367 / 711
外伝 はじまりの物語 第一章 召喚された少年達と勇者の試練
第十九話 黒の魔人
しおりを挟む
勇者の鈴木と抱き合う雪也の二人を、王女コリーヌは見つめ、やがて二人のそばに近寄ってくる異世界人の三橋友親や委員長の石野凛を眺めていた。
勇者鈴木は、女神様から与えられた試練を乗り越えた。
これから城へ戻り、城に残っている仲間達と合流して、それから女神様に、元の世界へ戻らせてもらうと話していた。
それが、勇者鈴木の願いであり、おそらく彼の仲間達全員の願いでもあるだろう。
試練を乗り越えた後は、彼らは元の世界へ帰還するだけだ。
コリーヌ王女は、無事に鈴木達が試練を果たしたことに内心ホッとしていた一方、先刻、鈴木が倒した“黒の魔人”の最期の姿に、なんとも言えぬものを感じていた。
木の一本も生えぬ、大きな岩ばかりゴロゴロと転がる荒涼とした大地に、その“黒の魔人”は棲んでいた。
獣のように漆黒の剛毛に覆われた人型のその魔人は、勇者達の姿を見た時、キェェェェェと絶叫するような声を上げて、地面を蹴って駆けてきた。
その魔人は時々、この地から離れた村に降りていっては、家畜を襲う。そして鍬や鋤を手に、魔人を倒しにやってくる村人達を傷つけている。その魔人は遠い昔から、この僻地に棲み続け、人々に害を与えているという。
勇者が村に立ち寄った時も、「どうぞあの黒いケダモノを退治して下さい」と村長をはじめ村人達は懇願していた。
元からそのつもりの勇者の鈴木は頷いていた。
そして対峙した“黒の魔人”
驚いたことに、王女コリーヌや騎士達の剣は、まったくその漆黒の剛毛にはじかれて、通る様子もなく、その身に傷一つつけることが出来なかった。魔術師達は呪文を唱え、“黒の魔人”に攻撃魔法をぶつけるが、それもまたパッと四散してしまう。
誰もその“黒の魔人”を傷つけることは出来ないのではないかと思った。だが、勇者の振り上げた“勇者の剣”の刃が“黒の魔人”に触れた時、スッと一本の傷が走り、そこから血がポタポタと流れ落ちた。
そのことに、“黒の魔人”は驚いて一瞬動きを止める。
それから、勇者鈴木を見て、抵抗を止めた。
抵抗を止めたのだ。
今思い返しても、王女コリーヌは“黒の魔人”のそれからの行動が理解できなかった。
それまで走り回り、飛び回っていた“黒の魔人”ははたと動きを止めて立ち止まり、鈴木の振り上げた剣をその身に受け止める。ザックリと肩から体に埋まったその剣で、大量の血が地面に流れ落ちて、真っ赤に染める。
次の瞬間、“黒の魔人”の身体を覆っていた真っ黒い毛がバッサリと落ちて、肌を露わにし、そして砂のようにその体は崩れ去った。
あとは吹いてくる風に、砂が流されていくだけだった。
騎士達は歓声を上げる。
勇者の名を呼び、魔人を倒した偉業を称える。
鈴木は少しばかり考え込むような様子で、魔人の身体が砂のように消えた場所を見つめていたが、やがて気を取り直すように顔を上げていた。
コリーヌ王女は、勇者鈴木のそばに近寄る。
「やりましたね」
「ええ、ありがとうございます」
コリーヌ王女も、勇者鈴木もそのことに気が付いていたが、何も言わなかった。
そしてこれから先も、そのことを口にすることは決してないだろうと思っていた。
“黒の魔人”が砂と化す数秒前に、漆黒の体毛が抜け落ち、その身が露わになった時、彼の顔は目鼻立ちのハッキリとしない、鈴木達と同じ“異世界人”の容貌をしていた。
その姿が見えたのは一瞬だった。
コリーヌ王女は思う。
もしかして“黒の魔人”は、異世界からやってきた人間で、彼は異世界へ戻ろうと“転移魔法”を使って失敗して、何かと合体してあのような姿になってしまったのではないかと。
人里離れた場所で、人間とはかけ離れた姿で長い歳月、生き続けていたのではないかと。
剣の刃の全く通らない体、魔法の通じない体では、幾ら村人達が討伐しようとしても倒せず、冒険者達に依頼したとしても、無理だったろう。あの恐ろしい姿も彼が“黒の魔人”と呼ばれる原因になったことだろう。
女神様がどうして勇者の鈴木にその試練を与えたのか。
それはきっと、勇者の持つ“勇者の剣”でしか、あの魔人を倒せないことが分かっていたからだ。
“黒の魔人”の討伐は、長年に渡る村人達の痛切な願いであっただろう。
それを女神様は叶えた。
でも、コリーヌ王女はその女神様の慈悲深い行いに、初めて疑問を抱いたのだ。
抵抗をみせなかった“黒の魔人”
彼が、もし、勇者の鈴木達と同じ異世界人であったのなら。
同郷の者に、理由も告げず、ただ殺させただけなのではないかと。
けれど、コリーヌ王女はそのことを一切口にすることなく、また鈴木も言葉にすることはなかった。
今更それを口にして何になるだろう。
これから勇者は元の世界に戻り、コリーヌ王女はそれを見送る立場である。
それ以上知ることは不要だった。仮に調べようとしても、調べる手段はなく“黒の魔人”の真相を知ることは出来ない。
