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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第三章 再びの出会い

第二十三話 領分を越える(上)

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 宦官ハッサは、シルヴェスター王子の恋人に向けて送った刺客が、戻って来なかったことに驚いていた。
 今回、本職プロを送ったのである。
 それなのに、それっきり本職の男は戻って来なかった。
 前金を受け取ってそのまま逃亡するような男ではない。
 つまりは失敗したということだ。

 ユーリスのいる“竜の牙”はこの皇国でも三本の指に入る実力あるクランである。今、クラン長とシルヴェスター王子は戦場に向かっており、留守を預かっているのは副クラン長だけである。魔術が専門の副クラン長が、あの刺客の男を阻むのは実力不足である。
 だから、確実にやれるだろうと考えていた。

 なのに刺客の男は戻って来なかった。


 調べさせたが、ユーリス=バンクールは、なんら武術を修めていない。剣を持たせても自衛のために戦うことはおそらく出来ないだろう。線の細い美青年である。彼はアレドリア王国で学者をしていた。
 “竜の牙”に属する冒険者達は皆、優秀で、実際、昼間の襲撃はことごとく防がれてしまった。だから本職に夜、襲撃させたのだ。
 だが、これも失敗してしまった。

 想定外の事態であった。


 三人の皇女達にせっつかれたこともあり、宦官ハッサは今までのことを全て報告した。
 皇女シンシア、サラン、ヘルミは顔を見合わせ、不機嫌そうな様子であった。
 
「“竜の牙”は腕の良い冒険者を揃えていると聞くわ。返り討ちにあったことで間違いないでしょう」
「不甲斐ないわね」
「もっと腕の良い者はいないの?」

 三人の皇女達は口々にそう言う。
 だが、ハッサとしても腕の良い、今まで一度として失敗をしたことのない刺客を送り込んだのである。それが失敗するとは考えてもいなかった。何か不測の事態が起きたとしか考えられない。
 しかし、皇女達に口答えなど許されるはずもなく、ハッサは顔を強張らせて黙り込んでいた。

 それで、皇女ヘルミは言った。

「分かったわ。イーサン=クレイラに頼みましょう」

 イーサン=クレイラとは、このイスフェラ皇国の誇る筆頭魔術師である。その魔術師の手を借りると言うことに、ハッサは驚いて顔を上げた。

「イーサン様が引き受けて下さるでしょうか」

 この国の防衛を一手に担う魔術師である。このようなことで手を煩わせることなど、普通なら許されないであろう。ましてや本来、裏方が引き受けるべき汚れ仕事である。

 皇女ヘルミは、皇女サランに話す。

「貴女の持っていた腕輪を、イーサン魔術師が欲しがっていたわ。アレをお渡しなさい」

「そうでしたわね」

 サランの持っていた細い蛇の絡まる形の腕輪を、イーサン魔術師は気に入り、よろしければ譲ってほしいと願い出たことがあった。銀製の細身の腕輪で、その蛇の目は紅い小さな宝石が嵌められている。細工が非常に見事な腕輪で、蛇の鱗の一枚一枚が丁寧に彫刻されているのだ。

「分かりました」

「ハッサ、お前はもう良い。お下がりなさい」

 ハッサは預かっていた報酬の金の指輪を皇女ヘルミに返して、頭を低く下げたまま退室した。
 イーサン=クレイラがもし、皇女方の依頼を引き受けるとなれば、シルヴェスター王子の恋人ユーリス=バンクールの命は風前の灯火と言える。イーサンほどの魔術師は、これまでもこの皇国になく、そしてこれからの皇国にも現れないであろうと言われていた。それほどの魔術師に命を狙われるのだ。
 皇女達は、当初は命をとらずとも良いと言っていたのだが、今や、ユーリスの命を狙う話に移り変わっている。魔術師イーサンに依頼して、ただの脅しや怪我だけで留まる話で済むはずがなかった。


 皇国の筆頭魔術師イーサン=クレイラは一度、皇女サランからの腕輪を受け取った。
 そしてユーリス=バンクールのいるであろうクランの建物を、馬車の中から一瞥し、彼はぽつりと言った。

「ああ、これはマズイですね」

 そして彼は皇宮へ戻ると、預かっていた腕輪をそのまま皇女サランに戻した。
 呆気に取られるサランに、イーサンは笑顔でこう言った。

「私には荷が重いようです。皇女殿下方も身辺にはどうぞお気をつけください。人には領分というものがございます。それを越えたものに手を出そうとすると、必ず手酷いしっぺ返しを受けます」

 そう言って頭を下げ、彼は皇女達の依頼をキャンセルしたのだった。
 
 意味が分からなかった。
 ただ理解できるのは、筆頭魔術師イーサン=クレイラも引き受けたがらない依頼であること。
 ただそれだけである。

 頭に来た三人の皇女達は、いまやムキとなり、後先も考えずに、また別の腕の良い刺客を今度は皇女達が直接雇った。
 自分達が、イーサンの話す領分を越えた行動を始めていることに気付くこともなく、坂道の上で小さな石が傾いた坂を転がり始めるように、事態は動き始めたのだった。
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