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第十四章 招かれざる客人

第十三話 第一王子との面会

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 アンリ王子とハヴリエルが退室した。
 アンリ王子は「道中、くれぐれも気を付けてくれ」とアルバート王子の手を握り言ってくれた。
 彼は憑き物が落ちたかのように、すっかりになっていた。

 黒竜シェーラから恋の呪いがかけられる前まで、アンリ王子は聡明で優しい王子だと知られていたが、そばに置いた見目麗しい侍従達に手を出し、絵のモデルにと言いながら、美しい少年達を寝台へ誘っていた。今はハヴリエルに夢中で、彼以外の男は目に入らない状態らしい。
 現在、アンリ王子は、王国内の軍を統括する立場にあり、それも騎士であるハヴリエルのアドバイスを受けながら、よく働いているらしい。魔族の襲撃で大ダメージを受けた王都の騎士団の再編成にも取り掛かっている。

 過去、ハヴリエルは、ルーシェの背中に手紙をくくりつけたりと意地悪をした騎士だったが、小さな竜のルーシェのことを可愛いと言っていた。アンリ王子と共にいたハヴリエルは、今回、ルーシェを見て「可愛いですね」と褒めることもしなかった。アンリ王子がハヴリエルに夢中過ぎて、その対応に手一杯というところだろう。小さな竜のことなど眼中にない。

「ピルルピルピルルルゥ(ハヴリエル卿は今も嫌いだけど)」

 ルーシェはアルバート王子の膝の上で独り言ちる。

「ピルルピルーピルルルピルルル!!(二番目の王子とお似合いに見えたね。二人がくっついて良かった!!)」

 恋の呪いが掛けられた後、アンリ王子は美少年趣味を止め、仕事も順調、恋人のハヴリエルを熱愛している。ハヴリエルも、アンリ王子の愛が重そうな様子もあったが、仲睦まじく見えた。一応は「めでたし、めでたし」なのかも知れない。

 だが、ハヴリエルも王宮から逃げ出したりと紆余曲折の末の、恋人関係なのだ。

「…………そうだな」

 呪いが解ける期限がとっくに到来しているはずなのに、アンリ王子の恋の呪いが解けていないような状態が腑に落ちなかったが、そう結論つけるしかないだろうとアルバート王子も頷いていた。



 それから夕食をとった後、第一王子リチャードとの面会になる。
 一緒に夕食の席をどうかという話もあったが、ルーシェが「ピルルルルゥゥゥゥゥ!!!!(絶対に嫌だ!!!!)」と小さな竜の頭をフリフリとずっと振り続け、それを強く拒否していた。
 何故かシアンに執着しているリチャード王子と一緒に食事など、人のシアンの姿を取っていないとはいえ、食事が満足に喉を通る気もしない。だから夕食を終えて少し落ち着いた頃に、リチャード王子と面会することになった。


 アンリ王子は、軍を統括する立場から、スライムの話を聞きたいということだったが、リチャード王子は一体何の話題を口にするのだろう。
 ただ、やはり不穏な気配を感じていた。

 アルバート王子は、ルーシェを心配させまいと口に出すことも態度に見せることもないが、内心は不愉快そうである。

(早く一番目の王子との話を終えて、さっさと寝て、明日には委員長の国に行きたい)

 委員長ことリン王太子妃は、前回同様、訪問すればルーシェとアルバート王子を歓待してくれるだろう。
 リン王太子妃の国の立派な浴室や、ご馳走になったサクサクの美味しい天麩羅料理、おにぎりなどを思い出す。この異世界で日本人の魂を持つ自分の好みに見合ったもてなしを、王太子妃の権力を振るってやってくれるのだ。もうすぐにでもハルヴェラ王国へ向かって飛んでいきたい。
 いっそのことリチャード王子との面会などブッチしたいが、そういうわけにはいかなかった。
 
