上 下
658 / 711
外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第十章 蝶の夢(下)

第一話 目覚め

しおりを挟む
 ユーリスが目を覚ましたのは、その年の秋の終わり頃だった。ユーリスが眠りについてから半年もの月日が経っていた。
 その日、寝台の上で横たわっていたユーリスの瞼がピクリと震え、青い目が薄く開く。
 ユーリスの胸の上で丸くなっていた小さな黄金竜も頭を上げて、「キュルキュルキュー」と鳴いて、番の目覚めに尻尾を振り、頭をユーリスの頬に擦りつける。

 目覚めたばかりのユーリスはどこかぼんやりとしていた。甘えてくる小さな黄金竜を腕に抱いて、身をゆっくりと起こす。
 
「キュルキュルキュイキュイ」

 黄金竜ウェイズリーは、番の目覚めが嬉しくて、ずっと甘えて鳴いている。
 ユーリスの副官セリムが部屋に入って来た。

 彼は両手に持っていた綺麗な花の活けられた花瓶をそのまま床に落としてしまう。
 当然、引力の法則に従って花瓶は床の上でガッシャンと大きな音を立てて粉々に割れ、水が飛び散り、花も床に散らばり落ちていく。
 セリムは目を大きく見開き、叫ぶように言った。

「ユーリス殿下!! 目を覚まされたのですか!!」

 ユーリスは視線をセリムに向けた。

「……セリム」

「あああ、良かった!! 良かった!!」

 セリムはすぐさまユーリスの横になっている寝台に近寄ると、ユーリスの腰にしがみつくようにして、抱きつき、声を上げて泣き始めた。

「本当に良かったです!! もう、ずっとユーリス殿下は目を覚まさなかったので、どうしようと思っていたんです!! このまま眠り続けて死んでしまうんじゃないかとも思っていたので」

「……そんなに私は眠っていたのか?」

 不思議そうな声で、ユーリスはセリムに尋ねる。
 ユーリスが最後に記憶していた光景は、息子のルドガーがユーリスに魔法をかけた姿だった。あの時、一瞬で意識を消失してしまった。おそらくルドガーによって魔法で眠らせられたのだろう。
 何故、ルドガーが自分を眠らせたのか分からない。
 あの時ルドガーは「ごめん、ユーリス。どうしてもこうしないとダメみたいなんだ。ジャクセンのためにも、こうするしかないんだ」と言い訳するかのように言っていた。
 ルドガーが、亡くなった父ジャクセンの名を口に出した理由も分からない。

「はい。ユーリス殿下はものすごく長い間、眠っていらっしゃったんですよ」

「どれくらい眠っていたのだ」

 その問いかけに、セリムは指を折って数えた後、「半年もの間、寝ていました!!」と大きな声で答えたのだった。
 ユーリスの目は驚きで開かれた。

「………………半年? 半年だって?」

「そうです。半年もの間、ずーとユーリス殿下は寝ていらしたんですよ。揺すっても起きないし、大きな声で話しかけても、起きませんでした。仕方ないので、空中城に連れてきて、様子を見ていたんです」

「待ってくれ。本当に私は半年もの間、眠っていたのか」

「そうです」

 ユーリスは信じられないような顔をしていた。
 それから自分の額を押さえるようにして考え込む。

「半年だって。その間、シルヴェスターは……陛下はどうしていらっしゃった」

 自分がいない間、当然、伴侶であるシルヴェスターは不安と心配に苛まれていただろう。すぐさま彼に会って、話がしたかった。自分が目覚めたことをすぐに知らせたい。

 しかしユーリスの言葉を聞いて、副官のセリムは眉を寄せ、困ったような顔をしていた。

「……シルヴェスター国王陛下は、今ちょっと、マズイ状態になっていまして」

 時折ユーリスの様子を見にやって来る、ルドガー王子からセリムは、ゴルティニア王国の王城の様子を聞いていた。王城では、シルヴェスター国王も、その周囲の貴族達も、官僚達も、ユーリスに関する記憶を失い、彼がいない状態を受け入れていた。それもこれも、白銀竜達のせいだろうとセリムは考えていた。

「マズイ状態とは一体何なんだ」

 自分が眠っている間、シルヴェスターの身に何か起きたのではないかと今度はユーリスが懸念の表情を浮かべる。それでセリムはユーリスのそばに椅子を運んで来て、それからユーリスが眠りについている間に起こった出来事を、時間をかけて話したのだった。

 すべての話を聞き終わった時、ユーリスは少しばかり青ざめていた。

「白銀竜が、ゴルティニア王国の王城にいて、陛下のみならず王城の人々すべてに魔法をかけているというのか」

「はい」

「シルヴェスターまで、術にかかっているとは」

 黄金竜ウェイズリーと“融合”している間、その身体が無防備になってしまったのだろう。そこに白銀竜達がつけこんで、シルヴェスターは精神支配を受けている。
 シルヴェスターのことを思うと、彼のことが心配でいても立ってもいられず、ユーリスはすぐにでもゴルティニア王国の王城に行きたいと思った。直接シルヴェスターと顔を合わせて会えば、もしかしたら自分のことを思い出してくれるのではないかとも思う。
 
 しかし、それをユーリスの腕の中にいる小さな黄金竜ウェイズリーが止めた。

「キュルキュルキュイキュイキューキュー」

 小さな黄金竜は懸命に鳴いて、番の青年がゴルティニア王国の王城へ向かうのを止めようとしていた。

「何故、ダメだというのだ、ウェイズリー」

 ついには小さな黄金竜はユーリスの腰にしがみついて、プルプルと頭を振る。

「なんだか絶対に行っちゃダメだって言っているみたいですね」

 その様子を見て、セリムはそう言う。
 ユーリスはウェイズリーを見つめる。

 この小さな黄金竜は、黄金竜ウェイズリーの鱗から作られた、ウェイズリーの力の三分の一を持つ生き物で、ユーリスの身を守ることを第一にしている。小さく作られた故か、話す竜の言葉もどこか幼い子供のようにたどたどしい(なお、竜語はユーリスには分かるが、セリムには理解できなかった)。

 小さな黄金竜ウェイズリーは、ユーリスの腰にしがみついて「キュルキュルキュイキュイキューキュー(行っちゃダメ、行っちゃダメだよ、ユーリス)」と話していたのだ。

「どうしてそんなに止めるんだ。シルヴェスターに会って、私の事を思い出してもらわないといけない。そうしなければみんな困ってしまう」

 小さな黄金竜はプルプルと小さな頭を振り、懸命に言った。

「キュルキュルキュイキュイキュルルルキュイキュルルゥ(卵。卵があるから、ユーリスはダメ。シルヴェスターに会ったらダメ。シルヴェスターは白銀竜にだまされてる。ユーリスが危ない)」

 小さな黄金竜ウェイズリーは、身をユーリスに押し付けてそう言う。
 ユーリスは、驚いて動きを止めた。

「…………卵?」

 それで、小さな黄金竜ウェイズリーは、金色の瞳をキラキラと輝かせて頷いた。

「キュルキュルゥキュイキュルキュルキュイキュルルルゥキュル(うん。卵だよ。ユーリスは卵を持っている。だからユーリスはずっと眠っていた。卵が、ユーリスが戻ることを望まなかったから)」

 その言葉に、文字通りユーリスは呆然としたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...