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第十章 亡国の姫君

第二十四話 魔と混じり合う場所

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 翌朝、アルバート王子とルーシェが朝食を取った後に、イスフェラ皇国の魔術師イーサン=クレイラは、じっくりと話せる場所を用意してくれた。

 その時には、ルーシェは頭に被るヴェールを付けていた。
 昨日、魔術師イーサンが、人化したルーシェの姿を見ても、彼が惑わされなかったことは幸いであった。だが、やはり用心していた方が良いだろうと、今更ではあったがルーシェの顔を隠すことにしたのだ。
 
 ルーシェの並外れた美貌は、人を惹き付ける。
 ほっそりとした肢体に、白く透き通るような肌、目鼻立ちは整い、大きな黒い瞳は見ているだけでも吸い込まれそうな思いにかられる。薄紅色の唇もどんなに柔らかいのか、アルバート王子は知っていた。コロコロと表情を変え、とにかく愛らしい少年だ。アルバート王子は、誰にも彼を奪われるつもりはなかった。
 すでに恋人が居り、心決めた者達はルーシェに会ったとしてもその心が揺らぐ様子はない。
 バンナムしかり、ウラノス騎兵団長しかり、バルトロメオ辺境伯もしかりである。
 だが、そうでない者に対しては、まるで闇の中に輝く光に無数の蝶が集まるように、ルーシェの姿はその者達を惹き付けてしまう。
 彼らの心はずっと憑かれたように、ルーシェの姿を追い続ける。

(でも、ルーシェは姿が美しいだけではないのだ)

 そう、ただの飛び抜けた美しい少年ということだけではない。
 彼の心が好きだ。
 明るく、どこか乱暴な口を利きながらも、真っすぐで、いつも自分を驚かせてくれる。目が離せない。
 こうしていつも自分のそばにいて、存在してくれることが、幸せだと思う。

(もし、ルーシェがこのように美しくなくても、私はきっとルーシェのことが好きになっていただろう)

 そう思う。
 そして彼もきっと、自分のことを好きになっていてくれたと、そう思うのだ。



 食事を終えたアルバート達の前に、昨日会った一重の瞳の召使達がお茶を用意して、そして一礼して部屋から出ていく。それからイーサン=クレイラが現れた。
 アルバート王子は、イーサンに一夜の宿と食事を提供してくれたことについて礼を述べた。

「よくお休みになれましたか」

「はい」

 イーサンは穏やかに対応してくれる。
 だが、ルーシェは自分の情事を覗き見ていたこの出歯亀魔術師に対して、内心怒っていた。

(こいつは、俺達のエッチしているところをずっと見ていやがったんだ)

 ルーシェの中では、こいつは変態の魔術師だという決めつけるような気持ちでいっぱいであった。
 そんなことを竜の化身である少年が思っていることなどつゆ知らず、アルバート王子とイーサン=クレイラは話を始めた。
 王子が特に知りたいのは、いかに、サトー王国の空の攻撃から、イーサンが皇国を守っているのかということであった。
 イーサンは隠すことなく、それを話してくれた。

「皇国の魔術師達は常に皇国の上空に感知の魔法を張り巡らせており、そこを抜けた攻撃を私が魔法で防ぐのです。幸いなことに、サトーの魔法は、それほど連射が利きません」

 あの“星弾”が、連射が利いて矢継ぎ早に飛んでくる事態は、恐怖の光景になろう。

「だから、私はそれを落とすだけで良いのです」

「どうやって落とすのですか」

 王子の質問に、イーサンは言った。

「正確には砕くと言った方が宜しいですね。私は雷魔法が使えるので、それで上空で、サトーの“星弾”を粉々に破壊するのです」

 なんてことのないように、簡単にそうイーサンは話しているが、上空を凄まじいスピードで飛んでくるであろう“星弾”を、着弾するまでの短い間に破壊し尽くすというのは、なかなか出来ることではない。それを恐らくこのイーサンはやっている。

「雷魔法で“星弾”を砕く」

 ルーシェはヴェールの下で少し考え込んでいた。
 自分にもできるだろうかと思ったのだ。
 しかし、すぐに項垂れてしまう。

(俺は、火、水、風、土、光の属性は持っているけど、雷は持ってないじゃん!!!!)

