10億人に1人の彼女

やまとゆう

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第2章 唯一の宝物

#12.

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 「そっかぁー! カケルとダイキはこの2人に会うのはまだ2回目なんだね! けど何だろ? すごい仲良く見えるよ、アンタたち!」

優子さんは先客のヒデさんを見送った後、僕らと同じテーブルでお酒を飲んで顔を赤くしている。さっきまで少し距離のある場所から優子さんを見ていたけれど、いざ近づいて見てみると肩幅なんかは僕よりも完全にがっしりしていた。ガハハと豪快に笑うその姿に僕は海賊を連想した。眼帯や黒いマントなんかがとても似合いそうだ。

 「そうだろ、優子さん! オレたち多分波長が合うんだよ! 何かずっと前から友達だったみたいな気がしてるからさ! オレは常に!」

ダイキも相当仕上がってきたみたいで、前にここに来た時よりも明らかにテンションが高い気がする。顔も優子さんに負けないぐらい赤くなっている。ついでにダイキの向かいに座っているハルカさんも同じぐらい顔が赤い。

 「ダイキくんはねぇー! 私の同級生の男子どもよりもしっかりしてるんよぉー! んで、カケルくんねぇー! いつも可愛いっ!」

呂律こそしっかりしているものの、しっかりとベロベロになっているハルカさんの隣ではチハルさんが別のグラスを持ってきてそこに水を注いでいた。チハルさんの顔の色は全く変わっていない。むしろ、さっきよりも白くなっているような気もする。普段よりもチハルさんから香る上品な薔薇の匂いが強い気もした。

 「可愛いはバカにしてるでしょ、ハルカさん」
 「してないよーん! 私史上、最上級の褒め言葉っ!」

右腕でグッドサインを作るハルカさんは、とても幸せそうな顔で笑っている。そして、隣のチハルさんの肩に手を回してゆらゆらと横に揺れ出した。

 「チハルもカケルくんのこと、可愛いって言ってたもんねーっ!」

チハルさんは突然声が大きくなり、左耳に髪の毛をかけた。

 「だ、第一印象はね! 2人とも一目見ただけで年下の子たちだって分かったもん」
 「じゃあその後の印象は?」
 「印象かぁ……。印象ではないけど、もっと知りたいなとは思ったよ」
 「おぉー! いいこと言われたじゃん! カケルくん! チハルがそんなこと言うの、マジで珍しいからねっ!」
 「そ、そうなんですか?」
 「そうだよー! ね、優子さん!」
 「あぁ、確かにね! 大体いつも客の言葉とか行動とかは綺麗に受け流したりしてるしなぁ! チハルに言い寄る客どもは相当多いからいつもあしらってるイメージがあるね!」
 「そんなに多くないよ、優子さん。一番多いのはミクだし」
 「あぁ、あの子も多いな! てか、ハルカも多いしみんな多いわ! 私だけだわ! 渋いオッサンが指名してくれるの!」
 「あはは! でもヒデさんは絶対、優子さんのファンですよね!」

笑いながらそう言うハルカさんの言葉を聞いた優子さんは、口を噤んで眉間に皺を寄せて腕を組んだ。

 「あんなオッサン、絡みが長いだけだよ! いつも酒臭いしタバコ臭いし! 普段の生活でストレス溜まってるのか愚痴ばっかりだし!」
 「あはは! 優子さん、彼氏のグチ言ってるみたいですよ!」
 「ハルカ! そろそろ勘違いの発言はやめときな!」

いつの間にか会話の中心は優子さんになっている。けれど、優子さんの話し方や雰囲気が僕らを和ませているのは、そういうのに疎い僕でも分かった。声が荒々しくあるのに、どこか僕らの面倒を見てくれている寛大な心を持った母親というイメージが頭の中に浮かんだ。まぁ僕の本当の母親は今浮かんでいるそのイメージとは正反対の存在だったが。

 「いやぁ、優子さんマジで面白いですわ! オレ、ますますこのスナックのこと気に入りました!」
 「ダイキ! 嬉しいこと言ってくれるね! そんなこと言ってくれるなら毎日この店開けようか、チハル、ハルカ!」
 「ふふ。本当にそれくらいの勢いで嬉しいこと言ってくれますね。けど、そうも言えないのが現実ですもんね」
 「そうね……。私とハルカがここに来れない曜日がどうしてもあっちゃうもんね」

女性陣3人が同じタイミングで口を閉じた。さっきまでのガヤガヤした声とは打って変わって全員寝静まったように静かな空間になった。店内に響く音楽が僕の好きなバンドの曲だったことに今頃気づいた。ダイキも自分の発言を悔やんでいるのか3人と同じように黙り込んでいる。

 「あ、あの……!」

その空気に耐えかねた僕は、意を決して声を出した。すると4人の視線が一気に僕を捉える。自分自身を落ち着かせるようにハルカスペシャルをひと口口に入れた。その美味しさが僕の背中を押してくれた。

