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第九章 春の訪れ
第十話 結婚式の招待状(上)
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「終わったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
北方の竜騎兵団の、寮の部屋に帰るなりルーシェはそう叫んで、寝台の上に勢いよく飛びこんだ。
アルバート王子の寝台は、哀れ、大きくはずんで軋んでいる。小柄で軽い人の姿のルーシェであったから、その乱暴にも耐えられていた。
「はぁぁぁぁぁ、もう疲れたよ」
そう言って寝台の上、大の字になって倒れるルーシェの横にアルバートが座り、ルーシェの黒髪の頭をよしよしというように撫でていた。
「お疲れ様だな、ルー」
「うん」
ルーシェの髪をなでている内に、ルーシェの魔法のかけられていた髪色が次第に紫色に変わっていく。王宮へ行っている間、ルーシェは紫色の髪を魔法で黒く染めていたのだ。今は魔法も解けて綺麗なサラサラの紫色の髪に戻っている。そしてムクリと上体を起き上がらせたルーシェは、へにゃりと気の抜けたような顔をして、アルバートの身体に抱き着いた。
「でも、嬉しい。王子と俺、結婚したんだ」
「そうだ」
「王子、大好きだよ、王子」
そう甘く、誰よりも愛しい少年に潤んだ瞳で見つめられ、アルバートも頬を染め、ルーシェに応えるように優しく口づけを落とした。アルバートの手がルーシェの腰にかかる。角度を変えて啄むように何度も口づけする。
「私も愛しているぞ」
「うん」
そしてそのルーシェの細身にのしかかろうとしたところで、またもや部屋の扉が無情にもノックされた。
アルバート王子の眉間にはクッキリと深い皺が刻まれる。
扉の外から声がする。
「殿下、バンナムです。開けて下さいますか」
「…………分かった」
いつもこれから良いところに、というところで、邪魔をする護衛騎士バンナム。彼は何か自分達に恨みでもあるのではないかと一瞬思ったアルバート王子であったが、そんなはずはなかった。
「結婚式?」
ルーシェが素っ頓狂な声を上げた。
「はい、そうです。これから、殿下とルーシェの結婚式を行う予定です。病弱設定のルーシェといえども、最低限の式は挙げないとならないでしょう」
「ふむ」
アルバート王子は頷いている。
「本当なら、最低限と言わずに華やかな式を行いたいところだが、美しすぎるお前を大勢の前で見せるのはリスクが高いな」
「はい。殿下も王宮ではそのことをお感じになられたでしょう」
「ああ」
王宮の顔見せの食事会の際、王や王妃、そして兄の第一王子リチャード、姉のリエットは惚けたようにルーシェの姿を見つめ続けていた。そしてそれは会が終わるまでずっと続いていたのだ。
アルバート王子やバンナムは、ルーシェの美貌は見慣れていた。
そしてこのルーシェが、美しい姿とは裏腹に、お調子もので甘いものが大好きで、デレっとした様子で甘えてくる姿を知っている。そんな彼の姿すらもアルバート王子は愛おしいと思っている(ちなみにバンナムは伴侶のレネ一筋なので、ルーシェの美貌に感嘆することはあってもそれだけだった。むしろ、あまりにもそそっかしくて不用心なルーシェのことをいつも心配している兄のような気持ちがあった)。
だから、王族達があの食事会で、呆然といつまでもルーシェの美貌に、取り憑かれたように見つめ続けている様子を見て、今更ながらルーシェの“人心を惑わす”ほどの美貌の威力を思い知らされたのだ。これから先も用心に用心を重ねる必要があるだろう。
「結婚式はいつやるの?」
「病弱だという(設定の)ルーシェの体調を慮り、簡単な式を行う方向で進んでいます。それでも準備がありますので、さ来月中には行いたいです」
「さ来月か。随分と急だな」
「なるべく早く、全て済ませてしまった方が良いとウラノス騎兵団長のお話しです」
「分かった」
既成事実を積み上げてしまった方が良いと、ウラノス騎兵団長は言っているのだ。
婚姻の裁可は下りているため、すでにルーシェはアルバート王子の伴侶として書類上、認められている。それだけではなく、きちんと式を挙げたところまで見せた方が良いというのだ。
だが、通常王族の結婚式は、費用と時間を掛けて行われるものである。戦時中ならいざしらず、ここまで短期間で式を挙げることなどほぼなかったであろう。
「予定としては、バルトロメオ辺境伯のお城で式を挙げ、祝いの食事会が開かれます」
