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第十四章 招かれざる客人

第三話 スライム退治(上)

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 西のツイール川に現れたその“気味の悪い生き物”“緑の塊”“ドロドロと動くもの”とは一体何なのだろう。ルーシェは成竜に姿を変えると、アルバート王子とルティ魔術師を背に乗せて空へと羽ばたいた。先行して飛ぶ部隊の騎竜達の後を追い駆けて飛んで行く。

 ルティ魔術師はアルバート王子の後ろに座り、落ちないように王子の腰にしがみついていた。ルティ魔術師は、大規模な魔術を使った後で体調も万全ではないというのに、異世界からくっついてきたものを見てみたいという気持ちは止められなかったようだ。
 風魔法が巧みに使えるルーシェは、彼ら二人を落とすはずがなかった。風の膜を作り、二人を支えるようにして飛んでいる。そうした魔法もルーシェは息をするように簡単に、それも無詠唱で使えていた。

 ルティ魔術師は、ルーシェとアルバート王子に向けて話しかけていた。吹き付けてくる風のせいで、やや聞きづらい。

「お二方は、竜騎兵団で長いのですが」

「はい。私は十の時からこの竜騎兵団におります」

「殿下の騎竜であるルーシェは、素晴らしい竜ですね。殿下とルーシェが会ったのはいつ頃ですか?」

「私が九歳の時になります」

「そうしますと、もう九年も一緒に働いているわけですね」

「はい」

「紫竜というのは、滅多に生まれない竜だそうで」

「はい。今、紫竜はルーシェしかおりません」

 以前、アレドリア王国の魔術師ギルド内で話した時よりも随分と熱心な様子だった。彼はこの空中で、自分とアルバート王子、ルーシェの三人だけであることを知って、こんなことを言い出した(前を飛ぶ別の竜騎兵達とは少しだけ距離があった)。

「もし宜しければ、アレドリア王国の魔術師ギルドにいらっしゃいませんか」

 そんなことを言われ、アルバート王子は振り返ってルティ魔術師の顔を凝視した。
 何を言い出すのだというような目をしている。

「殿下の騎竜ルーシェは素晴らしい魔力を持っています。あれほど大量の魔力を、紫竜というのは保持できるのですね。あのトモチカ殿も素晴らしいと思いますが」

 ごっそりと、それは桁違いの大量の魔力を引き出したのに、トモチカという男と紫竜は平然としていた。その大量の魔力があったからこそ、大規模な召喚魔法も展開できて、“消失”状態を解消出来た。あのトモチカという人間にも興味はあったが、この竜にも興味がある。

 魔術師達というのは、好奇心旺盛で、それを止められないらしい。
 以前、レネ魔術師にも、ルーシェのことを気を付けろと警告されたことがあった。

『魔術師達に連れて行かれて、研究の対象になりますね』
『紫竜のその力は素晴らしい。魔術師達はこぞって紫竜を研究したいと言うでしょう』

 アルバート王子は固い声で答えた。

「私とルーシェは、王国に忠誠を誓う竜騎兵と騎竜です。この国から離れることはありません」

「厚遇をご提供できると思います」

「私がこの王国の七番目の王子だと知っての上でのお話ですか」

 そう言うと、ルティ魔術師は「だからですよ」と小さな声で言った。
 ルーシェは二人の話をずっと黙り込んで聞いていたが、この魔術師を背中から振り落としてしまいたい気持ちになっていた。それをなんとか我慢して、西のツィール川上空までやって来たのだった。

 眼下を見れば、岩場を勢いよく流れて行くツィール川の水のそばに、緑色のムニムニとした大きな塊があった。それは結構大きく、ちょっとした小屋ほどの大きさがある。確かに気味が悪い生き物だった。

「ピュルルピルピル(スライムみたいだな)」

 そう。
 それは、ゲームに登場するスライムのような形状をしていた。
 別の次元には、スライムのようなモンスターがいるのだなと少しだけ感心した気持ちがある。
 そして今のこの世界にはスライムは存在しないようで、それでそのスライムを発見した竜騎兵達は「気味の悪い生き物」と言っていたのだろう。

 空中にいる竜騎兵達が、槍を手に、竜達を降下させて、攻撃を始めた。
 降下しながらズブズブと槍で突き刺していく。
 だが、スライムに対する物理攻撃はまったく効果が無かった。
 いや、むしろ、その攻撃によって大きくその体を揺らしたかと思うと、刺された場所からボコンとスライムは体を分離させる。刺激によって増殖している。

