上 下
280 / 711
第十四章 招かれざる客人

第十八話 招かれざる客人(下)

しおりを挟む
 アルバート王子は小さな竜のルーシェを抱き上げたまま、王宮の客室へ戻った。
 そしてそこに、リン王太子妃の女官メリッサが待ち構えるように立っていた。

「お帰りなさいませ。ご足労をお掛けしますが、お部屋替えのお願いに参りました」

 アレドリア王国から魔術師ルティがやって来る。今までの客室からエイリッヒ王太子の宮の客室への引っ越しを勧められている。今の客室だと、ルティ魔術師の入る客室と距離が近いようなのだ。
 アルバート王子は頷いて、すぐさま客室を移動させる。

 元から持ってきた荷物も少ないため、移動も簡単である。
 リン王太子妃の宮の客室には、後日やってくる三橋友親らが入るらしい。共にルティ魔術師の滞在する部屋とは距離をとるようにしていた。

 新しい部屋に入ると、ほどなく憤慨した様子のリン王太子妃が現れた。

「……まさか、ルティ魔術師がしつこく追いかけてくるとは思ってもみなかったわ」

「ピルルゥ」

「ルーシェもしばらくの間、その小さな竜の姿のままの方がいいと思うわ。人の姿になっているとまた面倒なことになるでしょうから」

「ピル?(なんで?)」

 リン王太子妃は小さな竜姿のルーシェの頭をなでなでとしながら言った。

「私の国にも色々と貴方の国の噂も入って来ているのよ。貴方の国の王子が、アルバート王子の伴侶にどうも想いを寄せているらしいとか」

「ピピピピピピッ(えええええええっ)」

 国境を越えて遠いハルヴェラ王国までそんな噂話が届いているのかと、ルーシェは飛び上がって驚いていた。

「小さな竜から小さな子供に成れる。その小さな竜は大きな竜にも成れるとしたら」

「ああ、小さな子供ではなく、人の大人の姿にもなれるだろうと当然思われるな」

 アルバート王子の答えに、リン王太子妃は頷いた。

「アルバート殿下の伴侶は、ルーシェでありながらも正式にはシオンという別の人間になっている。そのことにも理由があるのでしょう? なら、それを出来るだけ守るようにした方がいいのでしょうね」

 アルバート王子は頷く。
 ここ最近は煩わしくも思う、王家からの干渉、そして執着のためだ。
 そしてルーシェは恐れている。五百年前の紫竜の娘。王宮に留められ、竜騎兵団へ戻ることのなかった竜騎兵と紫竜の娘の最期が、ルーシェの心を怯えさせていた。

「王宮の者達にも、小さな人の姿のルーシェのことは話さないように言っておきました。そして可能な限り、ルティ魔術師と会わないようにさせます」

「有難うございます」

 アルバート王子は頭を下げ、ルーシェも頭をぺこりと下げた。

「友親達が来たら、皆で私と温泉のある場所に行きましょうか。そこでしばらくの間、過ごしておけば、きっとルティ魔術師も諦めて国へ戻ってくれるでしょう」

 リン王太子妃の配慮が有難かった。



 アレドリア王国からルティ魔術師が訪問するという話を聞いた時、リン王太子妃はその滞在に反対した。
 それは王や重臣たちの並ぶ御前会議の場で、なされた話だった。

「ルティ魔術師と、先日から陛下の客人として滞在しているアルバート王子殿下との間に、過去、トラブルがありました。アルバート王子殿下が滞在している間は、ルティ魔術師を王宮に滞在させることは避けて頂きたい」

 そのものズバリと言うリン王太子妃。
 王と重臣たちは顔を見合わせた。
 だが、王は戸惑ったような様子でこう言った。

「アレドリア国王からも是非、ルティ魔術師を滞在させて欲しい旨、頼まれているのだが。ハルヴェラ王国の王宮魔術師と交流を持ちたいというギルド長からの要請もある」

(糞、あの魔術師、国王に頼み込んだのか)

 前回、リン王太子妃が「私の方が先に約束した」「私は王太子妃」「三橋友親の同意」というカードを切って、アルバート王子とルーシェ二人への、アレドリア王国魔術師ギルドへの招聘を阻止したのだ。そのことがよほどルティ魔術師の癪に障ったのだろう。
 今度は、ルティ魔術師が「アレドリア国王」「魔術師ギルド長の要請」という強力なカードを切っていた。おまけにハルヴェラ国王は、アレドリア国王には立場的に弱いのだ。これは押し切られてしまうだろう。
 リン王太子妃は(ぐぬぬぬぬぅ、なんて生意気な魔術師)と歯噛みする。

「…………ルティ魔術師が同時期に王宮に滞在するとなれば、ラウデシア王国国王の名代としてやって来たアルバート王子殿下に対して、失礼にあたるのではないかと、私は心配しております」

「…………」

 リン王太子妃はフーと深く息をついた後、こう言った。

「それでは、アルバート王子殿下は、エイリッヒ王太子殿下の宮の客室に入り、ルティ魔術師とは一切会わないように取り計らわせて頂きます」

 そこまでアルバート王子とルティ魔術師は仲が悪いのかと、王と重臣たちは騒めき、これまた顔を見合わせている。

「ルティ魔術師がアルバート王子殿下と連れの竜に会わないように、王宮の者達は最大限の配慮をして頂くようお願いしたいです」

 ここまで言っておけば大丈夫だろうと、リン王太子妃は思って一気にそう言い放った。
 そして当然、王と重臣達は「何故そこまでするのか。過去、アルバート王子とルティ魔術師の間には何があったのか」と疑問の声をぶつけたのだが、リン王太子妃は扇で口元を隠し、「私の口からはとても言えません……」と弱々しく答え、なおも王と重臣達を戸惑わせ、エイリッヒ王太子は吹き出しそうになるのを我慢するように口元を噤んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...