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第1章  あの頃と今

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 リベロの上田が相手エースのスパイクの衝撃をトランポリンのように吸収して上に上げ、僕がそのバトンを受け取りトスを上げる。そしてエースの小林が放った強烈なスパイクが相手のコートに突き刺さる。しんと静まり、次の瞬間に轟いた地響きのような観客の歓声。普段は涙なんか流すはずのない意地っ張りな僕らが、顔を汗と涙でぐしゃぐしゃにしながら抱き合ってコートの中心で叫び合った。あの頃からもう七年が経った。それでも僕の脳内には、あの頃の記憶が昨日の事のように思い出せる。僕が自己満足で「青春」と呼んでいたあのキラキラした瞬間を……。

 「おーい!タクヤくん」

僕の耳元で、何かが爆発したぐらい大きな声で僕の名前が呼ばれた。今思い出していた記憶のページを思いっきり取り上げられた感覚になって僕は我に返った。その大きい声とは相反して小柄な女性がいつものように僕の隣で眉間に皺を寄せている。

 「は、はい。聞こえてますよ」
 「嘘つき。四回はキミの名前呼んだよ。今はお客さんが少ない時間だからちょっとは息を抜いててもいいけど、隣の人の声が聞こえないのは気抜きすぎだよ?」

隣で皿を拭きながら、優しくも力強い目を僕に向けて彼女はそう言った。

 「すいません。アスカさんの声、風鈴みたいに綺麗だから分からなかったですよ」
 「なに調子いい事言ってんの。相変わらずチャラいね、キミは」
 「いや、ほんとの事なんですけど」

彼女の名前は飯田アスカ。僕より三つほど年上で姉と同級生だ。その年齢で喫茶店の店長をやっているのだから大したものだ(謎の上から目線)。ちなみに僕の名前は森内タクヤ。就職せずにフラフラしている僕を気にかけてくれた姉の紹介で、アスカさんの経営する喫茶店で働かせてもらっている。ニートやフリーターと言われるのが癪な僕は、前向きに自分の事を「自由屋」という職業だと思い込んでいる。察しの通り、ろくでもない人間だ。

 「二十五にもなって年上のお姉さんをからかうんじゃありません。ほら、六番テーブルのお客さん、ベル鳴ってるから注文取ってきて」
 「はーい」

僕の毎日は四年ほど前から大体同じ流れで回っている。そして大概の時間をこの喫茶店で働く時間に使っている。クレームを言ってくる客なんかいるはずもなく、客もとても多いわけではないから働いて特に疲れることもない。所謂平凡で退屈な日常だ。

 「お兄さん、相変わらず毎日イケメンね。彼女の店長さんとは上手くやってるの?」
 「彼女じゃありませんって。注文、お伺いしますね」

常連が多く、四年も働いていれば自然と客に顔を覚えられる。人と接するのが得意な僕は、いい感じに会話をいなす。さぁ今日も、まだあと四時間はここにいるんだ。テキトーに脳内で色んな楽しい事、楽しかった事を想像して過ごそう。そう思いながらアスカさんの方をちらっと見てみると、僕の心を見透かしているような顔でアスカさんは僕の方を見つめていた。僕は手に持っていたメニューを落としかけてあからさまに動揺した。それを隠すように客に笑顔を作りながらキッチンの方へ戻った。時計を見てみると時間は全然進んでいなくて、まるで時間が止まっているような感覚になった。
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