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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第二十三話 恋というものを知る(下)
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目が覚めた時、一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
しばらくの間、ユーリスは部屋の天井を眺め、身を起こしたところで、すぐそばの椅子に座り、壁に寄り掛かって眠っているシルヴェスターを見つけた。
(………………ヴィーがいる)
シルヴェスターが、すぐ目の前に、自分の手が届く位置にいることに驚く。
ずっと長い間、彼は自分のそばにいなかったからだ。
それが、こんなにも近くにいる。
それからユーリスは、意識を失う前に起きた出来事の一つ一つを思い出していく。
王都から出ようと冷たい春の川を泳いだ。川の鉄柵を黄金竜ウェイズリーの歯で砕いてもらい、暗いトンネルを抜けたところで、ゴルティニア王国の騎士や兵士達と遭遇した。
ウェイズリーが、騎士達を追い払おうと炎を口から噴き出して、それに対抗した騎士達が剣を抜いて、それで。
思わず、ウェイズリーを庇おうと走り出てしまったのだ。
今思えば、竜の身体は頑丈で、剣も利かぬ鱗の硬さを誇る。ユーリスが身を挺して庇わなくても良かったのだ。でも、小さな黄金竜が目の前で傷つけられると思えば、咄嗟に庇わないではいられなかった。
そして背中を走るひどい痛みに、意識を失った。
その前に聞こえた、ウェイズリーの悲痛な叫び声。
(おそらく、あれから自分は騎士達に捕えられたのだろう)
それで王城に運ばれた。
背中の痛みはまだ残っているが、治療が施されている様子がある。
自分の身体を見れば、上体は裸で、薄手のゆったりとしたズボンだけ身につけていた。
寝台の上に、上から羽織るものが置かれていたため、ユーリスはそれを手に取って身に付ける。
ユーリスは部屋の中を見回す。
今いる部屋は、かつてユーリスが、シルヴェスターと共に暮らしていた部屋だった。
窓や扉の位置、壁紙の模様に見覚えがある。
しかし、部屋の中には、寝台以外の家具が置かれていない。
自分が暮らしていた当時の家具などは全て処分されているようだ。
視線をそれらに向けながら、恐らく一緒にこの王城に、小さな黄金竜ウェイズリーも連れて来られているのではないかと、小さな竜の姿を探すが部屋の中には見当たらなかった。
(ウェイズリーはどこにいるんだ)
いつも一緒にいたあの小さな竜が今、どこでどうしているのか心配になる。
(もしかしたら別の部屋にいるかも知れない)
今いる部屋の続き部屋を見てみようと、ユーリスが寝台から足を床に下ろし、立ち上がろうとしたところで、そばの椅子に腕を組んで座って眠っていたシルヴェスターが、目を覚ました。
シルヴェスターの碧い目がユーリスの姿を捉え、大きく見開かれ、やがて安堵に緩む。
「目が覚めたのだな」
心地よいその声も、久しぶりのものだった。
「…………はい」
本当なら、今すぐにでもシルヴェスターに抱きついて、互いの無事を祝い、口づけの一つも交わしたいところだった。
しかし、今のシルヴェスターは違う。
ユーリスはそのことも思い出していた。
今のシルヴェスターは、ユーリスとの過去すべての記憶を失っているのだ。
ユーリスが少しばかり警戒するようにシルヴェスターを見つめていると、シルヴェスターはまず謝罪した。
「怪我をさせることになってすまなかった。そなたに怪我をさせるつもりはなかった。丁重に王城へ迎え入れるよう、通達していたのだが、間違いが起きてしまった」
「………………はい」
シルヴェスターと再会できたことは心の底から嬉しく思う。
しかし、今の彼のこの口調。「そなた」と呼ばれることから、やはりシルヴェスターがユーリスの記憶を失っていることは明らかだった。
その事実を思い知らされ、ユーリスは唇を噛み締めた。
(予想していたことだったけど、思っていた以上にダメージが大きいな)
婚姻し、卵まで為した相愛の相手なのである。
その相手が、そうした事実全てをすっかり忘れている。
他人行儀にも「そなた」と呼ばれている。
彼の記憶を塗り替えている白銀竜達のことが、ユーリスは頭にきてならなかった。
黙り込み、考えに耽るユーリスの様子を見て、シルヴェスターは困った顔をしている。
そんな彼を見て、ユーリスは(記憶を失っているのはシルヴェスターのせいではない。彼だって被害者なのだ)と思う。そう思えば、今のシルヴェスターに優しくしなければと思う気持ちさえ出てくる。
「怪我を治して頂いたようで、ありがとうございます」
「背中の傷は、跡が残らぬように治癒魔法をかけている。しかし、傷口は塞がれても、そなたは大量の血を失っているのだ。しばらくの間は安静にするように。そなたは、……この王城に留まって、休んでくれてもいいのだぞ」
頬を赤く染めながら、後半の誘いの言葉を少し緊張しながら言うシルヴェスター。
そんな彼を見て、ユーリスは(ちょっと可愛い)と思っていた。