 「おれはこれからもここに通いたいです……! 来れる日は多くないけど、ダイキとこうして来れる日は一緒に来て、みんなとこうして楽しく話したいです。せっかく出来た楽しみの時間が無くなるのは嫌です……」

僕がそう言い終えると、僕の声はみんなに届いていないのか未だ誰も口を開こうとしない。ぽかんと口を開けた優子さんの顔が僕を焦らせた。失礼なこと言ってなかっただろうか。僕は自分の発言を掘り返すように頭の中で確認する。次の瞬間、4人全員が同じタイミングで吹き出して笑った。まるでその瞬間を図ったかのようにそれぞれの笑い声がハモっているように部屋中に響いた。

 「カケルくん、この店は無くならないよ」

チハルさんは手を叩きながら笑っている。右目からは涙が流れている。笑い泣きをしている人を僕は生まれて初めて見た。あー笑いすぎて腹筋痛いと腹を摩るチハルさんを見てハルカさんも同じくらい爆笑している。

 「ホントだよ! カケルくん、わざとあざとい発言したでしょ! 今!」

ハルカさんは笑いすぎて鼻が出たのか、テーブルの隅にあるティッシュ箱に手を伸ばし勢いよく鼻をかんだ。優子さんも顔に皺をいっぱい作りながら大笑いしている。みんなが楽しそうに笑っているのなら僕は自分の発言に安堵した。

 「自分の本音を言ったつもりなんですけど」
 「カケル! それを本音で言ってたんなら、アンタは相当天然だね!」

また優子さんが口を大きく開けて豪快に笑った。

 「天然ってバカみたいなことですか?」
 「ううん、違うよ。いい意味で言ってるんだよ。優子さんは」
 「カケル。オレもここが無くなったら嫌だ!」
 「ダイキくんが言うと何か違うなぁー!」

ダイキが言ったことにハルカさんはすかさずツッコミを入れた。餅をついていくように会話のテンポが上がっていくのが何となく心地よく思えた。

 「カケル。何にせよそう言ってくれてありがとう! ここに店を構えてもう何十年も経つけど、素直にそう言ってくれる客は久々だよ! アタシたちがアンタたちの憩いの場をこれからも作るからね!」
 「カケルくん、優子さんに気に入られちゃったね」
 「カケルくんはあれだね! 歳上にモテるタイプだ! 絶対!」

再びみんなの視線が僕の方を向いた。ダイキが悔しそうな顔をして僕を見ているものだから慌てて僕は気づかないふりをしてハルカスペシャルを飲み干した。

 「カケルいいなー。オレもみんなに気に入られたいなー」
 「ダイキくん、自分からそんな事言ってるうちはダメだよ」
 「ホントにね! カケルくんのあざとさを勉強しなさい!」
 「こんなデカいやつがあざとかったら可笑しいだろ!」
 「カケルも十分デカいけどな! むしろギャップがあっていいとアタシは思うぞ!」
 「優子さんがそう言うならあざとさ勉強しようかな!」
 「自分の意思、ゼロか!」

ハルカさんはテーブルから身を乗り出してダイキの頭にチョップを繰り出した。僕は目の前で人がチョップされているところを初めて見た。その光景があまりにも可笑しくて大声を出して笑った。僕に続くようにチハルさんやハルカさんが笑い声を重ねた。その笑い声を最後は優子さんが包み込むように一際大きな笑い声を店内に響かせた。

            ✳︎

 「カケル、そろそろ帰るか」
 「うん、流石にそろそろ帰ろうか」

時計を見ると2時を過ぎていた。前よりは早い時間だけれど、明日も夕方から仕事の僕はなるべく多くの時間眠った方がいい気がする。ここにいたい気持ちもとても強いけれど、現実はそうも言っていられない。僕は忘れ物がないように自分のカバンの中を覗いて確認した。

 「そういや結構喋ってたけど、店内には誰も来なかったな?」
 「そりゃそうだよ! 店の前に貸し切りって看板出しといたから」
 「え? マジ? それ、別料金取られちゃうやつ?」
 「おう! 13万ほど上乗せしてもらおうかな!」
 「いやいや! 優子さん勘弁してくれ! 貸切にしてくれなんて頼んでないよ!」
 「ハハ! 冗談だよ! チハルとハルカと相談して今日はアンタら2人だけの時間を作るつもりだったからさ!」
 「そ、そうだったんですか?」
 「あぁ! だから料金は前と同じで大丈夫だ! カケル、楽しんでくれたか?」
 「はい。すごく楽しかったし、何か体が軽くなりました」
 「ハハ! 飲み過ぎて体フラフラになっちまったか!」
 「それもあるかもしれないですけど、体の中にあったらストレスがどこかへ消えたみたいな感覚がします」
 「そういうことな! そう言ってくれたらアタシらも嬉しいよ!」
 「じゃあ2人で21000円です! ありがとうございます!」
 「オッケー! カケル、1万あるか? あったら今日はそれでいいぞ! 一緒に払っとく!」
 「え? あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
 「カケルくーん、ここに忘れ物あるよ?」

