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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第五章 その王子と竜に愛されたら大変です(上)

第十四話 語らい

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 その日の夜、シルヴェスターとユーリスは、バンクールの屋敷に泊まることになった。
 シルヴェスターは新たに出来た義理の妹達に「シルヴェスターお義兄様」と呼んで慕われ、なんとなく照れくさそうな様子があった。シルヴェスターは家族の幸が極めて薄い王子だった。産みの母は王宮から出され、別の家に嫁がされている。それっきり実の母との縁は途切れている。父たる国王もシルヴェスターに気を配ることはない。“放置された王子”それが、シルヴェスターがかつて呼ばれていた名であった。
 少年の頃に出会った“竜の牙”クラン長ダンカンが、彼の親代わりを務め、様々なことを彼に手ほどきしてくれた。
 ダンカンは、シルヴェスターが、ユーリスの家に挨拶に行く時には、実の父親のように心配していた。今もきっと、シルヴェスターの帰りをハラハラとしながら待っていることだろう。シルヴェスターにとってクランの仲間達が、自分の家族のようなものだった。
 そしてユーリスの家族がまた、シルヴェスターを迎え入れようとしている。ユーリスの父ジャクセンは義理の父親になり、ルイーズや妹達も義理の母や妹になる。そのことを不思議に思う気持ちがある。

 五年前にはシルヴェスターを冷たくあしらった、あのユーリスの父親が、今や自分の義理の父親になる未来など、あの時には全く想像出来なかったからだ。

 夕食を取った後も、妹のコレットとベアトリスを交えて楽しい語らいがずっと続いていた。コレットとベアトリスは、自分達の婚約者を交えて、また一緒に食事をしたいと言っていた。その時には喜んで参加させてもらうとシルヴェスターも答える。

 それから、コレットとベアトリスがおやすみの挨拶をして自室へ戻る様子を見て、ユーリスは父ジャクセンと母ルイーズに人払いを求めた。自分達だけで話をしたいと告げた。
 ジャクセンはすぐさま、護衛を含めて召使達を部屋から退出させる。

 部屋の中にいる者が、ユーリス、シルヴェスター、ジャクセン、ルイーズの四人だけになったところで、ユーリスは両親に、黄金竜の雛ウェイズリーを紹介することにした。

「ヴィー、ウェイズリーに交替してもらえないか」

 それにシルヴェスター王子は頷くと同時に、軍服をまとった凛々しい若者の姿が、一瞬でキラキラと黄金色の光を放つ、小さな竜の雛に変わったのだ。
 そして黄金竜の雛は、すぐさまユーリスの胸元に飛び込んでいく。

「キュウキュウキュルルルルルルルルルル」

 小さな黄金竜の雛は甘えて鳴いて、ユーリスの胸元に頭を擦りつけている。
 椅子に座っていたジャクセンとルイーズは、驚いてそれを眺めていた。

「シルヴェスター殿下が小さな竜に変わっているが、これは一体どういうことなのだ」

「殿下は、黄金竜でもある存在なのです。話すととても長くなるのですが」

 父親に促され、ユーリスはこれまで起きた出来事を、父と母を前に語り始めたのだった。
 そしてその全ての話を話し終えた時には、夜も随分と遅い時刻になっていたのだった。

「“同化”か。以前、私は黒竜と人間が“同調”した話を聞いたことがある」

 ジャクセンはそう語った。
 以前、黒竜シェーラと王国の第七王子アルバートが、“同調”した。その結果、アルバート王子は“同調”している黒竜シェーラの能力を振るうことが出来たのだ。

「“同調”よりも深い“同化”を行ってしまえば、もう一人と一頭に元通りに分かれることが出来ません。シルヴェスターと黄金竜ウェイズリーは一体化しています」

「…………それで、お前はいいのか」

 ユーリスの恋人が竜と一体化しているのだ。生活に差し障りがあるのではないかと当然心配してしまう。しかし、ユーリスは笑顔で首を振っていた。

「ウェイズリーも私の大切な竜です。困ることはありません」

 その言葉に、ユーリスの胸元にいた黄金竜の雛ウェイズリーは、感激したように黄金色の瞳を輝かせて、「キュウキュウゥ」と甘えるような声で鳴いてしがみついていた。ユーリスがよしよしとウェイズリーの頭を撫でている様子に、ジャクセンは「……竜と王子が一体化しているのだぞ。本当に大丈夫なのか」となおも確認するように問うていたが、ユーリスはあくまで笑顔で「問題はありません」と答えていたのだった。

 そして椅子に座っているユーリスは、膝の上に座る黄金竜の雛ウェイズリーの背中を撫でながら話し始めた。

「殿下とウェイズリーが“同化”していることは、一部のものしか知っておりません。父上や母上もここだけの話にして頂けると助かります」

「分かった」

 両親は頷きあって同意してくれる。
 竜と“同化”しているシルヴェスターが色眼鏡で見られることを嫌ってのことだった。すでにシルヴェスターは、黄金竜の力を振るうことが出来ると見なされている。それどころか竜そのものだと知られれば、なんとなしに面倒なことになる気がしていた。

「“同化”している殿下は黄金竜の力を使うことが出来ます。それで私は、彼に連れてきてもらえれば、一瞬でこの国へ移動できるのです。私がどれほど遠い国にいたとしても、距離は関係ありません」

 だから先ほど、ユーリスが「どんなに遠い場所に住んだとしても、私は父上に会いに参ります」と口にしたのかと理解できた。そして以前、ラウデシア王国の王都が魔族の襲撃を受けた時に、ユーリスがわざわざジャクセン達家族の様子を見にやって来たことも、その力を使ってのことだったのかと分かった。

 それどころか、旧カリン王国の土地でサトー王国軍や魔族を撃退せしめた出来事は、そのシルヴェスター王子の黄金竜の力によるものだろう。ゴルティニア王国は黄金竜の力によって守られており、その土地を侵略したならば黄金竜の怒りが下されると盛んに喧伝されている。
 黄金竜の力を使うシルヴェスターは、ゴルティニア王国に無くてはならない存在であり、かつクラン長ダンカンの後を継ぐ者と見なされている。そして恋人のユーリスは、彼を支え、ゴルティニアの王城で副クラン長フィアと共に重責を担っている。

 息子とその恋人が遠いゴルティニア王国で、しっかりと足をつけて生きていることを嬉しく思う一方、ジャクセンは一抹の寂しさを抱いていた。息子が自分の手を離れて生きていく。そしてその地で結婚もする。喜ばしいことであるが、やはり、寂しさは拭えない。

 隣に座っている妻のルイーズが、ジャクセンの手を握る。
 微笑みかけてくれる美しい妻の顔を見ながらも、内心思う。

(子離れの時期がやって来たのだな)と。
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