上 下
445 / 711
外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第二章 黄金竜の雛の番

第一話 過去の夢と、帰国を促す手紙

しおりを挟む
「…………私は別れたくない」

 ユーリスの婚約者アンジェラは、目に涙をいっぱい浮かべてそう言った。

 国を離れる前、彼女へ最後の別れを告げるため、会うことにした。
 彼女との婚約を解消することは決定事項だった。両親達はすでに話し合い、手続きは粛々と進められていた。
 彼女の家は、残念だが婚約解消を受け入れると述べた。
 王家の王子達の関わる話で、このまま王都にユーリスが残り続けるとマズいことになると理解していたからだ。ほとぼりが冷めるまで、ユーリスは王都から離れ、国を離れる。どれくらい時間が経てば戻って来られるか分からない。彼女の為にも、一度婚約を解消しようという話になった。

 でも、彼女は言った。

「それに、シルヴェスター殿下はいなくなってしまったのでしょう? ユーリス、それなら私と婚約を解消する必要はないじゃない」

 アンジェラはそう言って、しがみついてくる。

「私は待ちたい。ユーリス、貴方が好きなの」

 情熱をぶつけられる。
 それに応えられたらどんなに楽なのだろうと思う。
 彼女の手を取ることができたのなら。

 

 あの後、ユーリスは冒険者ギルドに依頼して、シルヴェスターと冒険者ダンカンの行方を探らせた。
 しかし、彼らの行方を知ることは出来なかった。
 父ジャクセンの話した通り、彼らはこの国を離れ、どこか遠くへ旅立ってしまった。
 ダンカンは彼の率いるクランを引き連れて旅立っていた。

 本当は、ユーリスは、今もシルヴェスターの後を追いかけていきたい気持ちがある。
 でも、追いかけようにもシルヴェスターの行方が分からない。

 自分も一緒に連れて行って欲しかった。何故、自分を置いていったのかと、恨みがましい感情も渦巻いていた。
 あれほど、自分のことを彼は愛してくれていたのに。
 結局、シルヴェスターが全てのしがらみから完全に自由になるためには、自分も置いていかざるを得なかったのではないかという結論に至り、心は暗く沈んでしまう。シルヴェスターはこれで自由になれた。どこへでも行けるし、何にでもなれる。そのためには、全てを捨てる必要があったのだ。


 ユーリスはアンジェラの身体を強く抱きしめ、それから彼女の額に口づけた。

「もう私は行かなければならない。アンジェラ、私を待たなくていいから」

 アンジェラは目を閉じた。
 その言葉で、もはやユーリスの心に自分への想いはないことを悟ったのだ。

 シルヴェスター王子とユーリスが惹かれ合っていたことを、アンジェラは感じ取っていた。
 それでも、アンジェラはユーリスが好きだった。
 なのに、彼はシルヴェスター王子を失い、今や、アンジェラの手も離そうとしている。

「…………ユーリス」

「さよならだ」











 カーテンの隙間から日差しが差し込んでくる。
 寝台の上でユーリスは身を起こした。
 
 かつて、彼の婚約者だった赤い髪の少女の夢を見た。
 五年前、目に一杯の涙を浮かべて、すがりついてきた少女。
 その手を離したのはユーリスだった。そのことに後悔はない。

 今になって彼女の夢を見たのは、彼女が子供を産んだという話を耳にしたからだ。
 王国を離れたユーリスは、アンジェラとの婚約を解消した。そしてアンジェラは、三年前、ユーリスの従兄と結婚した。アンジェラは実家のフェルプス商会のため、ユーリスの従兄でやはりバンクール商会に勤める若者と、商会長の父親ジャクセンの仲立ちの元、結婚したのだ。
 
