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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第二章 黄金竜の雛の番
第二話 遺跡の扉は開く
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久々に、国へ戻って来た。
王都にあるバンクール家の豪邸の門をくぐった時、そこには母と妹達が待ち構えていて、妹二人はユーリスに飛びついてきた。
「「お兄様」」
五年前、別れた時にはほんの子供のように見えていた妹のコレットとベアトリスは、五年が経って花が開くかのような美しい少女の姿に変わっていた。亜麻色の髪をした美しい少女達だった。
そして母のルイーズ。いつ見ても少女のように若々しい。彼女は目に涙をうっすらと浮かべ、ユーリスに微笑みを向けた。
「お帰りなさい、ユーリス」
五年前は慌ただしく王都を離れ、別れの挨拶もろくに出来なかった。母ルイーズの中には、息子のユーリスは騒動に巻き込まれた被害者であって、あっという間に目の前から消えてしまった記憶しかない。
「母上、ただ今帰りました」
ルイーズにも抱き締められる。
ユーリスは、ルイーズの背を遥かに越えて大きかった。彼は少年から青年へと変わってしまっていた。その事実にもルイーズは少しばかりショックを受ける。父親であるジャクセンによく似た美貌の青年だった。
だが、それを口にすることなく、ルイーズは笑みを浮かべながら言った。
「さぁ、屋敷の中へ入って頂戴。今日からこの屋敷に泊まってくれるのでしょう?」
ユーリスは首を振る。
「いいえ、調査メンバーは、王都の宿に分散して宿泊することになっています。私も宿に泊まるつもりです」
母達にも、ユーリスは自分が王都の地下遺跡の調査メンバーに加わった話はしてあった。すっかり息子が遺跡に夢中になり、今ではひとかどの学者として生活していることに戸惑いもあった。
「……そうなの」
母ルイーズも、妹二人も眉をハの字にして、ひどく悲しそうな顔をしていた。
ユーリスは、わざと陽気な声を上げ、妹二人と母の背を押して屋敷の中へと入った。
「皆にお土産を買ってきました。コレットとベアトリスにはレースのハンカチとブローチ、香水です。母上にも手袋とショールを買ってきています。いい品だと思いますが、是非見てやってください」
そのユーリスの言葉に、母ルイーズとコレット、ベアトリスは頷き、笑みを浮かべながらも、ユーリスが王都の宿に泊まることには承服しかねるといった様子を見せていた。
だがユーリスは、どんなに母と妹達にせがまれても、バンクールの王都の屋敷に泊まるつもりはなかった。
屋敷に泊まったならば、きっと父ジャクセンに、バンクール商会の跡取りとしての自覚を延々と説かれ続けることになることが分かっていたからだ。想像するだけでもうんざりする。
だから彼は、少し早めの夕食を母や妹達と一緒に取った後は、父親が仕事から帰宅する前に屋敷を後にしていた。父ジャクセンへのお土産も購入していたが、それは母へ預けてしまったのである。
王都に到着した翌日、早速、王宮へ足を運ぶ。
事前に王宮への通行証が発行されていたため、それを提示して門をくぐった。
王宮へ足を踏み入れるのも五年ぶりであった。
ここにはまったく良い記憶がない。
一号や二号遺跡の調査ということがなければ、足も向けたくない場所だった。
でも、今回の遺跡の解放は、おそらく最初で最後の機会となるのではないかという話であった。
アレドリアの大学の教授方も、ひどく興奮していた。
二千年以上の歴史を持つ王国は、一度として戦火にあったこともなく、多くの遺跡がそのまま綺麗な状態で残されている。王国地下に広がる王家の禁所とされているその一号、二号遺跡も、ほとんど手つかずの状態で残されているのではないかと推測されていた。
王国に足を運べないアレドリアの学者達は、遺跡に入る予定のユーリスのことを羨んでいたし、自分に代わって色々と見て来てくれとせがまれていた。
父ジャクセンが、遺跡調査メンバーに入れてくれたことには感謝している。
そして彼はそれだけではなく、そのままこの王国に残って自分の仕事を手伝ってくれるよう望んでいる。だがユーリスは、遺跡調査を終えたのならサッサと王国を後にするつもりだった。
今日は遺跡に続く扉を開ける予定だった。
王宮下にある遺跡は、王宮のある一室の扉を開け、その地下へと続く階段を降りた先にある鉄扉を開けて入るのだ。
ぶ厚い鉄扉には、閂が下ろされ、封印されている。
何人もの屈強な男達が閂を持ちあげ、そして鉄扉も何人もの男達の手で開けなければ開くことの出来ない重量のあるものであった。
そこまでして、地下の遺跡を封じていることが不思議だった。
そもそも遺跡を禁所としているところも不思議である。別に何もない遺跡なら、そのまま放っておけばよいのに。わざわざその遺跡の上に新しい王宮を建てていることも不思議だった。
調査する学者と作業に携わる者達が揃ったところで、鉄扉が、王宮の近衛騎士達の手で開かれようとしている。屈強な騎士達が、顔を真っ赤にして大きな閂を持ち上げる。そしてそれを床に下ろす。
その様子を見て(私には絶対にあの閂は動かせないな……)とユーリスは思う。
持ち上げようとしても微動だにさせられないだろう。
その後、やはり「ふん」と声を発して、数名の近衛騎士達の手により、鉄扉が観音開きに開かれていく。ぶ厚い鉄の扉だった。
ゆっくりゆっくりと開かれていく扉の隙間から、ふいに冷たい風が吹きつけてきた。
