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第十四章 招かれざる客人
第十八話 招かれざる客人(下)
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アルバート王子は小さな竜のルーシェを抱き上げたまま、王宮の客室へ戻った。
そしてそこに、リン王太子妃の女官メリッサが待ち構えるように立っていた。
「お帰りなさいませ。ご足労をお掛けしますが、お部屋替えのお願いに参りました」
アレドリア王国から魔術師ルティがやって来る。今までの客室からエイリッヒ王太子の宮の客室への引っ越しを勧められている。今の客室だと、ルティ魔術師の入る客室と距離が近いようなのだ。
アルバート王子は頷いて、すぐさま客室を移動させる。
元から持ってきた荷物も少ないため、移動も簡単である。
リン王太子妃の宮の客室には、後日やってくる三橋友親らが入るらしい。共にルティ魔術師の滞在する部屋とは距離をとるようにしていた。
新しい部屋に入ると、ほどなく憤慨した様子のリン王太子妃が現れた。
「……まさか、ルティ魔術師がしつこく追いかけてくるとは思ってもみなかったわ」
「ピルルゥ」
「ルーシェもしばらくの間、その小さな竜の姿のままの方がいいと思うわ。人の姿になっているとまた面倒なことになるでしょうから」
「ピル?(なんで?)」
リン王太子妃は小さな竜姿のルーシェの頭をなでなでとしながら言った。
「私の国にも色々と貴方の国の噂も入って来ているのよ。貴方の国の王子が、アルバート王子の伴侶にどうも想いを寄せているらしいとか」
「ピピピピピピッ(えええええええっ)」
国境を越えて遠いハルヴェラ王国までそんな噂話が届いているのかと、ルーシェは飛び上がって驚いていた。
「小さな竜から小さな子供に成れる。その小さな竜は大きな竜にも成れるとしたら」
「ああ、小さな子供ではなく、人の大人の姿にもなれるだろうと当然思われるな」
アルバート王子の答えに、リン王太子妃は頷いた。
「アルバート殿下の伴侶は、ルーシェでありながらも正式にはシオンという別の人間になっている。そのことにも理由があるのでしょう? なら、それを出来るだけ守るようにした方がいいのでしょうね」
アルバート王子は頷く。
ここ最近は煩わしくも思う、王家からの干渉、そして執着のためだ。
そしてルーシェは恐れている。五百年前の紫竜の娘。王宮に留められ、竜騎兵団へ戻ることのなかった竜騎兵と紫竜の娘の最期が、ルーシェの心を怯えさせていた。
「王宮の者達にも、小さな人の姿のルーシェのことは話さないように言っておきました。そして可能な限り、ルティ魔術師と会わないようにさせます」
「有難うございます」
アルバート王子は頭を下げ、ルーシェも頭をぺこりと下げた。
「友親達が来たら、皆で私と温泉のある場所に行きましょうか。そこでしばらくの間、過ごしておけば、きっとルティ魔術師も諦めて国へ戻ってくれるでしょう」
リン王太子妃の配慮が有難かった。
アレドリア王国からルティ魔術師が訪問するという話を聞いた時、リン王太子妃はその滞在に反対した。
それは王や重臣たちの並ぶ御前会議の場で、なされた話だった。
「ルティ魔術師と、先日から陛下の客人として滞在しているアルバート王子殿下との間に、過去、トラブルがありました。アルバート王子殿下が滞在している間は、ルティ魔術師を王宮に滞在させることは避けて頂きたい」
そのものズバリと言うリン王太子妃。
王と重臣たちは顔を見合わせた。
だが、王は戸惑ったような様子でこう言った。
「アレドリア国王からも是非、ルティ魔術師を滞在させて欲しい旨、頼まれているのだが。ハルヴェラ王国の王宮魔術師と交流を持ちたいというギルド長からの要請もある」
(糞、あの魔術師、国王に頼み込んだのか)
前回、リン王太子妃が「私の方が先に約束した」「私は王太子妃」「三橋友親の同意」というカードを切って、アルバート王子とルーシェ二人への、アレドリア王国魔術師ギルドへの招聘を阻止したのだ。そのことがよほどルティ魔術師の癪に障ったのだろう。
今度は、ルティ魔術師が「アレドリア国王」「魔術師ギルド長の要請」という強力なカードを切っていた。おまけにハルヴェラ国王は、アレドリア国王には立場的に弱いのだ。これは押し切られてしまうだろう。
リン王太子妃は(ぐぬぬぬぬぅ、なんて生意気な魔術師)と歯噛みする。
「…………ルティ魔術師が同時期に王宮に滞在するとなれば、ラウデシア王国国王の名代としてやって来たアルバート王子殿下に対して、失礼にあたるのではないかと、私は心配しております」
「…………」
リン王太子妃はフーと深く息をついた後、こう言った。
「それでは、アルバート王子殿下は、エイリッヒ王太子殿下の宮の客室に入り、ルティ魔術師とは一切会わないように取り計らわせて頂きます」
そこまでアルバート王子とルティ魔術師は仲が悪いのかと、王と重臣たちは騒めき、これまた顔を見合わせている。
「ルティ魔術師がアルバート王子殿下と連れの竜に会わないように、王宮の者達は最大限の配慮をして頂くようお願いしたいです」
ここまで言っておけば大丈夫だろうと、リン王太子妃は思って一気にそう言い放った。
そして当然、王と重臣達は「何故そこまでするのか。過去、アルバート王子とルティ魔術師の間には何があったのか」と疑問の声をぶつけたのだが、リン王太子妃は扇で口元を隠し、「私の口からはとても言えません……」と弱々しく答え、なおも王と重臣達を戸惑わせ、エイリッヒ王太子は吹き出しそうになるのを我慢するように口元を噤んでいた。
