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第九章 春の訪れ

第十四話 結婚式前日

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 そして準備作業に忙しい中、日々はあっという間に駆け足で過ぎ去り、とうとう結婚式の日が明日に迫っていた。

 バルトロメオ辺境伯の城には、続々と近郊に住む貴族達や遠方からの招待客がやってくる。
 彼らは、二年前、アルバート王子が外国への婿入りをさせられそうになった時、バルトロメオ辺境伯やウラノス騎兵団長の求めに応じて、婿入りに反対する署名をしてくれた貴族達であった。結婚の式典の際には、ルーシェが身体が弱く長時間の長い儀式には耐えられないなどといった理由を付けて、身内だけの式となっているが、その後の辺境伯の城の大広間で行われるお披露目食事会では、彼らを含めて大勢の者達が出席することになっていた。

 「結婚式は簡単にすると言っていたのに、食事会はこんなに大勢呼ぶなんて聞いていない」とルーシェは言いたかった。確かに当初はルーシェの“人心を惑わす”ほどの美貌のことを懸念して、食事会も少人数で行うつもりであった。しかし、アルバート王子やルーシェが世話になった、そしてこれから先、世話になる可能性のある関係者達は呼ばざるを得なかった。王家七番目の王子アルバートが、平民の美しい少年を見初め、辺境伯の好意で婿入りし、その恋を実らせたというどこかロマンチックな話を耳にしたならば、やはりその結婚式の食事会には是非とも出席して、出来ればその伴侶の姿を一目見てみたいと望む者ばかりであった。その結果、食事会の出席者は相当な人数に膨れ上がっていた。

 その中には、リヨンネの兄のバンクール商会長夫妻もいたし、遠い南西地域から足を運んでくれるカルフィー魔道具店の店主とその伴侶達もいたのであった。
 
 ルーシェはこの結婚式で、かつての親友である三橋友親に会えることが楽しみで仕方がなかった。
 彼は夜になると、アルバート王子に、自分が前世でどういった生活をして過ごしていたのか話すようになっていた。アルバート王子も、別の世界のルーシェ(以前の沢谷雪也)が過ごしたという不思議な世界の話を聞きたがった。

「俺は学生で、勉強をしていたんだ。毎日学校に通っていた。友親とはずっと小さな頃から一緒だった」

 アルバート王子の胸に自分の頭をすり寄せながら、ルーシェはぽつりぽつりと話し始めた。

「だから、この世界へやって来る時もあいつは当然のように一緒だったんだ」

 狭い歩道にいた、高校へ向かう途中の沢谷雪也と、三橋友親はトラックにはねられて死んだ。
 衝突の痛みもなくプツリと記憶が途切れ、そこからすぐに卵の中の記憶になる。
 王子のそばに行かなければならないという、焦燥にも似た思いに駆られる。

(でも友親は俺と違って、何故かその後はこの異世界に“転移”していた。日本人の姿のまま“転移”していて、年を重ねていた)
 
 その違いが不思議だと王子に話しても、王子も当然のことながらその違いの理由は分からない。ただ、友親と再会する時に、彼に尋ねればきっと教えてくれるだろうと言った。
 友親は“転移”してからずっとこの世界で暮らしていたのだから。



 バルトロメオ辺境伯の城では、遠方からやってくる客人の為に、前日から泊まれるように宿泊の準備が進められていた。遠い南西地域からやってくる友親もそれに含まれていた。
 城に到着した馬車から、不自由な足を引きずるようにして、伴侶であるカルフィー魔術師の手を借りながら下りて現れた友親。
 ルーシェも結婚式の前日から辺境伯の城に泊まっている。ルーシェは城の上層階の窓から、次々と招待客が馬車から現れるのを見つめ、その中に、馬車から下りてきた友親の姿を見つけた。

 本当なら、今すぐ窓から(子竜の姿で)飛び出して、友親に飛びつきたい気持ちでいっぱいだった。でもこの城にいる間は、病弱な少年の振りをしなければならないルーシェである。だから彼は黙って、友親が二人の伴侶と護衛達に囲まれて城の中へと案内されて消えていく姿を眺めているしかなかった。

「また後で話す時間がある」

 なんとなしに寂しそうな様子で、友親がいってしまう姿を見送るルーシェを、アルバート王子は抱きしめると、ルーシェはコクリと頷いていた。
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