扉が開かれていくことに、周囲の人々の歓声が上がる。
だがユーリスは、ひんやりとした冷たい風に、上着の前を締めて、無意識にブルリと身体を震わせていた。
王都にあるバンクール家の豪邸の門をくぐった時、そこには母と妹達が待ち構えていて、妹二人はユーリスに飛びついてきた。
「「お兄様」」
五年前、別れた時にはほんの子供のように見えていた妹のコレットとベアトリスは、五年が経って花が開くかのような美しい少女の姿に変わっていた。亜麻色の髪をした美しい少女達だった。
そして母のルイーズ。いつ見ても少女のように若々しい。彼女は目に涙をうっすらと浮かべ、ユーリスに微笑みを向けた。
「お帰りなさい、ユーリス」
五年前は慌ただしく王都を離れ、別れの挨拶もろくに出来なかった。母ルイーズの中には、息子のユーリスは騒動に巻き込まれた被害者であって、あっという間に目の前から消えてしまった記憶しかない。
「母上、ただ今帰りました」
ルイーズにも抱き締められる。
ユーリスは、ルイーズの背を遥かに越えて大きかった。彼は少年から青年へと変わってしまっていた。その事実にもルイーズは少しばかりショックを受ける。父親であるジャクセンによく似た美貌の青年だった。
だが、それを口にすることなく、ルイーズは笑みを浮かべながら言った。
「さぁ、屋敷の中へ入って頂戴。今日からこの屋敷に泊まってくれるのでしょう?」
ユーリスは首を振る。
「いいえ、調査メンバーは、王都の宿に分散して宿泊することになっています。私も宿に泊まるつもりです」
母達にも、ユーリスは自分が王都の地下遺跡の調査メンバーに加わった話はしてあった。すっかり息子が遺跡に夢中になり、今ではひとかどの学者として生活していることに戸惑いもあった。
「……そうなの」
母ルイーズも、妹二人も眉をハの字にして、ひどく悲しそうな顔をしていた。
ユーリスは、わざと陽気な声を上げ、妹二人と母の背を押して屋敷の中へと入った。
「皆にお土産を買ってきました。コレットとベアトリスにはレースのハンカチとブローチ、香水です。母上にも手袋とショールを買ってきています。いい品だと思いますが、是非見てやってください」
そのユーリスの言葉に、母ルイーズとコレット、ベアトリスは頷き、笑みを浮かべながらも、ユーリスが王都の宿に泊まることには承服しかねるといった様子を見せていた。
だがユーリスは、どんなに母と妹達にせがまれても、バンクールの王都の屋敷に泊まるつもりはなかった。
屋敷に泊まったならば、きっと父ジャクセンに、バンクール商会の跡取りとしての自覚を延々と説かれ続けることになることが分かっていたからだ。想像するだけでもうんざりする。
だから彼は、少し早めの夕食を母や妹達と一緒に取った後は、父親が仕事から帰宅する前に屋敷を後にしていた。父ジャクセンへのお土産も購入していたが、それは母へ預けてしまったのである。
王都に到着した翌日、早速、王宮へ足を運ぶ。
事前に王宮への通行証が発行されていたため、それを提示して門をくぐった。
王宮へ足を踏み入れるのも五年ぶりであった。
ここにはまったく良い記憶がない。
一号や二号遺跡の調査ということがなければ、足も向けたくない場所だった。
でも、今回の遺跡の解放は、おそらく最初で最後の機会となるのではないかという話であった。
アレドリアの大学の教授方も、ひどく興奮していた。
二千年以上の歴史を持つ王国は、一度として戦火にあったこともなく、多くの遺跡がそのまま綺麗な状態で残されている。王国地下に広がる王家の禁所とされているその一号、二号遺跡も、ほとんど手つかずの状態で残されているのではないかと推測されていた。
王国に足を運べないアレドリアの学者達は、遺跡に入る予定のユーリスのことを羨んでいたし、自分に代わって色々と見て来てくれとせがまれていた。
父ジャクセンが、遺跡調査メンバーに入れてくれたことには感謝している。
そして彼はそれだけではなく、そのままこの王国に残って自分の仕事を手伝ってくれるよう望んでいる。だがユーリスは、遺跡調査を終えたのならサッサと王国を後にするつもりだった。
今日は遺跡に続く扉を開ける予定だった。
王宮下にある遺跡は、王宮のある一室の扉を開け、その地下へと続く階段を降りた先にある鉄扉を開けて入るのだ。
ぶ厚い鉄扉には、閂が下ろされ、封印されている。
何人もの屈強な男達が閂を持ちあげ、そして鉄扉も何人もの男達の手で開けなければ開くことの出来ない重量のあるものであった。
そこまでして、地下の遺跡を封じていることが不思議だった。
そもそも遺跡を禁所としているところも不思議である。別に何もない遺跡なら、そのまま放っておけばよいのに。わざわざその遺跡の上に新しい王宮を建てていることも不思議だった。
調査する学者と作業に携わる者達が揃ったところで、鉄扉が、王宮の近衛騎士達の手で開かれようとしている。屈強な騎士達が、顔を真っ赤にして大きな閂を持ち上げる。そしてそれを床に下ろす。
その様子を見て(私には絶対にあの閂は動かせないな……)とユーリスは思う。
持ち上げようとしても微動だにさせられないだろう。
その後、やはり「ふん」と声を発して、数名の近衛騎士達の手により、鉄扉が観音開きに開かれていく。ぶ厚い鉄の扉だった。
ゆっくりゆっくりと開かれていく扉の隙間から、ふいに冷たい風が吹きつけてきた。
扉が開かれていくことに、周囲の人々の歓声が上がる。
だがユーリスは、ひんやりとした冷たい風に、上着の前を締めて、無意識にブルリと身体を震わせていた。
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