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第九章 春の訪れ

第十三話 挙式準備(下)

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 それでもなんとか、ルーシェは頑張った。
 挙式までの日、もちろん毎日の竜騎兵団の騎竜としての任務は続いている(ウラノス騎兵団長のご配慮で挙式までの任務は若干軽くしてもらっている)。それをしながら、バルトロメオ辺境伯の城に赴いての挙式準備も度々あった。行くとなれば、人化してアルバート王子と他の竜に跨って城まで飛んで行くことになる。
 常日頃、小さな竜の姿で好き放題、飛び回っているルーシェである。人の姿で動き回ることは正直億劫であった。そもそも彼は病弱という設定があったために、スタスタと風を切るように歩くことも出来なかった。むしろ、アルバート王子に手を取られ、まるで風が吹いたなら、よろけてしまいそうなそんな儚げな様子を見せないといけないことが辛かった。小さな竜の姿なら、バビューンと弾丸のように飛んでいけるのに!!

 ストレスが溜まる。


「俺は絶対に絶対に、お城でお姫様みたいにかしづかれて暮らすことは出来ないな」

 任務などを終え、竜騎兵団の寮で、人の姿になっているルーシェは寝台に座るアルバート王子の腰にしがみつきながら、柳眉を寄せてそう言う。

「そうだな。お前には向いてなさそうだ」

「しずしずと歩いて、ご飯やおやつもあんなちょこっとしか食べられなくて」

 今日、バルトロメオ辺境伯の城に行った時、辺境伯夫人からお茶をご馳走になった。
 何故かその席に、辺境伯の息子ジャイ●ンが二人揃って座っていて、ルーシェの前でそれはうまそうにおやつを貪り食っていたのだ。ルーシェもテーブルの上の皿に、山盛りになっているおやつを掴もうと両手を伸ばしたところで(猛禽スタイル)、背後のバンナム卿がゴホンと咳払いをし、アルバート王子が膝をルーシェの膝にぶつけてきた。

 小声で叱られる。

「シアン、常日頃、この姿の時は控えめにするのだ。そうしなければすぐにボロが出るぞ」

 辺境伯夫人は、本当のルーシェの姿が紫竜で、病弱なことだって設定だと知っているから、別にガツガツ彼女の前で食べても構わないはずなのに!!

 ルーシェはヴェールの下から涙目で、アルバート王子を見つめていた。

「……そ、そんな」

「おやつは…………………持ち帰ることが出来るように包んでもらおう」

 なんとなしに我慢するルーシェを可哀想に思ったアルバート王子がそんなことを言うと、ルーシェはウルウルと目を潤ませたまま、アルバート王子に抱き着いて叫んだ。

「やっぱり俺の王子は最高だ!!」

 そんな熱々の二人の様子に、ジャイ●ンな辺境伯の二人の息子は真っ赤になり、辺境伯夫人も口元を押さえて「あらあら」と声を漏らしている。
 そしてアルバート王子は「おい、人前だぞ。はしたないぞ」と少しだけ怒るような声を上げていたが、怒りきれずにいる様子に、(殿下は甘いですね)と後ろに立つ護衛騎士のバンナムが内心呟いていたのだった。


「俺はこうして、寮や巣で、王子と一緒に過ごすのがいい」

 王子と一緒にダラダラしたり、エッチしたりするのがいい。
 と口にしたかったが、それを口にしないだけの慎みがルーシェにも一応はあった。

「私もお前とこうして過ごす時間が一番好きだぞ」

 そう言って優しくチュッとアルバート王子はルーシェに口づけをする。そして彼をそっと寝台の上に押し倒し、この夜もルーシェを愛でようとしたその時。
 無情にも部屋の扉を叩く音がした。

