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外伝

再会のために (4)

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 カルフィー魔道具店の三橋友親は、それからすぐに店の金属加工をする職人に、花の形の型を作ってくれるように依頼した。絵の得意な友親は、金属型の形はもちろんのこと、サイズや厚みなどもきちんと図面に起こして指示してくれる。曖昧な指示をされることはないので、職人としては仕事を引き受けやすかった。

 職人達のいる部屋に、三橋友親が入り、そこから出てきたところで、ルティ魔術師が友親を見つけてすぐに近寄って来た。

「トモチカ、来たのなら私のところにも寄ってくれればいいのに」

 ルティは痩身の三十代の魔術師である。
 三橋友親が彼と出会った時から、七年ほど時間は経っているが、あまり外見は変わっていない気がした。

 アレドリア王国の魔術師ギルド所属の優秀な上級魔術師であったルティは、アレドリア王国がサトー王国から攻め込まれ、壊滅的な攻撃を受けた時、幸いなことに三橋友親達と共にいたことから、命を落とすことも怪我を負うこともなかった。
 ただ、その時、ルティ魔術師は三橋友親に逆らうことが許されない“下僕”状態に置かれていたのだ。その状態になったルティを置いていくことが出来ず、アレドリア王国から連れ出したことで、ルティ魔術師は九死に一生を得たといえる。

(まったく何が幸いするのか分からないな)

 友親はそんなことを思う。

 もしルティ魔術師がアレドリア王国内に留まっていたのなら、サトー王国軍の魔族達の攻撃は、魔術師達に対して特に集中して行われたと聞いているため、ルティ魔術師が命を落としていた可能性は高いだろう。
 その後、サトー王国のサトー国王はラウデシア王国のアルバート王子の手によって討たれた。
 大陸に版図を広げていたサトー王国は、強大な力を持つ国王の死で瓦解する。
 アレドリア王国も、復興の道を進むようになったところで、三橋友親はルティ魔術師に言ったのだ。

「お前、俺の“下僕”やめて、国へ戻ってもいいんじゃないのか。お前が戻りたいなら、俺はお前を解放するぞ」

 三橋友親は、吸血鬼の能力で、ルティ魔術師を“下僕”にした。“下僕”にすることで、親友の沢谷雪也への追求を止めさせた。異世界人からの転生者で、今はラウデシア王国の紫竜であるルーシェを、アレドリア王国の魔術師達が詮索すると困るからだ。ルーシェを守るために、友親が勝手にやったことだった。

 しかし、今やアレドリア王国は壊滅的なダメージを受けている。紫竜ルーシェを追う力も失っている。ルティ魔術師をカルフィー魔道具店に留めておく理由は無くなったのだ。アレドリア王国の魔術師ギルドが健在なら、ルティ魔術師をアレドリア王国へ帰すことは出来ないと思っていたが、そうではなくなった。解放すれば、当然、ルティ魔術師は母国アレドリアへ喜んで帰還すると友親は考えていた。

 しかし、ルティ魔術師はそれを拒否した。

 アレドリア王国にいる時よりも、カルフィー魔道具店にいる方が、遥かにルティ魔術師にとって環境が良い。欲しい書籍も、道具も、望めば友親が潤沢な資金を提供してくれた。叶わない願いはなかった。そして何よりも、友親が提供してくれる桁外れに膨大な“魔素”がルティ魔術師の研究を捗らせた。
 今、破壊し尽くされたアレドリア王国に戻っても、このカルフィー魔道具店にいる時ほど研究に打ち込む環境は用意出来ないだろう。それならばこのカルフィー魔道具店にいて、魔術の研究を進めていた方が良いのだ。

 まさか、カルフィー魔道具店に留まるとルティ魔術師から言われるとは思ってもみなかった三橋友親は、唖然としていた。

「おまえ、自分の国に戻った方がいいんじゃないのか!! お前の祖国だろうが!!」

 何故か友親の方が、強くそう説得しようとしてしまうくらいだった。
 それにルティ魔術師は、少しばかり頬を染めてこうも言った。

「確かにアレドリア王国は私の祖国です。でも今は、トモチカ、貴方のそばにいたいんです」

 そう言ってつっと手を伸ばして友親の手を握ろうとしたものだから、友親は逆上していた。

「お前、何言ってるんだ!! もう“下僕”状態を解くからな!!」

 そうして三橋友親はルティ魔術師の“下僕”状態を解いたのに、なのにまだルティ魔術師はカルフィー魔道具店に、三橋友親のそばにいると言うのだった。

 友親は言う。

「お前を“下僕”にしたから、お前はおかしくなっているんだ。だいたい“吸血”するとエッチな気分になるから」

「でも貴方は一度だって、私としようとしたことはないじゃないですか」

 そう。
 ルティ魔術師が友親に吸血されて、身を高ぶらせても、これまで友親は一度としてルティ魔術師とそうした行為をしたことはない。

「……無理やり、そういうことはするものじゃない」

「私が、して欲しいと言っても?」

 自分達が際どい会話をしていることに気が付いた友親は、顔をしかめる。
 こんな会話を自分とルティがしていることを、ケイオスやカルフィーが知ったのなら、二人はルティをどうにかしてしまうかも知れない。危険すぎる。

「お前は俺の“下僕”で逆らえなかったから、俺に“吸血”されていたから、おかしくなったんだ。俺に好意を持っていたとしても、それは作られた好意だ。お前の本心じゃない」

 ルティは振り払おうとする友親の手を握る。
 そして、滔々と語り始めた。

「サトーを倒す時、貴方が私に命じて、私にあの男を魔法防壁で閉じ込めさせ、あの場から決して逃がさないようにさせた。貴方が本当の、サトー討伐の立役者だということを誰も知らない」

「他人に知られていいことなど何もない」

「ラウデシア王国のアルバート王子は討伐を為した勇者として、万民から尊ばれるべきでしょう。でも、私は貴方がいたからこそ、それが成し遂げられたことを知っています。そして貴方がそれを他人に知られないようにしていることも知っています」

 他人に知られないようにしていることを知っている。

 その言葉に友親は、ルティを睨みつけた。

「お前は俺を脅すのか」

「違います」

 ルティは即座に首を振った。

「貴方を脅すなんてとんでもない!! 貴方はあれほどの働きを見せながらも影であることを望み、“下僕”状態にある私に無体を強いることなく、私を自由にしてくれる。私はあの時から、奥ゆかしい貴方に夢中なのです」

 そんなことを言われた三橋友親の茶色の目は、大きく開き切っていた。

「もう、お前、アレドリア王国に帰れ!!!!」




 そんな会話を七年前にした三橋友親とルティ魔術師。
 結局、ルティは解放されても友親のそばにいることを望み、今も彼はカルフィー魔道具店にいるのだった。今の状況は、まったく友親には想像も出来なかった状況であった。
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