真相は、闇の中なのである。
勇者鈴木は、女神様から与えられた試練を乗り越えた。
これから城へ戻り、城に残っている仲間達と合流して、それから女神様に、元の世界へ戻らせてもらうと話していた。
それが、勇者鈴木の願いであり、おそらく彼の仲間達全員の願いでもあるだろう。
試練を乗り越えた後は、彼らは元の世界へ帰還するだけだ。
コリーヌ王女は、無事に鈴木達が試練を果たしたことに内心ホッとしていた一方、先刻、鈴木が倒した“黒の魔人”の最期の姿に、なんとも言えぬものを感じていた。
木の一本も生えぬ、大きな岩ばかりゴロゴロと転がる荒涼とした大地に、その“黒の魔人”は棲んでいた。
獣のように漆黒の剛毛に覆われた人型のその魔人は、勇者達の姿を見た時、キェェェェェと絶叫するような声を上げて、地面を蹴って駆けてきた。
その魔人は時々、この地から離れた村に降りていっては、家畜を襲う。そして鍬や鋤を手に、魔人を倒しにやってくる村人達を傷つけている。その魔人は遠い昔から、この僻地に棲み続け、人々に害を与えているという。
勇者が村に立ち寄った時も、「どうぞあの黒いケダモノを退治して下さい」と村長をはじめ村人達は懇願していた。
元からそのつもりの勇者の鈴木は頷いていた。
そして対峙した“黒の魔人”
驚いたことに、王女コリーヌや騎士達の剣は、まったくその漆黒の剛毛にはじかれて、通る様子もなく、その身に傷一つつけることが出来なかった。魔術師達は呪文を唱え、“黒の魔人”に攻撃魔法をぶつけるが、それもまたパッと四散してしまう。
誰もその“黒の魔人”を傷つけることは出来ないのではないかと思った。だが、勇者の振り上げた“勇者の剣”の刃が“黒の魔人”に触れた時、スッと一本の傷が走り、そこから血がポタポタと流れ落ちた。
そのことに、“黒の魔人”は驚いて一瞬動きを止める。
それから、勇者鈴木を見て、抵抗を止めた。
抵抗を止めたのだ。
今思い返しても、王女コリーヌは“黒の魔人”のそれからの行動が理解できなかった。
それまで走り回り、飛び回っていた“黒の魔人”ははたと動きを止めて立ち止まり、鈴木の振り上げた剣をその身に受け止める。ザックリと肩から体に埋まったその剣で、大量の血が地面に流れ落ちて、真っ赤に染める。
次の瞬間、“黒の魔人”の身体を覆っていた真っ黒い毛がバッサリと落ちて、肌を露わにし、そして砂のようにその体は崩れ去った。
あとは吹いてくる風に、砂が流されていくだけだった。
騎士達は歓声を上げる。
勇者の名を呼び、魔人を倒した偉業を称える。
鈴木は少しばかり考え込むような様子で、魔人の身体が砂のように消えた場所を見つめていたが、やがて気を取り直すように顔を上げていた。
コリーヌ王女は、勇者鈴木のそばに近寄る。
「やりましたね」
「ええ、ありがとうございます」
コリーヌ王女も、勇者鈴木もそのことに気が付いていたが、何も言わなかった。
そしてこれから先も、そのことを口にすることは決してないだろうと思っていた。
“黒の魔人”が砂と化す数秒前に、漆黒の体毛が抜け落ち、その身が露わになった時、彼の顔は目鼻立ちのハッキリとしない、鈴木達と同じ“異世界人”の容貌をしていた。
その姿が見えたのは一瞬だった。
コリーヌ王女は思う。
もしかして“黒の魔人”は、異世界からやってきた人間で、彼は異世界へ戻ろうと“転移魔法”を使って失敗して、何かと合体してあのような姿になってしまったのではないかと。
人里離れた場所で、人間とはかけ離れた姿で長い歳月、生き続けていたのではないかと。
剣の刃の全く通らない体、魔法の通じない体では、幾ら村人達が討伐しようとしても倒せず、冒険者達に依頼したとしても、無理だったろう。あの恐ろしい姿も彼が“黒の魔人”と呼ばれる原因になったことだろう。
女神様がどうして勇者の鈴木にその試練を与えたのか。
それはきっと、勇者の持つ“勇者の剣”でしか、あの魔人を倒せないことが分かっていたからだ。
“黒の魔人”の討伐は、長年に渡る村人達の痛切な願いであっただろう。
それを女神様は叶えた。
でも、コリーヌ王女はその女神様の慈悲深い行いに、初めて疑問を抱いたのだ。
抵抗をみせなかった“黒の魔人”
彼が、もし、勇者の鈴木達と同じ異世界人であったのなら。
同郷の者に、理由も告げず、ただ殺させただけなのではないかと。
けれど、コリーヌ王女はそのことを一切口にすることなく、また鈴木も言葉にすることはなかった。
今更それを口にして何になるだろう。
これから勇者は元の世界に戻り、コリーヌ王女はそれを見送る立場である。
それ以上知ることは不要だった。仮に調べようとしても、調べる手段はなく“黒の魔人”の真相を知ることは出来ない。
真相は、闇の中なのである。
22
お気に入りに追加
3,602
あなたにおすすめの小説
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる