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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第八章 永遠の王の統べる王国

第十六話 帰国(中)

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 ルドガーは、ラウデシア王国にあるバンクール家の屋敷に転移した。
 ルドガーが帰国する話を事前に聞いていたのだろう。ルドガーが転移すると、すぐさま顔なじみの召使が近寄ってくる。

「お帰りなさいませ、ルドガー様」

 この屋敷では、ルドガーがゴルティニア王国の王子であることは伏せられ、ルドガーは「ルドガー様」と呼ばれていた。
 ルドガーは、「ただいま」と答える。毎日、この屋敷にやってくるルドガーのことを、屋敷の人々はいつも歓迎して、良くしてくれる。
 言葉に出さなくてもルドガーの行きたい場所が分かっているように、召使はルドガーの前を歩いて、ジャクセンの仕事場まで案内してくれる。

 時刻は夕方近く。
 空は暗くなり始めていた。
 ラウデシア王国は、ゴルティニア王国よりも北方に位置しており、ルドガーは転移してすぐに、空気の変化を感じた。空気がシンとした冷たさを感じた。ラウデシア王国の都より、更に北方に竜達の暮らす場所がある。そこはこんもりと雪に覆われた場所で、非常に寒い。そんな場所で竜達は暮らしている。
 いつか、ルドガー、そこに君を連れていこう
 親のユーリスはそんなことを言っていた。

 別にそんな寒くて雪だらけの場所へ行く必要など、ルドガーは感じたことなかった。
 この王国で一番大事な場所は、おじいさまのいる、この都だけだ。

 ジャクセンの仕事場の扉が、召使の手で押し開けられる。
 その扉が開いた瞬間、ルドガーは我慢することを忘れて、飛び出して、デスクの椅子に座るジャクセンに向かって駆け出していた。

 言葉もなく、ぎゅっとジャクセンの体に抱きついてくるルドガーの背に、ジャクセンが触れる。

「無事に帰ってきたようだな」

「はい」

 ジャクセンを抱きしめるルドガー。勿論、加減はしている。
 人の子の姿をとりながらも、その実、強力ごうりきを持つ竜なのである。本気で抱きついたなら、ジャクセンの身体中の骨が折れてしまう。そうならないように、ルドガーは考えて、ジャクセンに抱きついている。
 ルドガーにとってジャクセンはとても大切な存在だからだ。
 この旅行中、離れていて分かったが、ジャクセンと会えないことは、ルドガーにとって耐えきれないほど辛かった。
 我慢に我慢を重ねた日々だった。

「ユーリスが、お前を褒めていた」

 事前に遠話魔道具で、ユーリスはジャクセンに、ハルヴェラ王国で幼くとも王子としての仕事をきちんと果たしたルドガーのことを報告していた。王子らしいふるまいで立派だったという言葉に、ジャクセンも満足していた。

 ジャクセンに持ち上げられ、彼の膝の上に座らされ、ルドガーはその頭をジャクセンに撫でられる。
 ルドガーは満面に笑みを浮かべていた。

「よくやったな、ルドガー」

「はい」

 ずっと頭を撫でられて、ニコニコ顔のルドガー。
 そこに、扉がノックされて、ジャクセンの娘の一人であるコレットが入って来た。

「お父様、用意が出来ました」

 わざわざ召使ではなくコレット自身が、ジャクセンとルドガーを呼びにくる役目を引き受けていた。それも、コレットが帰ってきたばかりのルドガーに会いたいがためである。

「お帰りなさい、ルドガー」

「ただいま、コレット」

 コレットも嬉しそうな顔をしている。彼女も黄金竜の化身である少年姿のルドガーを可愛がっていた。
 ジャクセンは立ち上がると、食堂へ行こうとルドガーに声をかける。
 確かにそろそろ夕食時ではあるが、少し早い時刻である。
 ルドガーの手を、コレットが引いた。

「ルドガーが無事に帰ってくることを、みんな祈っていたわ」

「ありがとう」

 すれ違う召使達も、恭しく頭を下げながら「お帰りなさいませ」とルドガーに声をかけてくれる。
 そして、バンクールの屋敷の大きな食堂に入った時、ルドガーは目を開いた。
 その食堂の中央にある大きな楕円形のテーブルの上に、それは大きなひと抱え以上もあるケーキが置いてあったからだ。白いクリームで綺麗に飾りつけられたケーキの中央には、砂糖やチョコレートで、立派な城が作られ、てっぺんにはゴルティニア王国の旗が立っている。そして城のそばにちょこんと黄色い竜の像が置かれていた。竜の像は陶器で作られていた。

「ルドガーが戻ってきたら、貴方にお祝いをしてあげたいと思っていたの」

 コレットが笑いながら言う。

「でも、貴方はなんでも持っているという話じゃない。だから、ベアトリスと二人でどうしようと考えたの。美味しいケーキなら、貴方も嬉しいのじゃないかと思ったの」

「竜も砂糖で作ってもらおうかと思ったのだけど、ルドガーが初めてちゃんとお仕事を果たしたお祝いだから、記念になるように、陶器のお人形にした方がいいとお父様が言って」

 その言葉に、ルドガーは瞬間、ジャンセンの顔を見上げた。
 自分のために、ジャクセンがお祝いを考えてくれた。
 その喜びに包まれながらも、ルドガーはジャクセンの顔を見つめて気が付いた。
 ジャクセンがルドガーから視線を逸らして、少しだけ頬を赤く染めていた。彼は、照れている。その様子を見て、らしくないジャクセンの姿を見てしまったことに、ルドガーの目は更に大きく開かれていた。嬉しい驚きと喜びだった。

 食堂内の召使やコック、護衛達がケーキに置かれているテーブルの周りに立つ。皆、笑っている。
 食堂内には他にもテーブルが並べられ、たくさんの軽食、酒、お菓子が用意され、その食堂内にいる人々のための飲み物まであった。どうやらここでは無礼講のように、召使達も食事を楽しめるようだ。それも、屋敷の主人ジャクセンの配慮なのだろう。
 
 主役から一言と促され、背中を押されて皆の前に出たルドガーは、感激に少し声を詰まらせながら言った。

「その……僕のために、こんな会を開いてくれるなんて思ってもみませんでした。本当に、嬉しいです。皆さん、ありがとうございました」

 本当に、考えてもいなかった。
 もしかしたら、ユーリスは随分前から、ジャクセンと遠話魔道具を使って連絡を取り合っていたのかも知れない。そうでなければ、すぐに準備できることじゃないだろう。
 そういえばユーリスは、バンクールの屋敷で働く人たちへのお土産も買っていきなさいと言っていた。それも、こうなることを知っていたから言ったのかも知れない。

 ルドガーの手に、ジュースの入ったグラスが握らされる。
 ジャクセンが、乾杯の音頭をとる。

「ルドガーの無事の帰国を祝って」

 食堂の皆が声を合わせて、乾杯を言い、皆、楽しそうに杯をあおったのだった。
 ケーキを切り分ける前に、ケーキの上に飾ってあった黄色い竜の陶器の人形が、ルドガーに手渡される。人形はクリームがついていたのを綺麗に拭き取られていた。掌に載るほどの小さな人形。彩色されている黄色い色は、きっと黄金竜の色のつもりなのだろう。嬉しくて、竜の人形を握っているルドガーの瞳が潤む。
 ジャクセンの手がルドガーの金色の頭を優しく撫でた。
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