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第二章 希望を求めて

第五十話 誘導

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魔法国の王、タイランド・バックス・ルグラントは今不治の病に侵され余命幾許もない状態だった。

王の体を蝕んでいるのはウィルス性ヒックス症。それはウィルスが全身に巡り、身体機能を蝕み死に至る病。発症例は過去100件程度しかなく、治療法はまだ確立されてはいない。

「宰相は自身と取り巻きしか陛下のお言葉を頂けないのをいい事に、好き放題やっているのです」

国王の病気は感染するタイプの病気だ。
一応1メートルも離れていれば感染る心配はないらしいが。問題は国王がもうまともに動く事ができず、ぼそぼそとしか言葉を話せない事だ。

その言葉を聞き取るには、側で耳を傾ける必要があるのだが、それが出来るのは宰相とその子飼の者達ーーウィルスを防ぐ特殊な魔法を使える者ーーだけだ。その為、宰相は王の言葉を自由に捻じ曲げる事が出来た。

「王女様と帝国の皇帝陛下が恋仲なのは周知の事実。後継者問題のため、正式な婚約は先送りにされてはいましたが。問題さえ解決されれば、王女様はすぐにでも皇帝の元へ嫁がれる筈だったのです。それをあの宰めが……」

王の子供は王女しかいない。
王子もいたらしいが、もう何年も前に亡くなっていた。そのため、王女が王位継承件第1位になるそうだ。そらまあ簡単には嫁にはやれんわな、第1位じゃ。

「自分の息子と結婚させて国を実質的に牛耳ろうとするのはアレだと思うが、宰相の主張自体は正しくないか?」

王位継承件2位3位は現国王の弟達になる訳だが。どうもこの二人、相当仲が悪いらしく。王女が嫁いだ場合、王位継承争いが起こる可能性が高いらしい。最悪国が割れる事も考えると、結婚相手はともかくとして、王女が国を継いだ方が丸く収まるのは間違いない事実だ。

「何を言ってるんですかたかしさん!二人は愛し合ってるんですよ!それなのに好きでもない相手と結婚なんてあんまりです!」

「まあ言わんとする事は分からんでもないが……」

これが一般人なら俺も迷わず同意するんだが、王族だしなぁ……
国の為に自由恋愛が厳しいのはある程度仕方のない事だろう。

「確かに仰る通り。王女が嫁がれれば国が荒れるのは目に見えています。ですが宰相がこの国を牛耳る様になれば、何方にせよ国は荒れる事になるはず。同じ荒れるならば、私は王女様に幸せになって頂きたいのです……」

アランが悲しげにその瞳を伏せる。
分かり易い奴だ。

「クリアさん……あなたまさか……」

「その先はどうか言わないで頂きたい!」

何この臭い三文芝居的流れ。
マジ勘弁してくれ。

しかしどう足掻いても国は荒れる……か。
ていうか荒れるだけで済むのか?
普通に考えればアレだよな。
さっきから2人の話の中に出てくるべき重要な単語が一切出て来ない事に違和感を感じる。ひょっとして気づいてない?

「ですのでどうか!どうか王女様をお願いします」

アランが無茶な願いと共に頭を下げてくる。
そしてそれを後押しする様にフラムも声をあげた。

「やりましょう!たかしさん!大丈夫、きっと上手く行きます!」

うん、やっぱり気づいてなさそう。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
まあフラムは他人の恋で盲目になっている痛い子だが。兎に角、二人は物凄く重大な事が頭からすっぽり抜け落ちている様だ。

「重要な話があるんだが、いいか?」

俺は小さく溜息を吐いて、2人に断りを入れる。アランは下げていた頭を上げ、はいと答えて俺の顔をまっすぐ見つめる。

フラムの方を見ると、その目は期待に輝いていた。きっと彼女のお頭の中では俺が「わかった!俺が責任を持って王女を送り届けてみせる!」てな宣言でもしているのだろう。めでたい奴だ。

「皇帝からの使者が王女を帝国に攫って、しかもそのまま皇帝と結婚なんてさせたら普通は戦争になるんじゃないか?」

2人が揃ってあっと驚いた様な表情に変わる。

こいつらアホか?事の重大さを考えれば、政治的解決でなんとかなる問題を遥かに超えている。普通に考えて、国を挙げての奪還作戦が行われて然るべき事態だって事は、少し考えれば分かるはず何だが。

そんな事が分からない程、恋愛が絡んだ時のフラムのポンコツっぷりは酷い。幾ら何でも拗らせ過ぎだ。

「王女を攫えば俺達が戦争の引き金になる訳だがフラムは構わないんだな?」

「……」

フラムに念を押す。
まあこれでフラムは諦めるだろう。
後はさっさと退散するだけだ。

「アランさん。あんたには悪いけど俺達はこのまま失礼させて貰うぜ。さ、行こうフラム」

返事は返って来ない。
フラムは口に手を当て、真剣な顔で考え込んでいる。愛の為なら戦争なんて!等とは流石に言い出さないとは思うが……

今回フラムを唆したのはティーエさんだ。
よもや聖職者が誘拐の指示を出そうとは世も末だ。あの人本気で聖女になる気があるのだろうか?