その言葉に、ルーシェはビクンと身体を震わせて言った。
「え、あのお城で式を挙げるの!?」
「お前は辺境伯閣下の養子だろう」
その事実を忘れているのかと咎めるような視線で王子からルーシェは見つめられる。
「いや、ちゃんとわかっているよ!!」
「それから、竜騎兵団で簡単な紹介の上、やはり祝いの食事会が開かれます」
「ええ!! ここでもやるの!?」
「ルー、式は辺境伯の城で挙げるだけだ。ここでは食事会だけの予定だ」
「それでも、二回も場所を変えて食事会?」
「もう、式なんて挙げなくてもいいよ」と言いたい面倒くさがり屋のルーシェであったが、式と食事会を開くことは当然だというようなアルバート王子とバンナムの視線にそんなことは言えなかった。
貴族で王族なら、もっと式は豪華で、長く、祝いの食事会が連日続くことが当然だった。ルーシェの式はコンパクトで短く、食事会もたったの二回しかないのだ。
「エイベル副騎兵団長とレネも、先輩既婚者として、喜んでルーシェの相談に乗ると言っています」
エイベル副騎兵団長もレネも、二人して貴族男性に嫁いでいた。なんとなく二人して手ぐすね引いてルーシェの相談を待ち構えているようなイメージが浮かんでいた。
(は……ははははは。そうか、みんな俺の周りはちゃんと結婚している貴族ばかりなのか)
「それから、急な結婚式ですが、もし、どなたかお呼びしたい方がおられるのなら、招待状を急ぎ、出した方が宜しいかと思います」
その言葉に、ルーシェは思った。
(春になったら、そう言えば、友親はこっちに来たいと言っていた)
そう、ルーシェの親友である三橋友親は大陸の西南にある遠い国に住んでいる。そしてそこで魔道具店を営んでいるのだ(共同経営者という形らしい)。彼は、北方地方の竜騎兵団の拠点を見学したいと以前、手紙で言っていた。だから、結婚の式典に合わせて友親達を呼ぶことは丁度良いかも知れない。
(急ぎの便で招待状を出せば、すぐに友親に届くよね。そしたら、あいつに俺達の結婚式に出席してもらえる)
かつての親友に、自分達の結婚式に出席してもらえる。
以前の、竜に転生する前の自分を知る親友に!!
そのことが嬉しく、ルーシェは知らずニコニコと笑みを浮かべていた。辺境伯の城で結婚式を挙げたり、二回の食事会なんて内心ちょっと面倒くさいと思っていたことも忘れて、今は久しぶりに親友に会える喜びで一杯になっていた。
北方の竜騎兵団の、寮の部屋に帰るなりルーシェはそう叫んで、寝台の上に勢いよく飛びこんだ。
アルバート王子の寝台は、哀れ、大きくはずんで軋んでいる。小柄で軽い人の姿のルーシェであったから、その乱暴にも耐えられていた。
「はぁぁぁぁぁ、もう疲れたよ」
そう言って寝台の上、大の字になって倒れるルーシェの横にアルバートが座り、ルーシェの黒髪の頭をよしよしというように撫でていた。
「お疲れ様だな、ルー」
「うん」
ルーシェの髪をなでている内に、ルーシェの魔法のかけられていた髪色が次第に紫色に変わっていく。王宮へ行っている間、ルーシェは紫色の髪を魔法で黒く染めていたのだ。今は魔法も解けて綺麗なサラサラの紫色の髪に戻っている。そしてムクリと上体を起き上がらせたルーシェは、へにゃりと気の抜けたような顔をして、アルバートの身体に抱き着いた。
「でも、嬉しい。王子と俺、結婚したんだ」
「そうだ」
「王子、大好きだよ、王子」
そう甘く、誰よりも愛しい少年に潤んだ瞳で見つめられ、アルバートも頬を染め、ルーシェに応えるように優しく口づけを落とした。アルバートの手がルーシェの腰にかかる。角度を変えて啄むように何度も口づけする。
「私も愛しているぞ」
「うん」
そしてそのルーシェの細身にのしかかろうとしたところで、またもや部屋の扉が無情にもノックされた。
アルバート王子の眉間にはクッキリと深い皺が刻まれる。
扉の外から声がする。
「殿下、バンナムです。開けて下さいますか」
「…………分かった」
いつもこれから良いところに、というところで、邪魔をする護衛騎士バンナム。彼は何か自分達に恨みでもあるのではないかと一瞬思ったアルバート王子であったが、そんなはずはなかった。
「結婚式?」
ルーシェが素っ頓狂な声を上げた。
「はい、そうです。これから、殿下とルーシェの結婚式を行う予定です。病弱設定のルーシェといえども、最低限の式は挙げないとならないでしょう」
「ふむ」
アルバート王子は頷いている。
「本当なら、最低限と言わずに華やかな式を行いたいところだが、美しすぎるお前を大勢の前で見せるのはリスクが高いな」
