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第3章 故郷

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 5分43秒。ついにその瞬間が映し出される。画面が激しく上下に揺れ、撮影者の悲鳴が音声に入る。次の瞬間、比べものにならない轟音が鳴り響き、近くにある建物が大きな音を立てて倒れていく。瓦礫が落ちる音、ガラスの割れる音、人々の泣き叫ぶ声。まるで世界の終わりが起こっているような映像がそこに残っている。心臓の音が再び大きくなっていく。そんな僕の手のひらを包み込むように彼女の両手が覆い被さった。

 「大丈夫。私がいるから。大丈夫だよ。斗和さん」
 「……ありがとう。うん、僕も大丈夫」

2分近く揺れ続け、轟音を響かせる映像が次第におさまっていく。子どもの泣き叫ぶ声が聞こえ、大人たちのどよめている声が聞こえる。撮影者も驚きを隠せない様子で近くにいる人と話している。すると、あのトラウマになっている聞き慣れない警報が街中に鳴り響いた。

 『緊急事態です。気象庁から大津波警報が発令されました。ただちに海から離れ、なるべく高い場所へ避難してください。繰り返します。緊急事態です。気象庁から大津波警報が発令されました。ただちに海から離れ……』

 『何? この声?』
 『大津波警報って言ってたけど、津波来んの? 今、地震がおさまってようやく落ち着いたところだってのにさ……』
 『この辺りは海から遠いし大丈夫だと思うけどな……。とりあえず、撮影は続けとこうか』

そんなことを話してるを話している場合じゃない。早く逃げて。今にも叫び出したくなりながら、唇を噛み締めながら動画を見つめる。鳥たちの鳴き声がやたらと聞こえ、撮影者が海の方へカメラを向けると、そこに映っている波の異常さにようやく気がついたように驚いた声を上げていた。

 『何だ? やけに波が引いてる……。本当にすごいのが来るかもしれないな』
 『確かにこんな海、これまでに見た事ないね……』

そう会話をしていた矢先、再び大きな警戒音が街中に響き渡った。1人、カメラに映っていた男の人が

『逃げろ! 波が来てる! 津波だ!』

と、大きな声を上げて高い土地の方へと駆け出していた。撮影者が慌てて再びカメラを海の方へ向けると、そこには恐ろしい勢いで街に迫っている水の壁があった。それを見た瞬間、僕の心臓がきゅっと縮まったような気がした。カメラが上下にぶれ、撮影者の必死に逃げる声と足音が録音されながら動画が続いていく。遠くでは大量の水が流れる音、建物なのか木なのかがバキバキと悲鳴を上げるように音を立てているのが聞こえてくる。必死に走り続けた撮影者が息を切らしながらカメラを街の方へ向けると、大量の黒い水に飲み込まれ、数分前とは変わり果てた姿がそこにあった。

どくん。

おさまっていた心臓が再び大きく跳ねた。高台から撮影された街のほとんどが黒い水に侵食され、多くの車や家屋が濁流となって街の奥まで押し寄せる。人々の悲鳴と一緒に街が壊されていく音が聞こえてくる。その音を聞くと、頭の中で当時の自分が見た光景が甦る。

 「大丈夫。斗和さんは大丈夫」
 「雫さん……」

彼女の優しい右手が僕の左手を温めてくれる。僕は雫さんの手を握りしめたまま動画を全て見終えた。忘れない記憶。忘れてはいけない記憶。僕は改めて、あの災害の一部始終を見た。自然と大きく息が漏れた。そんな僕の背中を優しく、ゆっくりと彼女が摩ってくれた。

 「頑張ったね。斗和さん」
 「ありがとう……。雫さんのおかげで、あの時の出来事と向き合うことができたよ」
 「……私はこの災害を経験したことが無いけど、斗和さんが経験したことがどれほど辛かったことなのかは分かる。過去を変えることは出来ないけど、斗和さんは今を生きてる……。だから、斗和さんは過去も今も全部抱えて未来に向かっていけばいい! それを経験してない私なんかが斗和さんにこんなこと言うのは違うかもしれないけど……! あ……!」
 「そんなことないよ……。ありがとう、雫さん」

彼女を力強く抱きしめた。ただ抱きしめたくなって抱きしめた。彼女の伝えてくれる言葉が、どうしようもないほど愛しくて。

 「と、斗和さん……。苦しい……!」
 「あ、ごめん……! つい力が入っちゃって」
 「大丈夫。体、潰れなかったから」
 「なんかすっごく抱きしめたくなっちゃって……。気がついたら雫さんの体に力いっぱい抱きついてた」
 「……斗和さんは恥ずかしい言葉をナチュラルに使いすぎだね」
 「ふふ……。ごめん。でも、落ち着いた……」
 「うん。それなら良かったよ……」

お互いが背中をゆっくり摩り合いながら、僕らはその後、今現在の川野町のPR動画を見た。当時、災害の瞬間を撮影していた人たちがカメラを向けていたようで、その人たちも僕と同様に歳をとっていた。2人も無事、生きていた事実がとても嬉しく思えた。

 「撮影者の人たち、生きててよかったね」
 「ほんとにそうだね。この人たちも僕らと同じくらい時間が経ってるから随分、おじさんになってる」
 「ねぇ。川野町に行ったらさ、この人たちに会いに行ってみない?」
 「え? いいけどさ。どこにいるか分からないでしょ?」
 「動画の概要欄にその人たちがやってる海の家のURLが掲載されてる! だから多分、そこへ行けばこの人たちにも会えるよ、きっと!」
 「じゃあ、もし会えたとして。その人たちに何を話すの?」
 「何って……。色々! みんな、生きてるだけで偉いんだって!」
 「……はは。じゃあそれもプランに入れておこっか」

思ったことを口にする時の雫さんは、困ったときざっくりとしたことを言って語気を強める。その癖がいつも通りで面白くて、とても愛らしかった。いつの間にか僕の心を脅かしていたものが綺麗になくなっていることに気づきながらその人たちの動画を最後まで見終えた。
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