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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第四章 黄金竜の雛は愛しい番のためならば、全てを捧げる
第二十話 夢
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夢を見た。
夢の中へ降り立った瞬間、自分が繰り返し、ラウデシア王国の始祖の王カルヴァンと、竜の女王マルヴェリーナの夢を見ていたことを知る。現実では目を醒ました瞬間に、忘れてしまう不思議な夢。
そして、この夢を見るのは久しぶりだと思った。
ぬかるんだ土の上を歩きながら、ユーリスは大きくて立派な玉座に座るカルヴァンの姿を見つけた。
黄金の髪に、碧い瞳を持つ美丈夫である。
彼は、ユーリスを疲れたような表情でジロリと見た。
「久しぶりだな」
「はい」
カルヴァンの方からそう言われてしまった。
ユーリスは目を彷徨わせ、カルヴァンのそばにいるはずの、竜の女王であるマルヴェリーナの姿を探したが、彼女はいなかった。
その様子を見て、カルヴァンは答えた。
「マルヴェリーナは、弟のマルキアスを失って半狂乱のままだ。あやつは次元をいじってなんとかマルキアスを引き戻そうとしている。しかし、マルヴェリーナは身体を失った魂だけの身ゆえ、力もない」
「…………」
マルキアスは、黄金竜の雌であるマルヴェリーナの弟である。
当然、マルキアスは黄金竜である。
その名をユーリスは知っていた。
ユーリスの叔父リヨンネは、竜の生態学者であり、その叔父から黄金竜について調べた手紙を受け取っていたからだ。
叔父の手紙にはこう書かれていた。
『世に知られている黄金竜は、王国の王家に嫁いだ女王竜、そして女王竜の弟の黄金竜マルキアスの二頭です。マルキアスは古竜の一角として、大森林地帯に白銀竜ルーサーと共に眠りについており、王国の版図を守り続けているといわれています』
ラウデシア王国の遥か北の大地に、伴侶の白銀竜と共に眠り続けている黄金竜マルキアス。
それを失ったとはどういう意味だろうか。
大きな玉座に足を組んで座っている“始祖の王”カルヴァン=ベルリガードは、掌をひらひらと揺らして言った。
「そなたの伴侶のシルヴェスターに、早くサトー王国のサトーとやらを倒すように言っておけ。アレはとんでもない輩だぞ。この世界を壊す行為を平気でやる奴だ。平和を厭うておったことは知っておったが、世界の形を壊すことすら平気でやりおる輩とは知らなかった」
「サトーが何をしたのですか」
「ラウデシアの大森林地帯を“消失”させおった」
「…………それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味なのだがな。まぁ、お主やシルヴェスターのように新しい国造りに関わっている者にとっては関係ない話かも知れないな。ラウデシアは遠い」
「でも、私の母国です。シルヴェスター殿下の生まれた国でもあります。私達と無関係ではありません」
「……ふむ」
カルヴァンは目を瞑りしばらく考え込んでいる。
「まぁ、あちらまで手は回るまい。シルヴェスターも忙しくなるであろうから」
「どうしてですか」
その意味を問うユーリスに、カルヴァンは答えず、ふいに空を見上げるようなそぶりをした。彼は眉を寄せている。不愉快そうな顔付きだ。
「この地を取り戻そうと、魔の者達が蠢き始めたな。せっかく我が子孫が新たな地に国を建てようとしているのに。無粋な」
「……シルヴェスター殿下は大丈夫なのでしょうか」
「それは分からん」
「!!」
ユーリスがカルヴァンの言葉に顔を強張らせる。そしてすがりつくような目でカルヴァンを見つめる。恋人の身が危機に瀕するというのなら、なんとかそれを避けさせたいと思うのが情であろう。
「お主には黄金竜ウェイズリーがいるであろう。アレにシルヴェスターを守らせればいい」
そんなことをあっさりと言うカルヴァンに、ユーリスは唇を噛み締めた。
