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第3章 故郷
#54
しおりを挟む「オッチャン、ありがとうね。すっごく美味しかった!」
「おう、当たり前だ。ウチのは世界一美味いからな、団子もメシも」
「また近いうちに雫さんと一緒に来ると思うから楽しみにしててね」
「本当かぁ? また10年も20年も空いちまったら流石に俺も杖ついて歩いてるかもしれねぇぞ?」
「あはは。大丈夫。そんなに時間はかからないよ。それに、オッチャンは20年経ってもまだまだ元気にやってる気がするよ」
「かっかっか! 世辞でもそうやってくれるなら嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないよ。ほんとに思ってるから」
「分かった分かった。ほら、早く行きな。嬢ちゃんが待ってるぞ」
「うん。分かった。じゃあ行くね。お邪魔しました」
「おう。また来いよ。あとこれ、餞別だ。斗和坊とあの嬢ちゃんに」
「うわ、冷たくて気持ちいい! ありがとう! オッチャン!」
「慌てて落とすなよー」
オッチャンから放り投げられたキンキンに冷えたラムネの瓶を2つ、我ながら見事に受け取った僕は、そのままの足取りで店の外で待たせていた雫さんにそれを渡した。すると、彼女は僕以上に目を輝かせてそれの栓を開けた。同じタイミングでそれを飲むと、お互い目を合わせあって同じ気持ちを伝え合うように笑顔を向けた。
*
「いやぁ、美味しいものいっぱい食べちゃったなぁ」
「ほんとだね。そういえば雫さん、今日は夜もいっぱい美味しいもの食べるけど、お腹は入りそう?」
「もちろん。そのために朝食は抜いてきたんだし。それに、今から歩いたりして体を動かしたら夜までにはまたお腹が空くはずだよ」
「それもそうだね。まだまだ時間はあるし。色々散歩してみようか」
「斗和さんの生まれた町だからね。さっきのおじさんや沙苗さんたちみたいな優しい人たちがいっぱい住んでそうだし、あ……!」
不意に何かを思い出したように彼女が大きな声を上げて瞳も大きくなった。その流れで素早くスマホを取り出し、地図アプリを立ち上げた。
「どうしたの? そんなに大きな声を出して」
「あの動画を撮影してた人に会いに行かない?」
「あの動画って……。僕らが昨日の夜見てた、あの災害を撮影してた人たち?」
「そうそう。SNSで調べたら、その人たちがやってる海の家がちょうど15分ぐらい歩いた所にあるみたい。斗和さんがいいなら行ってみない?」
「この方面だと、あぁ、漁師町の近くだね。うん、僕も行きたいと思ってた場所だからちょうど良いかも。行こっか」
麦わら帽子と純白のワンピース。背景には視界いっぱいに広がる真っ青な海と、空を見上げるともくもくと立ち込める真っ白な入道雲。彼女の美しい姿と、燦々と輝く夏の煌めきが見事に混じり合って今更ながら僕はその素敵すぎる光景に目を奪われる。僕はわざと歩く速度を落として彼女の歩く後ろ姿を後ろから写真に収めた。シャッター音で振り返った彼女の表情をすかさずもう1枚、パシャリと音を立てて撮った。すると彼女はいつものようにムッと口を閉ざして僕を睨む。
「何で1人なの? 写真を撮るなら言ってよ。一緒に撮ろう?」
「ふふ……。そうだね。いや、綺麗すぎる景色が僕の目の前にあったからつい撮りたくなっちゃって。ごめんね」
「ったく……。私も斗和さんの写真、撮りたいのに……」
「え? 雫さん、今何か言った?」
「何も言ってませんよ!」
波の音に負けないくらい大きな雫さんの声が僕の耳を通り越して海の方へと飛んでいった。それから無言のまま手のひらを僕の方へ向けた雫さんの手を握りながら海沿いの道をゆっくりと歩いていく。災害のあった街には感じさせない穏やかな街並みと懐かしい海の匂いが僕の心を温かくさせた。
「この家……だと思います」
地図アプリを辿っていき、海沿いの道を歩き続けること約20分。地図アプリを見るとゴール地点の印の赤い旗が掲げられていてそこに映る写真と同じ建物が目の前にあった。特徴的な白いレンガ、青いレンガ造りが映画なんかで出てくるようなオシャレな印象を受けた。僕らを歓迎してくれるように風鈴の爽やかな音が凛々と鳴る。その音が近くを流れる波の音と重なり、まるで楽器のセッションをしているように聞こえてくる。
「ありがとう。インターホンあるし押してみようか?」
「そうだね。お願いしようかな」
ピンポーン。
僕がそれを押してみると、このロケーションには似合わない機械的な音が鳴り響く。10秒もしないうちにそこから『はーい』という優しい印象を受ける男の人の声が聞こえてきた。
「こんにちは。動画を拝見させていただいた者です。少しお話が出来たらと思い、お邪魔させていただきました」
『えぇ、こんな辺境の土地にわざわざ? ありがとうございます。ちょっと待っててくくださいね』
雫さんの丁寧な挨拶が終わると同時に建物の中で足音が聞こえ、その音が近づいてくる。ガチャリとドアがゆっくりと開くと、そこには優しそうな男の人と、その人と顔のよく似た白髪混じりの男の人がゆっくりと歩いてきた。
「こんにちは。初めまして。雫と申します。そして隣が斗和と言います」
「初めまして。なんかお隣のお兄さんは見たことあるな……」
「うん? あぁ、確かに僕もなんか、目元や鼻のあたりに面影が……」
すると、僕と男の人のやりとりを見ていた白髪混じりの男の人が顎を触りながら近づいてきた。
「お前さん、斗和坊じゃないか?」
「え? う、うん。そうだけど、おじさん、僕のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、お前さんの目の前におるのは幼少期の頃の幼馴染だ。んでわしは、その父親だ」
幼少期の頃の幼馴染……。まさか……。
隣にいる男の人とお互いに目を合わせ、まじまじと顔を見つめ合う。すると、その人と同じタイミングで顔を思い出したのか、僕もその人と同じぐらい目が見開いた。
「もしかして、凌夜(リョウヤ)くん?」
「お、おぉ! リョウヤだ! 斗和坊って、あの……!?」
僕らは気がつくと体を抱きしめ合っていて、顔中に皺を刻んで笑い合った。まさか幼馴染に会うことができたなんて。会えることはないと思っていた僕は、自然と涙が流れ、彼も同じように僕の顔を笑って見てくれている。
「今までどこにいたんだよ!?」
「ご、ごめんリョウヤくん……! ちょっと力強すぎ……!」
本当に久しぶりに会った彼は、びっくりするほど力が強くなっていて抱きしめられていたら、そのまま体がぶっ壊されそうになる危険性を感じたので慌てて雫さんとリョウヤくんのお父さんに助けを求めた。
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