テーブルを片付けているチハルさんの右手には僕のハンカチが握られていた。ダイキにお金を渡し、僕はいそいそとチハルさんの元へ駆け寄った。

 「あ、ありがとうございます。よく分かりましたね、おれのって」
 「分かるよ。ダイキくんはハンカチ持たなそうだし」
 「はは。確かに。それは言えてます」

チハルさんからハンカチを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、チハルさんは僕にくっつくように僕の耳元に顔を寄せた。その瞬間、

 「今日はもう帰れるから、近くで待ってて。一緒に帰ろう」
 「え?」
 「あとでハンカチの中、見てみて」

チハルさんは僕にそう伝えるといつもの優しい笑顔を僕に向け、ダイキたちのいる方へ手を向けた。再びチハルさんと目が合うと、何も言わずにゆっくりと一回頭を縦に動かした。僕は促されるままダイキの方へ向かった。

 「珍しいな! カケルが忘れ物なんて!」
 「う、うん。ポケットから床に落ちてたみたい」
 「2人とももう忘れ物はない?」
 「オレは財布とスマホしかないからオッケー!」
 「お、おれも大丈夫だと思います」
 「はい! じゃあ気をつけて帰ってね!」
 「カケル! ダイキ! いつでもまた来るんだよ!」
 「ありがとうございます! 優子さん! またな! ハルカ! チハル!」
 「お、お邪魔しました」

僕は彼女たちに深く頭を下げて店の扉を閉めた。店の外の階段を下りている間、ダイキは余韻に浸っているようにへらへらと笑っていた。僕はハンカチを取り出し、チハルさんに言われたように折り畳まれたハンカチを開いていく。すると、中に小さな紙切れが入っていた。中を見ると、

『chiharu0806 私のLINEのIDだよ。追加しておいてくれる?』

と書かれていた。チハルさんの連絡先がそこに書かれている。その事実だけで僕は心臓が破裂しそうになった。LINEを起動し、ID検索の画面で1文字ずつ慎重にチハルさんのIDを入力していく。すると、すぐにチハルさんのアイコンを見つける事ができた。アイコンはどこかの街の夜景だろうか。華やかな街並みの写真が設定されている。それよりも、プロフィールの『チハル』と言う文字を見るだけで僕の頭の中はパニックになる。そして僕は素直にダイキにこのことを伝えようと決めた。

 「ダイキ」
 「ん? どうした? カケル」
 「今日、チハルさんと一緒に帰るよ」
 「マ、マジか!?」
 「う、うん。さっき帰り際に一緒に帰ろうって誘われて」

僕は正直にそう伝えると、ダイキの顔はまるで向日葵が咲いたみたいにぱっと明るい顔になった。

 「やったじゃん! カケル! それ! もう完璧にその流れだ!」
 「そ、その流れってどの流れだよ!?」
 「ハハ。いくらお前が童貞でも察しはつくだろ?」

ダイキの言ったことを理解しようとすると、僕の心臓は急にアクセルを踏んだように勢いよくエンジンがかかった。

 「い、いやいや! タクシーとかで一緒に帰るだけだろ! 変なこと言うな!」
 「へへ。分かるぞ、カケル! 緊張するよな! 何ならオレも今日、ハルカと一緒に帰る予定だったんだよ!」
 「そ、そうなの?」
 「あぁ! どう切り出そうか迷ったけどお前らもそういう感じなら良かったよ! じゃあお互い出待ちってことで!」
 「ま、まぁダイキたちがそれでもいいなら」
 「それよりもカケルがチハルの連絡先を知ってることに驚いた! 知らないうちにちゃっかりしてんなぁ! お前ら!」

僕とダイキはチハルさんたちが仕事が終わるまで、店の近くの公園に腰を下ろして待っていた。ここの公園には、子どもたちが楽しむために作ったとは思えない、愛嬌の全くないモニュメントみたいなカバの形をした特徴的な茶色い滑り台がある。時計台を見ると、もう2時半を過ぎているのに相変わらずこの街は人の声が絶えない。公園の前を通り過ぎて行く男女を何組見送っただろう。ようやく僕らのもとにメッセージが届いた。ただ、時間を見るとまだ15分ほどしか経っていなかった。恐ろしいほど時間が長く感じていたことに驚いた。

 「あ、終わったみたいだね」
 「おう! じゃあカケル! 次に会う時は、お互い報告会な!」
 「何のだよ」
 「今からどうなったかだよ! 楽しみにしてる! じゃな!」

ダイキは僕にそう伝えると、あっという間に夜の街の中に消えていった。酔いなんかとっくに覚めているくらい全速力で走っていった。

 『待たせてごめんね。あと、友達追加してくれてありがとう。カケルくん、今どこにいる?』

彼女からのメッセージを見るだけで僕の心臓は再び活発になる。

 『お疲れ様です。近くの公園のベンチに座ってます。鴨川公園ってところです。茶色いカバの滑り台がある所。分かりますか?』

僕は彼女にメッセージを返すと、彼女からは黒猫のようなキャラクターがOKという文字と一緒に踊っているスタンプが送られてきた。
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