それを頼んで、黄金竜ウェイズリーが引き受けてくれるだろうか。
シルヴェスターは、ウェイズリーにとっての恋敵になる。
それをウェイズリーに頼むこともおかしいだろう。
ユーリスが躊躇していることに、カルヴァンは言った。
「黄金竜を使えばいい。アレは番の頼みを断れぬ生き物だ。たとえそれが、アレの殺したいほど憎い相手であろうとも、それを番が望むのであれば、黄金竜はやるであろう」
殺したいほど憎い相手でも、黄金竜は番の言葉に縛られて、その身を守るという。
黄金竜ウェイズリーは一度として、シルヴェスター王子に会ったことが無い。
でもきっと、ユーリスと共にいるシルヴェスター王子の姿を見たことがあるはずだ。
これまでウェイズリーがシルヴェスター王子の前に姿を現わさないことには、ウェイズリーなりに思うところがあるからだ。
そのウェイズリーに、シルヴェスターの身を守ってくれと頼むことは正直したくなかった。
ユーリスは軽く頭を振った。
「それは出来ません」
「シルヴェスターが死ぬやも知れぬというのに、お前は随分と悠長だな」
「…………」
「ユーリス、お前はシルヴェスターを愛しているのだろう。なら、黄金竜ウェイズリーを使うべきだ」
「ウェイズリーが…………可哀想だ」
ユーリスの言葉に、カルヴァンはやれやれというように肩をすくめ、両手を挙げている。その様子が癪に障る。
「私としても、シルヴェスターが死ぬのは困る。とても、困るな」
「何故、陛下がお困りになるのですか」
「シルヴェスターがいなくなれば、お前がウェイズリーと結ばれるからだ」
「そのことは以前にも仰っていましたね。何故、私とウェイズリーが結ばれると困るのですか」
「それは」
そのことを説明しようとカルヴァンが口を開こうとしたところで、大きく夢が歪んだ。
「お前の目が醒めるようだな」
急速に視界が歪んでいく。目の前の玉座も、それに座るカルヴァンの姿も歪む。
またカルヴァンの答えを聞くことが出来ない。
そして夢の最後に、カルヴァンは「お前は本当に大切なものを選ばなければならない。選ばないことで、その大切なものを喪うことになる」と、不吉な予言をした。
だが、その予言の言葉さえも、ユーリスは目が醒めた瞬間、全て忘れてしまったのだった。
夢の中へ降り立った瞬間、自分が繰り返し、ラウデシア王国の始祖の王カルヴァンと、竜の女王マルヴェリーナの夢を見ていたことを知る。現実では目を醒ました瞬間に、忘れてしまう不思議な夢。
そして、この夢を見るのは久しぶりだと思った。
ぬかるんだ土の上を歩きながら、ユーリスは大きくて立派な玉座に座るカルヴァンの姿を見つけた。
黄金の髪に、碧い瞳を持つ美丈夫である。
彼は、ユーリスを疲れたような表情でジロリと見た。
「久しぶりだな」
「はい」
カルヴァンの方からそう言われてしまった。
ユーリスは目を彷徨わせ、カルヴァンのそばにいるはずの、竜の女王であるマルヴェリーナの姿を探したが、彼女はいなかった。
その様子を見て、カルヴァンは答えた。
「マルヴェリーナは、弟のマルキアスを失って半狂乱のままだ。あやつは次元をいじってなんとかマルキアスを引き戻そうとしている。しかし、マルヴェリーナは身体を失った魂だけの身ゆえ、力もない」
「…………」
マルキアスは、黄金竜の雌であるマルヴェリーナの弟である。
当然、マルキアスは黄金竜である。
その名をユーリスは知っていた。
ユーリスの叔父リヨンネは、竜の生態学者であり、その叔父から黄金竜について調べた手紙を受け取っていたからだ。
叔父の手紙にはこう書かれていた。
『世に知られている黄金竜は、王国の王家に嫁いだ女王竜、そして女王竜の弟の黄金竜マルキアスの二頭です。マルキアスは古竜の一角として、大森林地帯に白銀竜ルーサーと共に眠りについており、王国の版図を守り続けているといわれています』
ラウデシア王国の遥か北の大地に、伴侶の白銀竜と共に眠り続けている黄金竜マルキアス。
それを失ったとはどういう意味だろうか。
大きな玉座に足を組んで座っている“始祖の王”カルヴァン=ベルリガードは、掌をひらひらと揺らして言った。
