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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第四章 黄金竜の雛は愛しい番のためならば、全てを捧げる

第十二話 黄金竜の雛の助け(上)

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 城の最上階が、クラン長ダンカンの部屋と定められていた。
 元は城主の居室である。

 重厚な両開きの扉を開けて部屋の中に入る。シルヴェスターとユーリスは、ダンカンに座れと言われ、革張りの椅子に座った。部屋の中はまだ片付けが終わっていないようで、片隅にはまだ多くの木箱が積み上げられている。

 なお、この城にクランが到着したところで、ダンカンはこれまで使っていた偽名の使用を止めると宣言した。
 以前、ダンカン、シルヴェスター、フィアら、クランの主だった者達は偽名を使って活動していた。クランは国を構えるところまで権力を持つようになったのだ。もはや、遠い北方の母国ラウデシアの顔色を窺う必要も無くなったということだ。ダンカンに至っては、小国とはいえ、国一番の権力者である。

 そのダンカンもまた、椅子に深々と座っており、彼は告げた。

「イスフェラ皇国から報せが来た。シルヴェスター、ユーリス、ラウデシア王国の王都が魔族による攻撃を受けた。サトー王国によるものだろうという話だ」

「!!」

 シルヴェスターの隣に座っていたユーリスが顔色を変えた。
 ラウデシア王国にはユーリスの両親と妹達が暮らしている。

「その前に“星弾”の攻撃を受けていたが、これはどういう方法を取ったのか不明だが、防いだという話だ。だが、その後の魔族の直接攻撃は避けられなかったようで、王都の被害は甚大という報告を受けている」

 ユーリスの手をシルヴェスターは握りしめ、励ますように傍らの恋人を見つめた。

「ユーリス、大丈夫か」

「……ええ」

「この場所まで報告が届くには時間がかかる。その後も何か動きがあったかもしれない。サトー王国は、バーズワース王国、ザナルカンド王国、そしてラウデシア王国と攻めながら東進を進めている。随分と無茶な進み具合だ。各国に喧嘩を売り続けているな。まぁ、先の二か国はすでに落ちてしまっているが。東側でサトー王国が動いてくれるおかげで、こちらの旧カリン王国内では、うちが上手いことできたのかも知れないがな」

 ダンカンは続けて伝える。

「今後もラウデシア王国の情報は逐一、イスフェラ皇国から伝えてもらうようにする。同盟国のアレドリアが、ラウデシア王国の情報を拾い上げてくれているようだ。それをイスフェラ皇国が受け取り、こちらに流してもらっている」

「直接、ラウデシア王国から情報を流してもらうことは」

 シルヴェスターの問いかけにダンカンは首を振った。

「出来ないだろう。今はまだラウデシア王国に伝手はない」

 厳密に言えばないことはない。出奔したシルヴェスターは今もラウデシア王国の王族として記録が残されているだろう。だが、望んで連絡を取りたいと思っていない。ユーリスの為にラウデシア王国の情報を得たいが、ラウデシア王国の王宮、特に、捨てた王家と再び結び付けられることは、勘弁して欲しかった。
 そのことを知るユーリスも、それをことさら口にして求めるつもりはなかった。

「気になって仕方ないだろうが、今は耐えて欲しい。得た情報はすぐにお前達に伝える。またこのことは後ほどクランの者達全員に告知される」

 わざわざシルヴェスターとユーリスの二人に、真っ先に情報を教えてくれたのだ。

「……はい」

 ユーリスは弱々しく頷いた。
 ユーリスはラウデシア王国を出た身だ。だが、バンクール家の者達の身が当然気になる。ダンカンが王都の被害は甚大だと告げたものだから、余計に家族のことが心配であった。

 ダンカンの部屋を退出した後、暗い顔をしているユーリスに、シルヴェスターは言った。

「心配だな」

「はい」

 ちなみにシルヴェスターは全く心配していなかった。
 彼の大事なものは、全て今、この目の前にある。
 恋人のユーリスも目の前にいたし、仲間達のいるクランもここにある。
 シルヴェスターの血縁である王家は、正直、どうなろうと知ったこっちゃなかった。
 王家が滅んだと聞いても、顔色を変えない自信がシルヴェスターにはあった。元から王家への情を全く持ち合わせていない五番目の王子である。むしろ、怨みこそあると言って良いだろう。

「父上に手紙を出して、被害について聞いてみます」

 その手紙が北方の果てのラウデシア王国の父ジャクセンの手元まで到着するには時間がかかるだろう。
 それが分かっているユーリスは、悲し気に眉を寄せていた。

 本当なら、今すぐにでも家族に会いに行きたい。
 だが、あまりにもこの場所から遠すぎる。
 そしてシルヴェスターは、ユーリスを、今や危険な場所となっている母国へ行かせたくなかった。
 気落ちしているユーリスを抱きしめ、その耳元で囁く。

「ユーリス、ダンカンが情報を出来るだけすぐに上げてくれると言っているのだ。それを待つしかない」

 自分のそばにいることこそが、ユーリスの身の安全でもある。
 ラウデシア王国には帰したくない。
 そうシルヴェスターは思う。
 そしてユーリスも、家族への心配の余り、すぐさま母国へ帰りたい気持ちもあったが、シルヴェスターのそばからも離れたくないという思いもあった。ユーリスの心は乱れに乱れていた。



 その日の夜、シルヴェスターの部屋の寝台の上、ユーリスは一人起き上がって、大きなガラス戸を開け、ベランダへ出た。シルヴェスターは静かに眠っている。
 窓辺に立つユーリスは、ため息をつき、ひどく沈んだ表情で外を眺めていた。

 それに気が付いた黄金竜の雛ウェイズリーは、おずおずとベランダの隅から小さな姿を見せた。






 これまで、黄金竜の雛ウェイズリーは、ずっとユーリスの後をつけていた。
 イスフェラ皇国にいる時も、この旧カリン王国へ移動している間も、この城に到着した時も、ウェイズリーは愛しい番のことを、見つからないように隠れながら、黙って見守っていた。ユーリスの近くにいる恋人のシルヴェスター王子のことを思うと、嫉妬でその心は荒れ狂っていたが、シルヴェスター王子をウェイズリーが殺してユーリスの側から排除したとしても、ユーリスはウェイズリーを愛してくれない。そのことは悲しいけれど、分かっている。

 だから、ウェイズリーはユーリスの心が変わるまで、待つことにしたのだ。

 どうせシルヴェスター王子は人間で、百年もしない内に死んでしまう。
 それまでの間は、せいぜいユーリスのことを愛すればいい。

 結局、最後にユーリスを手に入れるのは自分なのだから。




 ユーリスもシルヴェスターも、他の人間達も誰一人として気が付いていない。
 
 ユーリスはもはや人間ではないのだ。
 
 心は決して触ってはならないという、母たる女王竜の言葉に従って、ウェイズリーはユーリスの心に触れることはなかった。でも、身体は違う。
 アレドリア王国で暮らしている間、毎夜、ウェイズリーはユーリスの身体に触れ、“金色の芽”で彼の身体を変えていた。

 だからユーリスは、人間よりも遥かに強い力と、丈夫な肉体を持っている。

 黄金竜であるウェイズリーの番にふさわしい身体を。




 でもそのことを、今は誰も知らないのだ。
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