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第37話 姿勢

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「速攻で向かいます!」

十文字昴のスマホに連絡すると、近くにいるらしいのですぐ会おうという話になった。
俺は待ち合わせの場所に指定した公園のベンチに座る。

「滅茶苦茶テンション高かったな」

電話越しの十文字は明らかにハイテンションだった。
残り数年の寿命が延びるかもしれない訳だから、気持ちは分からなくもない。

因みに、待ち合わせを外に指定したのはアングラウスがいるためだ。
ペット可のカフェとかそうそうないからな。
まあ一応こいつは姿を消せるのだが、十文字と話してみたいそうなので、姿を消したまま会話ってのは流石にアレなのでこうして外で待ち合わせているという訳だ。

あれ、でもそういや……

「お前って確か人間の姿にもなれたよな?」

初めてこの時代で会った時、アングラウスが黒髪の女性の姿をしていた事を思いだす。

「ああ、勿論だ」

「じゃあ別に公園じゃなくても良かった訳か」

最近はずっと猫のままだったので、うっかりしてた。
まあ今更場所を変えるのもアレだし、別に公園が駄目という訳じゃないからいいけど。

「来た様だぞ」

青髪でショートカットの女性が、公園の入り口から入って来るのが見えた。
十文字昴だ。
彼女はシャツにスパッツという身軽な格好をしている。

十文字は俺を見つけ、笑顔で手を振りながら駆け寄って来る。

傍から見たら、まるで恋人の待ち合わせの様に見えなくもないな。
このシュチュエーションは。
まあ全然そんな事はない訳だが。

「——っ!?」

近くまで駆け寄って来た十文字がいきなり後ろに飛ぶ。
その際の衝撃で地面が抉れ、土煙が上がる。
急な事なので全く反応できず、俺はもろにそれをひっかぶってしまった。

「ぶぇ、ぺっぺ。何だってんだ?」

これから命を救って貰おうって相手に嫌がらせ、もしくは悪戯?
行動としてはありえないんだが?

俺は自分に降りかかった土を払い、公園の入り口までバックジャンプで下がった十文字の方を見ると――

「何かしたのか?」

彼女の顔は、さっきまでの笑顔が嘘の様に警戒丸出しの険しい物になっていた。

俺を警戒してってのは考えられない。
だとしたら、考えられるのは一つ。
アングラウスだ。

「我は何もしていないぞ」

「じゃあなんで彼女はあんなに警戒してんだよ」

「どうやら、相当勘が良い様だな。恐らく【10倍】のスキルが影響しているんだろう」

勘も10倍になってて、そのせいでアングラウスの力に気付いてしまったって事か。
待ち合わせしている相手の足元にとんでもない化け物がいると気づいたんなら、十文字の極端な反応も納得の物だ。

「取り敢えず俺だけ近づいて、安心って話をした方がいいみたいだな」

下手にアングラウスを近づけると、攻撃を仕掛けられかねないからな。
もしくは逃げられるか。
なのでまずは俺が話して十文字の警戒を解くとしよう。

『マスター!ワシに名案がある!!』

「名案とかいらないから、昼寝でもしてろ」

案がいる様な状況じゃない上に、そもそもぴよ丸の名案など全く当てにならない。

『近づいた所で、ワシのアルティメットブリンクで虚を突くんじゃ!』

もはやあてにならない所か害悪だった。
そんな真似したら冗談抜きで戦闘になっちまう。

「絶対やるなよ。やったらマヨネーズは今後永久に抜きだぞ」

『なんと!?』

俺はぴよ丸に釘を刺してベンチから立ち上がり、十文字のいる公園の入り口の方へとゆっくりと向かう。
彼女の視線は動く俺を追う事無く、ベンチの前で座っているアングラウスに釘付けのままだ。

余程アングラウスが恐ろしいのだろう。
それでも十文字がこの場から逃げ出さないのは、俺との交渉に自分の寿命がかかっているからだろうと思われる。

「俺が電話した顔悠かんばせゆうだ。君が十文字さんだね」

「はい……」

俺が声をかけても、彼女の視線は固定されたままである。

「あの猫は俺の連れでね。害はないから安心してくれ」

「害がないって……冗談ですよね?あれ、化け物ですよ。それも規格外の……」

「ああ、そうだな。規格外の化け物だ。その気になれば君をいつでも一瞬で殺せる程の。つまり、警戒するだけ無駄だって事だ」

一般人で例えるなら、目の前に虎やライオンなんかの危険な猛獣がいる様な感じだ。

その状態から警戒する事に意味はない。
生きるも死ぬも、相手の気分と腹の具合次第である。
無力な一般人に出来る事など何もないのだ。

「それは……そうかもしれませんけど……」

まあとは言え、何もできないから恐れる必要がないって言うのは流石に言ってて無理があるとは思う。
現に彼女は額に汗を浮かべ、ガチガチに緊張したままだし。

――けど、それじゃ駄目だ。

「そもそも、本当に危険なら俺だって一緒に行動してやいないさ。この言葉が信じられないってんなら、悪いけど君と話す事はもうこれ以上何もない。俺は失礼させて貰う」

これは別に脅しではない。
生き延びるために、縋る為にやってきておいて、俺の言葉を信じないなど論外だ。
もし本当に生きたいと思っているのなら、彼女にはそれ相応の姿勢を示して貰わないと。

だからアングラウス抜きでの対応はしない。
そしてもしここで引き下がる様なら、彼女はそこまでだ。
冗談抜きで見捨てる。

自分で言うのもなんだが、俺は言う程優しくも寛大な人間でもないからな。
願いをかなえるため一万年間努力して来た身としては、この程度で臆して引く様な人物になど手を差し伸べたくない。

「……」

『ぱぁん』と乾いた音が響く。
十文字が自分の頬を、両手で力強く張った音だ。

「失礼しました!私、顔さんを信じます!」

そう言うと彼女は頭を下げた。
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