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第3章 故郷

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 「……なるほどなぁ。まぁあの災害の後だったもんな……。けど、お前もその人のところで元気にやってたんだったらよかったよ!」
 「うん。僕はその頃からこの街が好きだったし、リョウヤくんやおじさんたちみたいに好きな人がいっぱいいたから離れるのは嫌だったんだけどさ。でも、生きるためにそう決断したんだ」
 「……そうかぁ。お互い色々あったけど、今はこうして笑って生きてられてよかったよなぁ」

 遠くで聞こえる海鳥の心地よさそうな鳴き声が今のこの平和で穏やかな時間を後押ししてくれるような気持ちでリョウヤくんと言葉を交わす。感慨深く話すおじさんが目の前に出してくれたおぼんの中には僕が小さかった頃、駄菓子屋で買っていたお菓子やチョコレートなんかがいっぱい小さなバスケットに入っていた。

 「2人とも、紹介が遅れたね。この人は雫さん。僕の恋人だよ」
 「初めまして。斗和さんとお付き合いさせていただいております、雫と言います……! よろしくお願いします!」
 「ははは。そんなに堅苦しくしないでよ。目の前にいるのはどこにでもいる平凡なオッサンと、平凡な斗和の幼馴染なんだから。斗和と話す感じで喋ってよ」
 「本当にそうだよ。俺なんて最近、薄毛と肥満で悩みすぎてどんどんそれが進行してるオッサンだからさ」
 「そんなことないよ。2人とも大切な僕の友だちなんだから。薄毛と肥満が進行してもおじさんは大事な友だちだからね」
 「斗和坊……、それは褒めてくれてんのか?」
 「え? もちろん褒めてるよ。僕、嘘とか昔からつけないの知ってるでしょ」
 「ハハ! 相変わらず優しいヤツだよな。まぁ何だ、ここでこうしてお前と再会できたのは雫ちゃんが俺たちの動画を見つけてくれたからだからよ。ありがとうね、雫ちゃん。俺たちを見つけてくれて」
 「い、いえ……。私は何もしていないです」
 「雫ちゃんもよかったら食べてね。お菓子しかないけど」
 「はい、ありがとうございます」

 雫さんを見ながらチョコレートの袋を2つ開け、それを両方まとめて口に入れる仕草は昔のリョウヤくんと全く変わらなかった。雫さんもゆっくりとお菓子の入ったカゴに手を伸ばすと、リョウヤくんはこれが美味しいんだとチョコレートと近くにあるチョコチップクッキーを指差してへらっと笑った。

 「リョウヤくん、昔からチョコレート好きだよね」
 「おう、オレ、真面目にチョコレートは世界を救うと思ってるからな! 今戦争とかしてる国のトップ同士がさ、美味すぎるチョコとか食べ合ったら一瞬で争い事なんて無くなる気がしてるから!」
 「あはは。そういうこと、昔から言ってたね」
 「そんな簡単に国が平和になったら逆にチョコレートの存在が怖くなっちまうよ」

おじさんやリョウヤくんと一緒に笑顔になる雫さんを見ることができて僕は心の中でホッとした。それからずっと、これまでのことを話し合ったり僕の惚気を聞いてもらっていると、時計はあっという間に1時間以上経っていることに驚いた。

 「雫ちゃん、斗和は無意識で女の子をドキッとさせちゃうところがあるから注意するんだぞ。まぁ男のオレでも昔はたまにドキッとしたりすることもあったし、斗和が浮気とかはすることないとは思うけど……」
 「はい。仕事中の時は特に危なっかしいことを無意識で言ったり、2人で食事に行こうとすることがあるので、私は四六時中、見張っています」
 「浮気? するわけないじゃん。僕が好きなのは雫さんだけだよ。それに、僕がクライアントと食事に行くのはメンタルカウンセリングの延長だからであって、別に下心とかやましいこととか……」
 「ははは。皆まで言うな、斗和坊! 結構結構! 斗和坊。その気持ち、俺ぐらい歳をとっても忘れるなよ」
 「うん。僕が歳をとっても雫さんにはずっと隣にいてもらうつもりだからね」
 「……」
 「ん?」

雫さんは顔を赤く染めて口を閉じ、体全体に力が入っているようにぷるぷると震えている。あれ。また僕、彼女を怒らせるようなこと言っちゃったか? そう思っている僕とは裏腹に、目の前にいるリョウヤくんとおじさんは分かりやすくニヤニヤしながら僕の顔を見つめている。

 「はは。斗和は無意識に大胆なことを言うことがあるから気をつけろよ、雫ちゃん」
 「……はい。私も少しずつ慣れるように努力します……!」
 「え? 僕、自分の思ったこと言ったつもりだったんだけど」
 「斗和坊はまだまだガキのまんまで安心したよ」

僕たちはリョウヤくんの家を出るまで笑いが絶えず、僕が言った一言がほぼプロポーズみたいなもんだとリョウヤくんに言われるまで僕は全く意識していなかったことに自分が一番驚いた。そして、僕らがリョウヤくんたちの家を出る頃には大量のチョコレートとスナック菓子の入った紙袋が渡された。

 「じゃあな、斗和。たまにはここへも帰ってこいよ。遠いだろけど」
 「うん。もちろん帰ってくるよ。次来るときはリョウヤくんにめっちゃ美味いって言わせるチョコレート、持ってくるね」
 「おう! いいなそれ! 楽しみにしてるぞ」
 「斗和坊、大丈夫だ。コイツは大体のチョコレート美味いって言うから」
 「んなことねぇよ! それはてめぇの舌だろ!」
 「あん? てめぇとは誰に言ってんだ! てめぇ!」
 「あはは。2人ともその調子でいつまでも仲良くね」
 「おう。本当にありがとうな。斗和。これからもちょくちょく動画はアップするから、また見てくれよ。雫ちゃんもね」
 「はい。もちろんです。私もまたここへ来たくなりました」
 「……じゃあ次に来る頃には斗和と雫ちゃんは、永遠(とわ)の愛を誓い合ってる頃か? なんつって」
 「……」

おじさんが空気を凄まじく冷たくしたところで僕と雫さんは玄関の扉を開けた。おじさんの発した言葉を無かったことにするように、家の外からは大きな波の音が聞こえてきた。結局、ずいぶんと長居してしまった。空の色がいつの間にかオレンジ色になっていた。

 「じゃあそろそろ行くね。2人ともまた会おうね」
 「おう、当たり前だ!」
 「元気でやれよ! 斗和坊! 雫ちゃん!」
 「はい、ありがとうございます! お邪魔しました!」

僕たちの声が波の音に溶けていく。振り返ればさっきまでいたリョウヤくんの家があんなにも小さくなっていた。すれ違う人たちは、重たそうなクーラーボックスを肩に抱えながら歩いていく。隣を歩く雫さんの顔を覗くと、彼女は相変わらず素敵な笑顔で僕を見つめてくるから、僕もつられてへらっと笑った。
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