬼ごっこ》組。

 ぶっるる。

「ん」

 希美が、声を漏らした。
「のなかちゃん、どうかしたのかな?」
「おしっこがしたくなっただけよ」
「あ! そう言えば、私も、だ」
 カカカカ。
「行き、そびれてた、ね。御手洗い」
「おしっこでやんすか? その辺で――っぎゃん!」

 ばっこ――ん!

 希美が、無言でたぬ吉の頭部を、杖で叩いた。
「私たちは、動物じゃないのよ。たぬ吉」
「姐さんは、手厳しいでやんすなぁ~~♡」
 撫ぜ、撫ぜ。
「確か、3階のにあったはずだわ」
「うん。あったと、思う。さっきの案内にも書いてあったし」
 桜木が頷く姿が、薄らぼんやりと見える。
(そろそろ、明かりが欲しいところね)
 希美が、舌打ちをした。
「服も、変えようかしらね」

 希美の服は、上半身、縦に真っ二つ状態に裂かれたままで。
 希美は、前を手で押さえていた。

「あ。この階に学生服販売とかあったよね」

 パン! と桜木が手を合わせた。
「場所は、エスカレーター近くだったと思う」
 立ち位置は、巨人の居た、エスカレターからやや離れた場所。
 それは上がり側。
 ただ、その上がり側の近くに、そのコーナーは設置されていた。
「まどか。別に、学生服じゃなくたっていいのよ?」
「ううん。のなかちゃんはセーラー服が似合うから」
「まどか」
「着て欲しいんだ」
 合わせた手を、唇に這わせた。
「ダメ、かな? のなかちゃん」

 危険な思いをして、犯してまで。
 セーラー服は欲しくないが。

「まどかが、そう言うなら」
「わぁい♪」
 くるくる、と回った。
「じゃあ、行こう♪」
 嬉しそうな桜木の声。
「でもでも、でやんすよ?! また、あの巨人に出くわしたらでやんす!?」
 たぬ吉の、怯えた声に、
「大丈夫よ。あなたは私が、守るもの」
 優しく頭を撫ぜながら、優しく希美が言う。

 パタパタ――……!

 たぬ吉が尻尾を振った。
「姐さぁ~~ん♪」
「さ、たぬ吉。貴方の目だけが頼りよ」
「はい! 姐さ~~ん!」
 そのやり取りを、桜木が見ている。
 ただ、じっと。
 そんなことを知らずに、希美が声をかけた。
「まどか? どの辺りか分かる?」
「ううん、そこまでは……ごめんね」
「いいのよ。さ、行きましょう」
「うん。のなかちゃん」
 
 たたたた!

 った、った、った。

(何も、来ないな)
 桜木が、胸の中で呟く。
(来ないことの方がいいんだけど……なんでだろ? なんか)

 嫌な予感がする。

 桜木は小さな胸に手をやる。
 バクバクバク。
 心臓も緊張し、高鳴っていた。
 
「まどか! 危ない‼」

 少し、油断していた桜木を、希美が呼ぶ声がした。

「え? のなか、ちゃん??」

 目の前に。
 鋭利なものが、桜木に振り下ろされていた。
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