そしてそこに、リン王太子妃の女官メリッサが待ち構えるように立っていた。
「お帰りなさいませ。ご足労をお掛けしますが、お部屋替えのお願いに参りました」
アレドリア王国から魔術師ルティがやって来る。今までの客室からエイリッヒ王太子の宮の客室への引っ越しを勧められている。今の客室だと、ルティ魔術師の入る客室と距離が近いようなのだ。
アルバート王子は頷いて、すぐさま客室を移動させる。
元から持ってきた荷物も少ないため、移動も簡単である。
リン王太子妃の宮の客室には、後日やってくる三橋友親らが入るらしい。共にルティ魔術師の滞在する部屋とは距離をとるようにしていた。
新しい部屋に入ると、ほどなく憤慨した様子のリン王太子妃が現れた。
「……まさか、ルティ魔術師がしつこく追いかけてくるとは思ってもみなかったわ」
「ピルルゥ」
「ルーシェもしばらくの間、その小さな竜の姿のままの方がいいと思うわ。人の姿になっているとまた面倒なことになるでしょうから」
「ピル?(なんで?)」
リン王太子妃は小さな竜姿のルーシェの頭をなでなでとしながら言った。
「私の国にも色々と貴方の国の噂も入って来ているのよ。貴方の国の王子が、アルバート王子の伴侶にどうも想いを寄せているらしいとか」
「ピピピピピピッ(えええええええっ)」
国境を越えて遠いハルヴェラ王国までそんな噂話が届いているのかと、ルーシェは飛び上がって驚いていた。
「小さな竜から小さな子供に成れる。その小さな竜は大きな竜にも成れるとしたら」
「ああ、小さな子供ではなく、人の大人の姿にもなれるだろうと当然思われるな」
アルバート王子の答えに、リン王太子妃は頷いた。
「アルバート殿下の伴侶は、ルーシェでありながらも正式にはシオンという別の人間になっている。そのことにも理由があるのでしょう? なら、それを出来るだけ守るようにした方がいいのでしょうね」
アルバート王子は頷く。
ここ最近は煩わしくも思う、王家からの干渉、そして執着のためだ。
そしてルーシェは恐れている。五百年前の紫竜の娘。王宮に留められ、竜騎兵団へ戻ることのなかった竜騎兵と紫竜の娘の最期が、ルーシェの心を怯えさせていた。
「王宮の者達にも、小さな人の姿のルーシェのことは話さないように言っておきました。そして可能な限り、ルティ魔術師と会わないようにさせます」
「有難うございます」
アルバート王子は頭を下げ、ルーシェも頭をぺこりと下げた。
「友親達が来たら、皆で私と温泉のある場所に行きましょうか。そこでしばらくの間、過ごしておけば、きっとルティ魔術師も諦めて国へ戻ってくれるでしょう」
リン王太子妃の配慮が有難かった。
アレドリア王国からルティ魔術師が訪問するという話を聞いた時、リン王太子妃はその滞在に反対した。
それは王や重臣たちの並ぶ御前会議の場で、なされた話だった。
「ルティ魔術師と、先日から陛下の客人として滞在しているアルバート王子殿下との間に、過去、トラブルがありました。アルバート王子殿下が滞在している間は、ルティ魔術師を王宮に滞在させることは避けて頂きたい」
そのものズバリと言うリン王太子妃。
王と重臣たちは顔を見合わせた。
だが、王は戸惑ったような様子でこう言った。
「アレドリア国王からも是非、ルティ魔術師を滞在させて欲しい旨、頼まれているのだが。ハルヴェラ王国の王宮魔術師と交流を持ちたいというギルド長からの要請もある」
(糞、あの魔術師、国王に頼み込んだのか)
前回、リン王太子妃が「私の方が先に約束した」「私は王太子妃」「三橋友親の同意」というカードを切って、アルバート王子とルーシェ二人への、アレドリア王国魔術師ギルドへの招聘を阻止したのだ。そのことがよほどルティ魔術師の癪に障ったのだろう。
今度は、ルティ魔術師が「アレドリア国王」「魔術師ギルド長の要請」という強力なカードを切っていた。おまけにハルヴェラ国王は、アレドリア国王には立場的に弱いのだ。これは押し切られてしまうだろう。
リン王太子妃は(ぐぬぬぬぬぅ、なんて生意気な魔術師)と歯噛みする。
「…………ルティ魔術師が同時期に王宮に滞在するとなれば、ラウデシア王国国王の名代としてやって来たアルバート王子殿下に対して、失礼にあたるのではないかと、私は心配しております」
「…………」
リン王太子妃はフーと深く息をついた後、こう言った。
「それでは、アルバート王子殿下は、エイリッヒ王太子殿下の宮の客室に入り、ルティ魔術師とは一切会わないように取り計らわせて頂きます」
そこまでアルバート王子とルティ魔術師は仲が悪いのかと、王と重臣たちは騒めき、これまた顔を見合わせている。
「ルティ魔術師がアルバート王子殿下と連れの竜に会わないように、王宮の者達は最大限の配慮をして頂くようお願いしたいです」
ここまで言っておけば大丈夫だろうと、リン王太子妃は思って一気にそう言い放った。
そして当然、王と重臣達は「何故そこまでするのか。過去、アルバート王子とルティ魔術師の間には何があったのか」と疑問の声をぶつけたのだが、リン王太子妃は扇で口元を隠し、「私の口からはとても言えません……」と弱々しく答え、なおも王と重臣達を戸惑わせ、エイリッヒ王太子は吹き出しそうになるのを我慢するように口元を噤んでいた。
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