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第十章 亡国の姫君

第六話 再会(下)

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 城の入口には兵士が立っていた。
 アルバート王子が入口へ近づいていくと、兵士達は当然警戒するように槍を構える。
 しかし、近づいてくる王子を見て、兵士達は少しばかり驚いて、顔を見合わせていた。
 彼の背中に幼い子供がおんぶされていたからだ。

「何者だ」

 誰何され、アルバート王子は懐から二つのものを取り出した。
 一つは、母であるマルグリッド妃に書いてもらったマリアンヌ宛の手紙である。そして今一つは、自分の身分を示す、竜の御徴みしるしのある指輪だった。

「これを妃殿下にお渡し下さい。私は妃殿下の兄のアルバートだと伝えて下されば、すぐに分かって頂けるでしょう」

 その言葉に、兵士の一人が転がるように城内部へ駆け込む。やがてこの国境の城を守っている髭面の男の騎士が現れた。

「妃殿下がお会いしたいと仰っています。どうぞお入りください」

 アルバート王子は周囲を騎士達に囲まれ、その物々しい中、城内へ歩いて行く。
 道中、騎士の男に詰問されるように問われた。

「どうやってこの地までいらしたのか」

「私は竜騎兵だ。竜に乗ってくるだけのことだ」

「竜騎兵……」

「この国には竜はいないという話だから、見たことはなかろう。竜に跨って戦う騎士だ」

 細い階段を上り、やがて城内の広い部屋に辿りついた時、数名の女官や侍女達に囲まれた、金の髪をした華奢な少女が椅子から立ち上がった。

「お兄様、本当にお兄様なの……」

 アルバート王子と同じ鳶色の瞳が大きく開かれている。
 妹のマリアンヌは今年十六歳になるはずだ。別れた時、彼女はたったの十四歳であった。
 二年の歳月が彼女をどこか大人びた雰囲気にさせていた。長い金髪を後ろで結い上げているせいもあるだろう。その細身には飾りのないシンプルな黒いドレスを纏っている。
 思わず、王子はマリアンヌのそばへ駆け寄り、そして妹の身を強く抱きしめた。

「マリアンヌ」

 そう名を呼ばれ、そして別れた時とはまた違う、兄の逞しい身体に強く抱きしめられることで、ようやく兄が自分に会いに現れたことを実感したのか、マリアンヌの瞳からポロリと涙が零れ落ちた。

「……お兄様、まさか、お兄様がいらして下さるなんて」

 兵士から届けられた手紙と指輪を見て、それの真贋はすぐにマリアンヌには分かった。だが、信じられない気持ちだった。兄はこの大陸の北の果ての竜騎兵団の竜騎兵だ。そしてすでにこの王国の王城は落ちている。マリアンヌを、わざわざ救いに来てくれるなんて、思ってもみなかった。
 
 どれほどそれが危険な行為であるのか、軍人である兄は理解しているはず。
 それでもなお。
 自分を救うために、兄はやって来てくれたのだ。

「マリアンヌ妃殿下をお連れします」

 アルバート王子は真っ直ぐに、城の騎士や兵士、女官達を見つめて言った。
 彼女がこのままここに留まり続ければ、早晩見つかって無残に殺されるだけである。
 
 女官や侍女達は皆、泣きながら、頷いていた。

「どうか妃殿下をお連れして下さい」

「皆を連れていくことは出来ないの?」

 マリアンヌのその言葉に、アルバート王子は苦渋の表情で首を振った。

「無理だ」

 ルーシェの背に乗せられるのは、大人の男が二人程度である。それも背負うものの重さが増せば、飛ぶスピードも落ちる。

「…………」

 逡巡を見せるマリアンヌの手を、女官の一人が握り締めた。

「マリアンヌ妃殿下。御身はとても大切な身なのです。どうか、どうか生き延びて下さい」

 その言葉にマリアンヌは両手で顔を覆う。
 よろける彼女の身を抱き止め、アルバートは言った。
 
「すぐに身支度してくれ。竜に乗せるのだ。ドレスでは無理だ」

 竜に乗せるという言葉にマリアンヌはハッとしたように顔を上げた。

「ルーシェが来ているの?」

 あの小さな紫色の竜が、兄の騎竜もこの場に来ているのかと問いかけると、それに王子の背中からヒョイと小さな子供が顔をのぞかせた。

「マリアンヌ姫、俺も迎えに来たんだよ!!!!」

「…………」

 人化しているルーシェを見るのは初めてのマリアンヌである。子供姿のルーシェを見ても彼女には戸惑いしかない。

「お兄様、その子供は一体?」

 当然の質問をマリアンヌから掛けられ、アルバート王子は「後で説明する。今は支度をしてくれ」とマリアンヌの身支度を女官達へ頼んだ。

「動きやすい服装で頼む」

 それから半刻もしない内に、マリアンヌは身軽な姿で現れた。長い金髪はひとまとめに結い上げられている。女性用の乗馬用のズボンに厚手の上着、ブーツ、そして彼女の手には革袋が幾つか握らせられていた。

 「荷は少なくしてくれ」と言う王子の言葉に、騎士達も女官達も苦渋の表情で、革袋を減らし、マリアンヌの背に荷袋を背負わせた。それは恐らく、マリアンヌに持たせようとした金貨や宝石の類なのだろうと思われた。

「道中、お気をつけて」
「殿下、妃殿下をお頼みします」
「御身を大切になさって下さい」

 彼らは皆、一様にそう言って、どこか儚げな笑顔を見せて別れの挨拶をする。
 マリアンヌの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。

「皆も、どうか気を付けて」

 そう言うだけで精いっぱいだった。城壁の上まで行くと、アルバート王子は背中にずっと背負い続けていた子供を下ろした。そして子供は下りると同時に一瞬で、大きな竜にその姿を変えた。
 陽の光に眩しいほど紫色の鱗を輝かせるその竜を見て、マリアンヌは呟いた。

「ルーシェなの……?」

 紫色の竜は黒い瞳をマリアンヌに向けて「ピルルルルルルル」と同意の声を上げたのだった。
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