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第十六章 心地良い場所

第一話 残された者の頭の痛い日々

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 時は遡る。
 アルバート王子と紫竜ルーシェが、まだサトー王国のサトー国王を倒す前の話である。

 ラウデシア王国竜騎兵団長ウラノスは、伴侶であるエイベル副騎兵団長が九騎の騎兵と騎竜達を率いて西方のハルヴェラ王国へ出立した後、現在、サトー王国の支配下にある旧ザナルカンド王国への出兵準備を進めつつも、同時に頭の痛い二つの事態に直面していた。

 一つ目は、第一王子リチャードの件である。
 世継ぎの君たるこの王子は、なんと自分の弟である七番目の王子アルバートの伴侶シアン(もといルーシェ)に懸想して、頻繁に文や見舞いの品を送ってくる。そして何とかシアンを王宮へ呼びよせようと、アルバート王子不在の中では、竜騎兵団長ウラノスに対して連絡してくるのだ。
 
「シアンは体調が悪く、とても王宮へ足を運ぶことは出来ない」

 そう伝えたならば、今度はリチャード王子自身が王都より遠く離れた竜騎兵団に見舞いのため足を運ぶと言い出している。
 魔族の襲撃で、王都の四分の一が破壊されるという惨事の中、王都や騎士団の再建で忙しいはずなのに、国を率いる王家の者がそんな戯言を口にするとは、次期王に就く者としてあるまじき行為である。ウラノス竜騎兵団長はリチャード王子に対して呆れと反感を覚えると同時に、そこまでシアン(もといルーシェ)に心を奪われているのかと、紫竜ルーシェの“呪い”のように人心を惹き付ける美貌の威力に怖れすら覚えていた。
 ルーシェの伴侶たるアルバート王子は、ルーシェのまことの姿を人前では晒さないようにしていたが、それが正解であろう。小さな竜や、ほんの幼い子供の姿で人前に現れるルーシェ。それはそれでとても愛らしく、そんな小さなルーシェを、アルバート王子はとても可愛がっており、そしてルーシェ自身も王子を慕っていた。

 竜騎兵団の者達は、この一組のカップルを温かく見守り、いつまでも二人が仲睦まじく平和で暮らせるように願っていた。なのに、世継ぎの君たる第一王子が横恋慕とは。まったくもって頭が痛い事態であった。


 そして最近では、竜騎兵団にも設置された“遠話魔道具”を使って、第一王子リチャードは連絡を入れてくるようになった。
 “遠話魔道具”とは、つい先日カルフィー魔道具店が開発した最新鋭の魔道具である。従来、高位の魔術師がいなければ、遠い場所の相手に声を届けることは出来なかった。それがこの“遠話魔道具”があれば、事前に通話先の登録が必要とはいえ、高位の魔術師がいなくても声を届けることが出来る。非常に画期的な魔道具であった。
 各国の王宮や重要機関への設置が進められ、当然、この竜騎兵団にも設置された。
 そのおかげで、伴侶のエイベル副騎兵団長が滞在先の国から、定時連絡を直接くれるようになったことは素晴らしいことだと思う(登録用の魔法紙をエイベル副騎兵団長は持ち運び、滞在先で“遠話魔道具”に差し入れて連絡をしている)。
 エイベル副騎兵団長は定時連絡を入れると同時に、常に、ウラノス騎兵団長に「団長に会えなくて寂しいです」と一言入れ、同席している竜騎兵達を赤面させていた。「何を馬鹿な事を」と言っている騎兵団長の耳が赤く染まっていることを、同じく同席している竜騎兵達は黙って見守っている。

 “遠話魔道具”により、竜騎兵団長と副騎兵団長の定時連絡のやりとりが直接出来るようになったことは素晴らしい。その素晴らしいことと同時に、その“遠話魔道具”により、王宮にいる第二王子アンリからも度々、ウラノス騎兵団長へ連絡が入ることになり、頭の痛い事態が報告されることになる。

 これが二つ目の頭の痛い事柄である。
 
 そう。第二王子アンリが、ウラノス騎兵団長に対して頻繁に連絡を入れるようになった原因は、紫竜ルーシェが“スライム”と呼んでいた緑色のドロリとした気味の悪い生き物が、ウラノス騎兵団長が懸念していた通り、大森林地帯の川を越えて流れ、王都近郊で大繁殖していたからだった。
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