 だから、イーサン=クレイラと同じことをルーシェがやろうとしても出来ないのだ。

(でも、要は雷魔法に限らず、“星弾”が降ってくる前に撃ち落とせればいいんだよね。なんか、出来ないかな)

 ルーシェは少しばかり頭を使って考え始めていた。

 そしてアルバート王子はイーサンになおも質問を続けていた。

「サトー王国からの攻撃は“星弾”の他にはどのようなものがあるのでしょうか」

「基本は“星弾”がメインですが、サトーは全属性を使えます」

「全属性!?」

 アルバート王子は声を失う。
 それと同時に、かつてのルーシェの親友トモチカの言葉が蘇った。

『佐藤は、能力を吸い取る魔剣を持っていて』

 その魔剣で、彼は殺した人々から能力を奪い取っていた。
 だからこその、恐ろしいほどの力を持っている。

「遠方からサトーがドンドンと“星弾”を使ってくれる時は対処の仕様もあるのですが、サトーと対面して戦うのはなかなかキツイですね。全属性持ちというのは、次に何で攻撃してくるのか分からないので、対処が難しい。それにサトーの周りには高位魔族が何人か張り付いています。サトーの攻撃だけに対処しているわけにはいかない」

「高位魔族というのはどういった者なのでしょうか」

「西方の境界があやふやな地域の話はご存知でしょう?」

「はい」

 西方諸国には、そういった地域が昔からあり、そこから“魔”が渡って来る。

「そこは魔の棲む領域に通じている。あちらに棲むやんごとなき身分の魔の者達が、気まぐれでやってくることは今までにもありました。だが、サトーが王国を建ててからは随分と顕著になりましたね。おそらく何かしらの“契約”をサトーと結んでいるのだと思います。魔族が無報酬で人に手を貸すことはまずないですから。私が知っている限りでは、ノウザン公、ヴィータ公、リヨン公の三名。彼らは高位魔族です」

 名を挙げてイーサンは説明してくれる。
 そしてそれに、ヴェールの下のルーシェが声を上げた。

「じゃあ、貴方はどうなの?」

 そのルーシェの不躾な言葉に、アルバート王子は慌てている。
 だが、止める前にルーシェは質問を終えていた。

「貴方も高位魔族だよね。何を報酬にしてこの国を守っているの?」

 

 魔術師イーサン=クレイラは細い目を糸のように更に細くして、嗤った。

「申し訳ありません。ルー、黙っていろ」

 アルバート王子はルーシェに口を噤むように言った。
 魔を帯びし者に対して、直截にそのことを尋ねることは無礼であった。
 
「竜というのは、皆、こうも思ったことを口にしてしまう、素直なものばかりなのでしょうか」

 イーサンの問いかけに、アルバート王子は自分の知る竜の姿を思い浮かべる。
 確かに竜達は、真っ直ぐで、婉曲に何かを尋ねるということはしない。
 猪突猛進が過ぎる竜が多い気がする。
 シェーラしかり、ルーシェしかり、エルハルトもしかりである。

「そうですね」

「北方の山間で、竜ばかりで暮らしているから、そうなのでしょうね。ここの地域は違います。様々な、魔の種族のものが、ごっちゃになって混ざっている。その中で争い続けている」

「…………」

 イーサン=クレイラは魔族であることは間違いないだろう。
 彼は、魔を帯びているものどころではない。恐らく、魔そのものではないかとルーシェは考えていた。
 サトー王国のサトーが、高位魔族をそのそばに侍らせていることと同じように、皇国の皇帝ミラバス=カーンもまた、国を守るために、イーサンを呼んだのだ。何かを代償に差し出して。

「殿下、次にはアレドリア王国へ渡るそうで」

「はい」

「あそこは魔術師達がいる国ですので、防御する魔法については、殿下方の参考になると思いますよ」

 そう言って、イーサン=クレイラは静かに笑みを浮かべていた。
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