 あの後、ユーリスはアレドリア王国へ渡り、彼を呼び寄せてくれたナウマン教授の元で研究に励んだ。アレドリア王国へ向かうまでの道中、そしてアレドリア王国へ渡ってからも、ユーリスのそばには複数の護衛が張りついていた。
 富豪で有名なバンクール商会の一人息子の身が、誘拐などの事件に巻き込まれることを父親が案じて手配したのだろうと周囲は見ていた。だが、それだけではないことをユーリスは知っていた。

 父は、ユーリスがシルヴェスター王子の跡を追って出奔しないように見張りをつけていたのだ。

(殿下の行方を私は知らない。だから追うこともできない。父上の心配は無用だ)
 
 もしかしたら、ユーリスが冒険者ギルドにシルヴェスター王子の行方を調べさせている時にも、父は王子の行方を知られないように、依頼結果に介入していたかも知れない。疑えばキリがなかった。そして父親ジャクセンはそうしたことをやりかねない性格をしていた。
 
 でも結局、ユーリスがアレドリア王国へ渡った後も、いくら調べさせてもシルヴェスターの行方を知ることは出来なかった。その苛立ちと焦燥をぶつけるように研究に邁進したユーリスは、業績を上げ、ナウマン教授の下で研究者として独り立ちが出来るまでになっていた。

 国を離れてから、早、五年が経っていた。
 国を離れた時、十六歳の少年であったユーリスは、今や二十一歳の若者になっていた。

 そして最近になって、父ジャクセンから国へ帰って来るよう催促する手紙が届いていた。
 正直、今となっては、ユーリスの中には国へ帰る気持ちはなかった。
 ジャクセンは、一人息子のユーリスを、商会の跡取りにするつもりであったし、ユーリスも少年の頃は父親が敷いたレールの上を歩むことに対して全く迷いは無かった。尊敬する父親の跡を継ぐのは当然だという気持ちもあった。

 でも、今となっては、もはや、その気持ちはない。
 むしろ、遺跡の研究や古書の解読をすることは楽しい。研究をしている時は、何もかも忘れて没頭することができる。だから、父には国へ帰るつもりはないと返事を出した。

 父ジャクセンは当然、激怒した。

 今まで送っていた仕送りを打ち切ると言われたが、別に打ち切られてもユーリスは困らなかった。
 すでにアレドリアで研究者として相応の働きを見せていたユーリスは、給金を得ていた。贅沢さえしなければ自分一人の身を養っていくことは出来る。
 むしろ、自分のような仕事への情熱を持たぬ人間が父の跡を継ぐのはふさわしくない。
 父の兄弟にでも継がせれば良いと思っている。

 何度も国へ帰ってくるよう催促する手紙に、ユーリスが辟易し始めた頃、ある時、ジャクセンは手紙の中でこう述べた。

『王宮下の一号遺跡と二号遺跡の調査が始まる。お前が興味あるのなら、調査員に加えてもらっても良い』

 正直、その遺跡には強い興味があった。
 なにせ一号遺跡と二号遺跡は、王家の禁所と呼ばれる場所で、鉄のぶ厚い扉に固く閉ざされ、二千年以上開かれたことがないという場所だった。その遺跡が初めて開かれるのである。学者として興味を持たないはずがなかった。

(それに……)

 ユーリスは、自分がまだ少年だった頃、寮で同室だったシルヴェスター王子にその遺跡のことを尋ねたことがあった。彼は確かにそうした場所が王宮下に存在していることを教えてくれた。遺跡に興味を持ち始めていたユーリスが、なんとかその遺跡に忍び込みたいと言うと、彼は笑ったのだ。

 過去の楽しい思い出を振り切るように、ユーリスは軽く頭を振る。
 父ジャクセンは、ユーリスが王国へ戻れば、遺跡調査の一員に加えられるように働きかけるという。

 もう王国の土は踏まないつもりだったが、五年前、国を離れる時、母や妹達に対して、ろくに挨拶もせずに離れたことを思い出した。今回のこの機会に、母や妹達に別れの挨拶をするのもいいだろうと思った。そして今回、国へ戻り、それからまた離れるなら、もう二度と戻ることはないと思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...