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第2章  踏み出す勇気

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 この歳になると、酒を飲むにしてもビールだけでは物足りなくなって仕方がない。何にせよまだ酒に手をつけられない状況にやきもきしながら私は今日の晩酌相手をいつもの居酒屋のいつもの畳部屋で待ち受けている。指定した時間よりもいつも遅れるのはあいつのいつもの癖だ。入り口の方から店主のいらっしゃい、もう来てるよという声がこの店にいる誰もが聞こえるような声量で聞こえてきた。ようやく来たか。この部屋に近づいてくる騒がしい足音は間違いなく柴やんだと確信して私は腕を組み直した。ガタッと力強く襖が開けられた。

 「お待たせ!悪いなおがっちゃん!待たせてしまって」
 「ホントだよ。待ちくたびれて先に飲んじまおうと思ってたところだよ」

仕事帰りの柴やんは、店舗に一人は必ずいる陽気な雰囲気を醸し出す温和なセールスマンのようなスーツ姿だった。

 「悪いな、仕事が長引いちゃってさ。すぐビールだけ頼んじまおうか」
 「あぁ私、今日日本酒にするわ」
 「おぉー!いいね。じゃあ俺も日本酒にしようかな」
 「仕事終わりのオジサンはビールってのがこの国の常識じゃないのか?」
 「おがっちゃん、俺に常識通じないの昔から知ってるでしょ」
 「それもそうだ」

がははと笑う柴やんの顔を私は久しぶりに見た。この前顔を見たのは、少なくとも二年以上前だろう。今みたいに一対一で酒を飲み合っていた記憶はあるが、その程度である。おちょこ同士を合わせる力量ではないほど豪快にガチンと合わせると、勢いが良すぎてお互いの中身がほとんど溢れた。こんなこと、前にもあったよなと柴やんが笑った。気を取り直して徳利からおちょこに日本酒を注ぎ合ってお互い同じタイミングでそれを飲んだ。

 「あーやっぱここの日本酒が日本で一番美味いと思うわ」
 「それは流石に盛っただろ。柴やんは試合で全国飛び回ってるくせに」
 「おがっちゃん、この辺の酒って全国的にも隠れた名店が多いって噂になってんだよ。知らなかった?」
 「あんまり雑誌もテレビも見ないのは昔から知ってるだろ」
 「まぁ噂は俺が広めたってのもあるけどな」
 「あんたが発信源ならまだまだ身内の話に限られそうだわ」
 「ハハ、手厳しいね。相変わらず」

他にも客がいるはずなのに、私と柴やんの声しか聞こえないような感覚になる。まるで私たちの部屋だけ、どこか別の空間に飛ばされたみたいに思えた。柴やんはそんなこと何も考えてなさそうに酒をぐびっと口に運んでは顔を次第に赤くさせていった。
 
             ✳︎

 「柴やん、まだ理性は残ってる?」
 「俺はまだまだいくらでも飲めるよ」

私たちが飲み始めて二時間半が経とうとしていた。流石に私の体も熱くなってきた。柴やんはというと、顔はタコのように真っ赤になっている。だが、呂律はまだ安定しているのであながちハッタリをかましてるわけではないのかもしれない。

 「そういや柴やんさ」
 「おう、どうした」

本題に入るまで軽く三時間以上経ち、もうどれだけお互いが酒を飲んだかも多分覚えていない。私も記憶がハッキリしている間には話しておきたい。

 「セッター、探してたろ。チームの」
 「おぉ、ウチの事情、よく知ってたな。あぁ。谷口くんか」
 「そうそう。少し前にあいつから聞いたんだけど、一人私に心当たりがあるよ」
 「本当かい?どこの誰?」

元々大きい柴やんの目がさらに大きくなって私を見る。おそらく柴やんも、今伝えても名前を忘れたりはしないような気がした。

 「森内タクヤって分かる?」
 「んー?何かとっても聞き覚えのある、あぁ!おがっちゃんとこが強かった世代の頃のセッターの子か!」
 「そうそう。流石に覚えてた?」
 「覚えてるよ!あのトスワークは度肝を抜かれるって表現が一番しっくり来る印象を受けたからなぁ」
 「そいつさ、今もバレーやってんだ。しかもこの街で」
 「おー!それはいい事聞いたね!社会人バレーの方かい?」
 「そうそう。名前は確か、杉江スマイリーズってとこだったはず」
 「ママさんバレーみたいな名前のチームだね」
 「はは。確かにね。けど、あいつのプレーは今も一級品だったよ。むしろ、昔より上手くなってたかもね」
 「おがっちゃんにそこまで言わせるなんて、期待が高まっちゃうよ。近いうちに試合でも見に行こうかな」
 「あぁ。それを勧めようとしてた。来月の今頃に大きな大会があるみたいだよ。そこに足運んだら、多分あいつのプレーが見れる」

まるで、夏休みにカブトムシを捕まえに行く少年のような笑顔で柴やんは笑った。そして私に大会の日程を聞くと、すかさず手帳の予定にその大会を書き入れた。

 「ありがとう。おがっちゃん。ぜひ見に行ってみるよ」
 「うん。ただな」
 「ん?」
 「あいつが今もそのレベルでバレーをしてるってことは、多分あいつなりに理由があるんだろうと思うんだ。だから、もし話しかけに行くならその辺の事も聞いてみるといいかもな」
 「フフ、おがっちゃん」
 「ん?」
 「俺も大の大人が真剣に組んだチームで長い事監督やってんだ。そんなことは百も承知だよ」
 「だよな。そう言うと思ったよ」

時計を見ると、すでに新聞配達のバイク音が聞こえてきそうなほどの時間になっていた。いい歳した男女がこんな時間まで話し込んだことに私と柴やんは同じタイミングで笑った。その後、今度は谷口も入れた三人で会うことを約束して柴やんとの晩酌はお開きになった。帰りのタクシーの中で、十年前の自分たちを思い出していた。そういや、あの頃は柴やんも、もう少し髪の毛があったかもなぁと当時の顔を思い出して少し笑えた。
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