「そなたの伴侶のシルヴェスターに、早くサトー王国のサトーとやらを倒すように言っておけ。アレはとんでもない輩だぞ。この世界を壊す行為を平気でやる奴だ。平和を厭うておったことは知っておったが、世界の形を壊すことすら平気でやりおる輩とは知らなかった」
「サトーが何をしたのですか」
「ラウデシアの大森林地帯を“消失”させおった」
「…………それはどういう意味でしょうか」
「そのままの意味なのだがな。まぁ、お主やシルヴェスターのように新しい国造りに関わっている者にとっては関係ない話かも知れないな。ラウデシアは遠い」
「でも、私の母国です。シルヴェスター殿下の生まれた国でもあります。私達と無関係ではありません」
「……ふむ」
カルヴァンは目を瞑りしばらく考え込んでいる。
「まぁ、あちらまで手は回るまい。シルヴェスターも忙しくなるであろうから」
「どうしてですか」
その意味を問うユーリスに、カルヴァンは答えず、ふいに空を見上げるようなそぶりをした。彼は眉を寄せている。不愉快そうな顔付きだ。
「この地を取り戻そうと、魔の者達が蠢き始めたな。せっかく我が子孫が新たな地に国を建てようとしているのに。無粋な」
「……シルヴェスター殿下は大丈夫なのでしょうか」
「それは分からん」
「!!」
ユーリスがカルヴァンの言葉に顔を強張らせる。そしてすがりつくような目でカルヴァンを見つめる。恋人の身が危機に瀕するというのなら、なんとかそれを避けさせたいと思うのが情であろう。
「お主には黄金竜ウェイズリーがいるであろう。アレにシルヴェスターを守らせればいい」
そんなことをあっさりと言うカルヴァンに、ユーリスは唇を噛み締めた。
それを頼んで、黄金竜ウェイズリーが引き受けてくれるだろうか。
シルヴェスターは、ウェイズリーにとっての恋敵になる。
それをウェイズリーに頼むこともおかしいだろう。
ユーリスが躊躇していることに、カルヴァンは言った。
「黄金竜を使えばいい。アレは番の頼みを断れぬ生き物だ。たとえそれが、アレの殺したいほど憎い相手であろうとも、それを番が望むのであれば、黄金竜はやるであろう」
殺したいほど憎い相手でも、黄金竜は番の言葉に縛られて、その身を守るという。
黄金竜ウェイズリーは一度として、シルヴェスター王子に会ったことが無い。
でもきっと、ユーリスと共にいるシルヴェスター王子の姿を見たことがあるはずだ。
これまでウェイズリーがシルヴェスター王子の前に姿を現わさないことには、ウェイズリーなりに思うところがあるからだ。
そのウェイズリーに、シルヴェスターの身を守ってくれと頼むことは正直したくなかった。
ユーリスは軽く頭を振った。
「それは出来ません」
「シルヴェスターが死ぬやも知れぬというのに、お前は随分と悠長だな」
「…………」
「ユーリス、お前はシルヴェスターを愛しているのだろう。なら、黄金竜ウェイズリーを使うべきだ」
「ウェイズリーが…………可哀想だ」
ユーリスの言葉に、カルヴァンはやれやれというように肩をすくめ、両手を挙げている。その様子が癪に障る。
「私としても、シルヴェスターが死ぬのは困る。とても、困るな」
「何故、陛下がお困りになるのですか」
「シルヴェスターがいなくなれば、お前がウェイズリーと結ばれるからだ」
「そのことは以前にも仰っていましたね。何故、私とウェイズリーが結ばれると困るのですか」
「それは」
そのことを説明しようとカルヴァンが口を開こうとしたところで、大きく夢が歪んだ。
「お前の目が醒めるようだな」
急速に視界が歪んでいく。目の前の玉座も、それに座るカルヴァンの姿も歪む。
またカルヴァンの答えを聞くことが出来ない。
そして夢の最後に、カルヴァンは「お前は本当に大切なものを選ばなければならない。選ばないことで、その大切なものを喪うことになる」と、不吉な予言をした。
だが、その予言の言葉さえも、ユーリスは目が醒めた瞬間、全て忘れてしまったのだった。
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