(過去の私の記憶を失っているシルヴェスターは、また私を口説こうとしているのか)
そう思えば、今ユーリスは、こんな状況下にあるのに、むず痒いような新鮮な気持ちも出てきてしまっていた。
しばらくの間、ユーリスは部屋の天井を眺め、身を起こしたところで、すぐそばの椅子に座り、壁に寄り掛かって眠っているシルヴェスターを見つけた。
(………………ヴィーがいる)
シルヴェスターが、すぐ目の前に、自分の手が届く位置にいることに驚く。
ずっと長い間、彼は自分のそばにいなかったからだ。
それが、こんなにも近くにいる。
それからユーリスは、意識を失う前に起きた出来事の一つ一つを思い出していく。
王都から出ようと冷たい春の川を泳いだ。川の鉄柵を黄金竜ウェイズリーの歯で砕いてもらい、暗いトンネルを抜けたところで、ゴルティニア王国の騎士や兵士達と遭遇した。
ウェイズリーが、騎士達を追い払おうと炎を口から噴き出して、それに対抗した騎士達が剣を抜いて、それで。
思わず、ウェイズリーを庇おうと走り出てしまったのだ。
今思えば、竜の身体は頑丈で、剣も利かぬ鱗の硬さを誇る。ユーリスが身を挺して庇わなくても良かったのだ。でも、小さな黄金竜が目の前で傷つけられると思えば、咄嗟に庇わないではいられなかった。
そして背中を走るひどい痛みに、意識を失った。
その前に聞こえた、ウェイズリーの悲痛な叫び声。
(おそらく、あれから自分は騎士達に捕えられたのだろう)
それで王城に運ばれた。
背中の痛みはまだ残っているが、治療が施されている様子がある。
自分の身体を見れば、上体は裸で、薄手のゆったりとしたズボンだけ身につけていた。
寝台の上に、上から羽織るものが置かれていたため、ユーリスはそれを手に取って身に付ける。
ユーリスは部屋の中を見回す。
今いる部屋は、かつてユーリスが、シルヴェスターと共に暮らしていた部屋だった。
窓や扉の位置、壁紙の模様に見覚えがある。
しかし、部屋の中には、寝台以外の家具が置かれていない。
自分が暮らしていた当時の家具などは全て処分されているようだ。
視線をそれらに向けながら、恐らく一緒にこの王城に、小さな黄金竜ウェイズリーも連れて来られているのではないかと、小さな竜の姿を探すが部屋の中には見当たらなかった。
(ウェイズリーはどこにいるんだ)
いつも一緒にいたあの小さな竜が今、どこでどうしているのか心配になる。
(もしかしたら別の部屋にいるかも知れない)
今いる部屋の続き部屋を見てみようと、ユーリスが寝台から足を床に下ろし、立ち上がろうとしたところで、そばの椅子に腕を組んで座って眠っていたシルヴェスターが、目を覚ました。
シルヴェスターの碧い目がユーリスの姿を捉え、大きく見開かれ、やがて安堵に緩む。
「目が覚めたのだな」
心地よいその声も、久しぶりのものだった。
「…………はい」
本当なら、今すぐにでもシルヴェスターに抱きついて、互いの無事を祝い、口づけの一つも交わしたいところだった。
しかし、今のシルヴェスターは違う。
ユーリスはそのことも思い出していた。
今のシルヴェスターは、ユーリスとの過去すべての記憶を失っているのだ。
ユーリスが少しばかり警戒するようにシルヴェスターを見つめていると、シルヴェスターはまず謝罪した。
「怪我をさせることになってすまなかった。そなたに怪我をさせるつもりはなかった。丁重に王城へ迎え入れるよう、通達していたのだが、間違いが起きてしまった」
「………………はい」
シルヴェスターと再会できたことは心の底から嬉しく思う。
しかし、今の彼のこの口調。「そなた」と呼ばれることから、やはりシルヴェスターがユーリスの記憶を失っていることは明らかだった。
その事実を思い知らされ、ユーリスは唇を噛み締めた。
(予想していたことだったけど、思っていた以上にダメージが大きいな)
婚姻し、卵まで為した相愛の相手なのである。
その相手が、そうした事実全てをすっかり忘れている。
他人行儀にも「そなた」と呼ばれている。
彼の記憶を塗り替えている白銀竜達のことが、ユーリスは頭にきてならなかった。
黙り込み、考えに耽るユーリスの様子を見て、シルヴェスターは困った顔をしている。
そんな彼を見て、ユーリスは(記憶を失っているのはシルヴェスターのせいではない。彼だって被害者なのだ)と思う。そう思えば、今のシルヴェスターに優しくしなければと思う気持ちさえ出てくる。
「怪我を治して頂いたようで、ありがとうございます」
「背中の傷は、跡が残らぬように治癒魔法をかけている。しかし、傷口は塞がれても、そなたは大量の血を失っているのだ。しばらくの間は安静にするように。そなたは、……この王城に留まって、休んでくれてもいいのだぞ」
頬を赤く染めながら、後半の誘いの言葉を少し緊張しながら言うシルヴェスター。
そんな彼を見て、ユーリスは(ちょっと可愛い)と思っていた。
(過去の私の記憶を失っているシルヴェスターは、また私を口説こうとしているのか)
そう思えば、今ユーリスは、こんな状況下にあるのに、むず痒いような新鮮な気持ちも出てきてしまっていた。
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