 
 そして定刻になり、リチャード王子が護衛の騎士達を連れて、部屋の中へ入ってくる。
 アルバート王子は立ち上がり、兄王子を出迎えた。

「忙しい中、時間を割いてくれてありがとう」

 リチャード王子はそう言って席に着く。
 アルバート王子は軽く頭を下げ、ルーシェを膝の上にのせながら尋ねた。

「それで、兄上はいかなるご用件でしょうか」

「…………お前が、ハルヴェラ王国へ行っている間、お前の伴侶のシアンを王宮へ招いてはどうかと考えている」

 直球なそのリチャード王子の言葉に、アルバート王子は一瞬で顔を強張らせた。膝の上の小さな竜もゴクリと唾を飲み込んでいる。まさかこうまでハッキリとシアン(ルーシェ)のことを口に出すとは思わなかったのだ。
 
「何故でしょうか」

「先に話しておく。私には邪念はないぞ」

 アルバート王子の膝の上に座るルーシェは、ぎゅっと王子の腰のあたりに手を回してしがみついている。

(絶対に絶対に絶対に絶対に王宮なんて行かないから!!)

 しがみついてくるルーシェの頭を撫でながらアルバート王子が話の先を促すと、兄王子リチャードは言葉を続けた。

「ウラノス騎兵団長から、シアンは病がちで、いつも寝込んでいるという話を聞いた。竜騎兵団への視察の話が持ち上がっており、その際にシアンに挨拶をと思ったのだがそれも断られている」

 なるほど。
 ウラノス騎兵団長はとにかくシアンが病弱なので、面会は出来ないという話で押し通そうとしているようだ。

「それで私も考えたのだ。それほど病弱なら、北方の竜騎兵団での生活も大変だろう。あのような華奢な方だ。北方地方の冷たい空気も体に障るはずだ」

 竜なので、素足で雪の中にズボッと入っても大丈夫!!
 竜は寒さに強いんだよ!!
 そう言いたいルーシェであったが、そうは言えず、小さな竜は離れまいとアルバート王子の腰にぎゅっとしがみついたままである。

「だから、お前がハルヴェラ王国へ行っている間、王宮へ迎えて、王宮の医師達の診察を受けさせても良いと考えているのだ。シアンの体のためだ。アルバート、お前も同意してくれるだろう?」

 シアン病弱設定故の、思ってもみなかった申し出だった。

 だが、アルバート王子は首を振った。

「有難いお話ですが、お断りさせて頂きます」

「何故だ。シアンの具合が良くなるのだぞ」

 なおも言い募るリチャード王子の前で、アルバート王子は首を振った。

「シアンは平民故、王宮などに来れば、余計、気苦労が絶えないでしょう。その点、竜騎兵団には彼の事をよく知る者達が多く、心穏やかに過ごせます」

「王宮に来れば、気苦労など感じさせぬように私が」

 言いかけるリチャード王子にキッパリとアルバート王子は言った。

「それは兄上の仕事ではありません。伴侶である私の仕事です」

 その言葉にリチャード王子は言葉を失い、アルバート王子の腰に未だ抱きついたままの小さな竜は、感動に打ち震えていた。

(あああああああああああああああああああああああああ)

(俺の王子最高!!!! 大好きだ!!!!)

(好き好き好き好き好き好き、大好き!!!!)

 そう心話で絶叫しながら、小さな竜はアルバート王子の腰に小さな竜の頭を押し付け、ずっとぐりぐりとしていたのだった。

 
 そしてそうもハッキリと断られてしまえば、これ以上リチャード王子は言う言葉を失ってしまったようで、意気消沈した様子で部屋を後にした。
 リチャード王子がいなくなった後、ルーシェは「ピルルルルルルルルルルゥゥ」と甘く鳴いて、飛び上がってアルバート王子の胸元に飛び込んだ。嬉しそうに身を寄せる。

「ピルルゥピルピル!!(王子が大好きだ!!)」

 もう一度鳴いて宣言するルーシェに、アルバート王子も目を細め、小さな竜を抱き上げて、その頭に軽く口づけしながら言った。

「私もお前を愛しているよ」
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