「……ピ……ピュルルピルルゥゥ(……き……気持ち悪い)」
 
 思わずその増殖ぶりにルーシェは呟いていた。

「スライムとはなんだ?」

 アルバート王子が尋ねるので、ルーシェは空中で停止するように飛びながら答えた。

「ピルピルルルピルピルルルピルル(ああいう、ドロドロしたモンスターを言うんだ)」

「弱点はどこだ」

「ピルルゥ(うーん)」

 ルーシェが頭を傾げて考え込んでいた時、竜騎兵の一人が、竜に水魔法で攻撃させたのだ。
 その魔法を受けた途端、スライムは大きく膨れ上がり、それから竜と竜騎兵に向けて、グンとその体を伸ばして捕まえようとする。
 それに、ルーシェはすぐさま対応した。
 竜に乗る竜騎兵と、スライムの間に土魔法で壁を作ったのだ。土壁に遮られてスライムの体はそれ以上、上に上がらなかった。
 助かった竜と竜騎兵は礼を言うように頭を下げて、後ろに飛んで下がった。
 だが、まるでスライムは意識があるようにうねり続け、手のようにその体を空中に伸ばして、空を飛ぶ竜達を狙っていた。

「ピルルゥピルピルルルピルル(確かコアっていう核がどこかにあるはず)」
 
「コアか」

「ピルピルルピルゥピルピル(そこがスライムの急所のはず)」

 ルーシェがやっていたゲームでのスライムの急所はそこだった。
 アルバート王子は、空を飛ぶ竜のルーシェの背から目を凝らして、スライムの姿を見下ろす。そして緑色のスライムの中に、白っぽくて丸い玉があることに気が付いた。

「アレか」

「ピルルピル(そうだね)」

「試してみる価値はあるな」

 アルバート王子は腰の剣を抜く。陽光にキラキラと輝く美しい剣だった。
 王子の背に捕まっていたルティ魔術師は、その光を放つ剣の美しさに一瞬見惚れてしまった。
 ただの剣は、こんな発光するように輝くことはない。
 一体この剣は何なのだろうと見つめる。

 王子はルティ魔術師に言った。

「私はこれからルーシェの背から降ります。私がいなくなったら、ルティ魔術師はルーシェの首に捕まってください」

 それに、ルティ魔術師は(竜の背から降りるのか。このまま竜に乗ったまま戦えばいいのに)と疑問の表情を浮かべる。
 本当は、ルーシェも王子を背に乗せて、“勇者の剣”を振るって戦って欲しかったが、やはり間違いが起きれば、ルーシェの竜の首が吹っ飛んでしまう。矢も剣も通さない竜の頑強な皮膚ではあったが、“勇者の剣”は別であった。一撃で山をも崩すのである。勢いよく振り上げた剣の刃が、ルーシェの頭をかすっただけでも、ルーシェの首はコロコロと飛んでいく惨事になるだろう。
 二人はいろいろと考えた結果、この戦い方を思いついたのだ。

「ピルルゥ!!(やるよ!!)」

 空中のルーシェがそう鳴いた途端、アルバート王子がルーシェの背からヒョイと飛び降りた。
 ルティ魔術師は悲鳴のような声を上げた。

「殿下!! 何を!!」

 飛び降りたアルバート王子の足元に、地上の土部分から、ちょうど足を踏むサイズの四角い土の壁がぐんとせり上がるように伸びてきた。王子はそれを踏む。そしてその先にまた土魔法でぐんと土の壁がせり上がる。
 トントントンと空中を歩くように、アルバート王子の足元に生じた土魔法の壁を王子は器用に歩いて行く。

「………え」

 唖然としていたのはルティ魔術師だけではなかった。
 後退していた竜騎兵達も、騎竜の上から口を開けてその光景を眺めている。

 そして王子はスライムのそばまで近づくと、空中から地上のスライムの核に向けて、剣を振り下ろしたのだった。
 その一撃で、スライムのドロドロとした体は大きく分かれ、核もまたパカンと音を立てて二つに割れ、細かなヒビが核全体に広がったかと思うと次の瞬間、砕け落ちた。それと同時に、スライムのドロドロとした体全体が、支える力を失ったかのように、バシャンと音を立てて、水のようになり、地面に染みこんで無くなったのだった。
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