「殿下、バンナムです」

 内心舌打ちをするアルバート王子である。
 この寮の部屋からバンナムが出ていき、ルーシェと二人だけの空間になったことは喜ばしい。だが、寮ゆえにこうしてバンナムが訪ねてくることが多い。というのも、バンナムはアルバート王子に代わって、手紙を受け取ったり、時に竜騎兵隊長からの連絡事項を聞くこともあるからだ。それを届けたり知らせたりするために、バンナムは、王子が仕事を終えて食事もとり終わった頃合いに、寮の部屋を訪ねてくる。
 バンナムは全く悪いことをしていないのに、その訪問を内心苛つかれている可哀想な立場であった。

「入ってくれ」

 ルーシェはすぐさまアルバート王子のそばから離れ、服の裾を伸ばしていた。
 そして少しだけ赤く染まった頬を明後日の方向に向けて、その顔の熱を冷まそうとしていた。

「失礼します」

 バンナムの後ろにはリヨンネとキースがいる。
 リヨンネは大きな紙箱を手に持っていた。

紙箱を持つリヨンネの手付きはどこかしずしずとしている。

「それはなぁに?」

 ルーシェが尋ねると、リヨンネはその紙箱をテーブルの上に置いて、蓋を開けた。

「うわぁ」

 思わずルーシェが声を漏らし、アルバート王子も感嘆の眼差しを向けたのは、その紙箱の中に、真っ白い溶けるように繊細なレースの薄いヴェールが入っていたからだ。細かな刺繍がヴェールの裾を全て縁取っている。気が遠くなるほどの時間を掛けて作られたものだろう。そして長い。ヴェールを被った者はその後ろに裾を長く引くことになる。ヴェールの裾を持つ供の者も必要になるのではないかと思われた。

「このヴェールは、辺境伯夫人が過去、ご自身のご結婚の際にご使用になられたものです」

 椅子に座ったリヨンネがそっと取り出す。長さのあるもののため、キースが手伝って形を整えていた。

「ご存知ですか? ヴェールが長ければ長いほど、その身分が貴いものを示すのですよ。これほどの長さのヴェールは、王家に近いものです。辺境伯夫人はこちらをルーシェに使って欲しいと言っていました。貴方は辺境伯家から王家に輿入れするのですから。娘がいない夫人は、ルーシェのような可愛い人に着てもらえて、本当に嬉しく思っているようですよ」

 その言葉に、ルーシェもまた嬉しそうに顔を綻ばせていた。

「すごく……すごく嬉しい。こんな綺麗なものを」

「一度バンクール商会の方で、ほつれなどがないかよく確認させて頂き、刺繍も直すところは直させてもらっています。でも状態は素晴らしいです。明日、辺境伯夫人の許へお届けする予定です。夫人からもルーシェに見せてやってくれとのお言葉を頂いていたので、お持ちしました」

 前世が男であったルーシェは、シェーラのように綺麗なもの可愛いものに執着するところはあまりない(宝石やキラキラとしたものは竜の習性のせいかガン見してしまう)。でも、ここまで綺麗なものだとやはり目を奪われてしまう。
 そして、辺境伯夫人の心遣いが有難い。

「夫人に御礼を伝えて。もちろん、俺も御礼を言うよ!! どうしよう、明日の朝でも飛んでいってすぐに御礼を伝えた方がいいかな」

「そうすればいい。きっと夫人も喜ぶだろう」

「うん」

 ルーシェと王子が微笑みを浮かべて見つめ合っている横で、バンナムがぽつりと言った。幸せな二人の耳にはあまり入っていない様子だった。

「ヴェールの裾を持つ供の者は、バルトロメオ辺境伯のお二人の息子だと聞いています」

 ヴェールが長ければ当然、その裾を持つ子供の供の者が必要になる。それは揃いの純白の衣装をつけたかわいい女児や男児が務めるものであった。
 バルトロメオ辺境伯夫人は密かにヴェールを持つ息子達の、純白のそろいの、レースたっぷりの(可愛い)衣装を用意し、ルーシェの結婚式へ臨もうとしていたのだった。
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