フラムの話だと俺達が捕らえられるのは事前に分かっていた事らしい。その上でアランと合流させ、フラムのごり押しで俺に愛の架け橋ゆうかいの片棒を担がせる作戦だったようだ。

一見頭の悪そうな作戦だが、この状況に辿り着いた時点で9割方目的は達成されたに近かった。只一つ穴があったとすれば、その後の展望をフラムに伝えていなかった事だ。

いや、伝えられなかったというのが正解か。
王女を攫えば戦争になる。流石のティーエさんもそれを回避する方法は無かったんだろう。

そこまで考えて気づく。
戦争は起こる。
それがもう確定事項である事に。

王女誘拐の主犯は当然皇帝だ。
皇帝が戦争上等である以上、此処で俺達が王女を攫わなくとも間違いなく戦争は起こる。
結局、王女の確保を先にするかしないかの差でしかないのだ。

ティーエさんの目論見に気づき、俺は大きく溜息を吐く。どうやら彼女の目的は俺に関わらせる事だった様だ、この国に。

俺はこの国を見て、リン達と楽しく食事して、そしてアランや王女の事を知ってしまった。長く居た訳でも、アランと親友になった訳でもない。知っている事もほんの僅かだ。だが……

これは俺の勘だが、勝つのは恐らく帝国だろう。両国の国力や保有している戦力を把握している訳じゃないが、帝国であった皇帝の自信溢れる表情。あの覇気に満ちた表情には、一欠片の不安すら見受けられなかった。きっと彼の中には確たる勝算があるのだろう。

そして戦争に負けるこの国は、きっと滅茶苦茶になるに違いない。帝国にとって王女を手に入れるのが絶対条件である以上、中途半端な手打ちで終わる事は無い。魔法国側も、手打ちで第一王位継承者を相手国の王に嫁がせるなど、実質属国化に等しい以上、最後まで抵抗するのは目に見えていた。

戦争でアランは死ぬかもしれない。昨日リン達と行ってまた来たいと談笑した店にも、もう行けなくなるだろう。

ほんとやってくれる。
ティーエさんの狙いは俺に誘拐をさせる事では無く、戦争自体に参加させる事だった訳だ。

俺達の圧倒的な力を使えば、示威行動だけで魔法国を降伏させるなんて事も夢じゃ無い。其れこそ彩音に頼んで、相手が見ている前で山の一つ二つ吹き飛ばしでもしてやればいい。これで敵の戦意はほぼへし折れる事請け合いだ。

とは言え、力を見せつけただけで抵抗が無くなるとは限らない。実際ある程度戦闘で血が流れはするだろうが、それでも流れる血の量は遥かに少なくすむ筈だ。

完全にしてやられた感はあるが、普通に頼まれてたら100%断っていただろうし、まあしゃあない。とは言え戦争参加は最後の最後のだ。まずは出来そうな手を打つとしよう。

「フラム、王女を連れてくぞ」

「たかしさん……良いんですか?最悪、人を手に掛ける事になっても……」

フラムも同じ考えに至っていたのか、心配そうに俺の顔を覗き込む。だが俺はニッコリ笑って首を振る。

「勘違いするな。攫うんじゃない。王様の許可を得て堂々と連れて行くんだよ」

「そんな事可能なんですか!?」

「ちょっと試してみたい事がある。上手くいきゃ戦争は避けられるさ。そうすりゃ王女も諸手を挙げて嫁げるってもんだ」

瞬間、フラムが勢い良く抱きついてくる。
俺は咄嗟にそれを受け止め、凄い事に気づいてしまう。痛い格好で余り見ない様にしてたのと、衣装の胸元にヒラヒラがあって分かり辛かったせいで気づかなかったが、こいつ結構胸でけぇ!胸に押し当てらる予想以上のボリュームに、思わず鼻の下が伸びる。

「たかしさん、最高です!」

うんうん、君も最高だよ。フラム君。
何処がとは敢えて口にはしないが。

「お二人は恋人同士なんですね。少し羨ましいです」

「ふぁ!?んな訳あるかぁ!!」

アランのふざけた発言に、俺の咆哮が木霊する。

胸は評価する。評価するが……年中ウェディングドレス姿のクレイジーな女と付き合ってると勘違いされるのは、流石に勘弁して貰いたい。
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