「はい。殿下も王宮ではそのことをお感じになられたでしょう」
「ああ」
王宮の顔見せの食事会の際、王や王妃、そして兄の第一王子リチャード、姉のリエットは惚けたようにルーシェの姿を見つめ続けていた。そしてそれは会が終わるまでずっと続いていたのだ。
アルバート王子やバンナムは、ルーシェの美貌は見慣れていた。
そしてこのルーシェが、美しい姿とは裏腹に、お調子もので甘いものが大好きで、デレっとした様子で甘えてくる姿を知っている。そんな彼の姿すらもアルバート王子は愛おしいと思っている(ちなみにバンナムは伴侶のレネ一筋なので、ルーシェの美貌に感嘆することはあってもそれだけだった。むしろ、あまりにもそそっかしくて不用心なルーシェのことをいつも心配している兄のような気持ちがあった)。
だから、王族達があの食事会で、呆然といつまでもルーシェの美貌に、取り憑かれたように見つめ続けている様子を見て、今更ながらルーシェの“人心を惑わす”ほどの美貌の威力を思い知らされたのだ。これから先も用心に用心を重ねる必要があるだろう。
「結婚式はいつやるの?」
「病弱だという(設定の)ルーシェの体調を慮り、簡単な式を行う方向で進んでいます。それでも準備がありますので、さ来月中には行いたいです」
「さ来月か。随分と急だな」
「なるべく早く、全て済ませてしまった方が良いとウラノス騎兵団長のお話しです」
「分かった」
既成事実を積み上げてしまった方が良いと、ウラノス騎兵団長は言っているのだ。
婚姻の裁可は下りているため、すでにルーシェはアルバート王子の伴侶として書類上、認められている。それだけではなく、きちんと式を挙げたところまで見せた方が良いというのだ。
だが、通常王族の結婚式は、費用と時間を掛けて行われるものである。戦時中ならいざしらず、ここまで短期間で式を挙げることなどほぼなかったであろう。
「予定としては、バルトロメオ辺境伯のお城で式を挙げ、祝いの食事会が開かれます」
その言葉に、ルーシェはビクンと身体を震わせて言った。
「え、あのお城で式を挙げるの!?」
「お前は辺境伯閣下の養子だろう」
その事実を忘れているのかと咎めるような視線で王子からルーシェは見つめられる。
「いや、ちゃんとわかっているよ!!」
「それから、竜騎兵団で簡単な紹介の上、やはり祝いの食事会が開かれます」
「ええ!! ここでもやるの!?」
「ルー、式は辺境伯の城で挙げるだけだ。ここでは食事会だけの予定だ」
「それでも、二回も場所を変えて食事会?」
「もう、式なんて挙げなくてもいいよ」と言いたい面倒くさがり屋のルーシェであったが、式と食事会を開くことは当然だというようなアルバート王子とバンナムの視線にそんなことは言えなかった。
貴族で王族なら、もっと式は豪華で、長く、祝いの食事会が連日続くことが当然だった。ルーシェの式はコンパクトで短く、食事会もたったの二回しかないのだ。
「エイベル副騎兵団長とレネも、先輩既婚者として、喜んでルーシェの相談に乗ると言っています」
エイベル副騎兵団長もレネも、二人して貴族男性に嫁いでいた。なんとなく二人して手ぐすね引いてルーシェの相談を待ち構えているようなイメージが浮かんでいた。
(は……ははははは。そうか、みんな俺の周りはちゃんと結婚している貴族ばかりなのか)
「それから、急な結婚式ですが、もし、どなたかお呼びしたい方がおられるのなら、招待状を急ぎ、出した方が宜しいかと思います」
その言葉に、ルーシェは思った。
(春になったら、そう言えば、友親はこっちに来たいと言っていた)
そう、ルーシェの親友である三橋友親は大陸の西南にある遠い国に住んでいる。そしてそこで魔道具店を営んでいるのだ(共同経営者という形らしい)。彼は、北方地方の竜騎兵団の拠点を見学したいと以前、手紙で言っていた。だから、結婚の式典に合わせて友親達を呼ぶことは丁度良いかも知れない。
(急ぎの便で招待状を出せば、すぐに友親に届くよね。そしたら、あいつに俺達の結婚式に出席してもらえる)
かつての親友に、自分達の結婚式に出席してもらえる。
以前の、竜に転生する前の自分を知る親友に!!
そのことが嬉しく、ルーシェは知らずニコニコと笑みを浮かべていた。辺境伯の城で結婚式を挙げたり、二回の食事会なんて内心ちょっと面倒くさいと思っていたことも忘れて、今は久しぶりに親友に会える喜びで一杯になっていた。
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