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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第九章 蝶の夢(上)

第十三話 前王の死(下)

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 これまでずっと共にいた養親が、自らの身に訪れる死をそのまま受け入れると告げた時、シルヴェスターは、裏切られたような思いを抱いた。

『君が俺の息子だったら』

 そう言って、手を差し出したのは、彼の方だった。
 
『君を見ていると、もし自分の息子が無事に生まれて、成長していたら、きっと君と同じくらいの年齢だったと思うと、どうにも感慨深くてね』
 
『君は、俺の息子になるつもりはないか』

 初めてそう言われた時の、驚きと喜びを忘れられない。

『冒険者の息子だ。君も冒険者になる。君はとても優れた冒険者になれるだろう。それは俺が保証する』

 そして、自分のために、彼は母国ラウデシア王国を出るという選択をした。大勢の部下の冒険者達を引き連れて、遠い異国の戦場へ向かう。
 それもこれも、シルヴェスターのために。

 それからずっと一緒だった。
 


 なのに、最期になって、彼が選んだのは自分ではなかった。
  
 あれほど、父親のように愛してくれた男は、最期は本当の妻子を選んだ。

 彼は、自分の手を振り払っていってしまった。悲しみと、取り残される寂しさ、裏切られた想い。そして堪え切れない怒り。
 
 結局、自分は選ばれなかったのだ。息子だと言っておきながら、そうではなかった。

 でも、ユーリスは違う。

 彼は、自分を見捨てることはない。出来ない。

 彼は最愛の伴侶であり、彼はその口から、自分と共に生きることを誓った。彼の身は黄金竜の魔法で変えられ、長い時を生きる。そう。初めから死が定められていたダンカンとは違う。

 そして、自分はユーリスを逃すつもりはない。




 シルヴェスターは、ユーリスの身を組み伏せながら、彼のその白い滑らかな肌に刻まれている魔法紋に触れる。美しい紋様と古えの魔法の文字を組み合わせているそれには、二つの効果があった。一つは、ユーリスの身をどれほど愛したとしても、卵を宿らせることのない不妊の効果と、今一つは、ユーリスも未だその効力を知らぬ呪いの言葉が刻まれていた。

『この者、黄金竜の番なり。何人たりとも、手を出すことなかれ』

 この呪文で、自分以外の者が、ユーリスを抱くことは決して出来ない。彼を抱こうとした瞬間に、死を賜る強力な呪いだった。
 ユーリスの身は、髪の毛一筋に至るまで、全て自分のものだった。

 彼を抱きながら、彼の下腹にあるその呪文の言葉に触れる。
 深々と貫かれ、苦しいほどの快感を感じながら、ユーリスはその身をしならせる。その下腹の呪文から、シルヴェスターは不妊の紋様を取り除いた。ユーリスは自分の肌に刻まれている紋様の一部が、消えていくのを認め、のしかかるシルヴェスターの顔を見つめる。

「ヴィー……?」

 疑問の表情を浮かべるユーリスの唇を塞ぐようにシルヴェスターは口づけ、そしてなおもその腰を抱き上げて犯した。
 白濁が溢れるほどに愛する。
 息苦しくなるほどの口づけに、眉を寄せ、見つめ返してくるユーリスの瞳を見つめる。やがて唇を離したシルヴェスターは言った。

「お前の子が欲しい。良いだろう」

 否とは言わせないような強い眼差しだった。
 それで、ユーリスは頷いた。

「…………ええ、貴方がそう望むなら」
 
 それをシルヴェスターが望むのなら、ユーリスは叶えるつもりだった。
 
 従順に自分の言葉に従うユーリスに、何故かシルヴェスターは非常に理不尽なことだと思っていたが、ますます怒りの感情を覚えた。
 彼は否とは決して言わない。そう言ったことはない。常に自分のために、彼は動いて、最善を尽くしてくれる。誰よりも信頼できる愛しい伴侶だった。

 でも。
 ダンカンは行ってしまった。
 あれほど、父親のように愛してくれた男だったのに。

 ユーリスは違うと分かっている。
 分かっているのに。


 シルヴェスターは、寝台の上で、再び深々とユーリスの身を貫く。シーツの上で身悶えする彼の身体を強く押さえつけ、くぐもった喘ぎ声を漏らすその身体を抱きしめる。苦しさに眉を寄せ、涙を滲ませるその目元に唇を寄せて、その涙すらも舐めとる。

 それから、シルヴェスターはずっとユーリスを抱き続けた。
 王と伴侶が居室から出てこないことに、異変を察してやって来る者達の前で扉は固く閉められ、またシルヴェスターが魔法を使うことで誰もその扉を開けることは出来なくなった。
 シルヴェスターの脳裏に、ゴルティニア王国の王としての仕事、政務のことが横切ったが、それもどうにかなるだろうと楽天的に思った。なにせ愛しいユーリスが、シルヴェスターのために、優秀な官僚や貴族達を集めて、仕事を進める仕組みを作ったのだ。きっと自分がいなくても回っていく。

 それに、今は、この伴侶の美しい人を孕ませる仕事がある。
 自分の伴侶であることを、ユーリスに今一度、分からせるために。自分から離れることを決して許さないためにも、これは必要な事だった。
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